8. ぶどう畑で捕まえた
「うわぁ、天国。」
それはここを見た時のクラーラの第一声。
ここはアビーク領のぶどう畑。特産品のブリエマスカットが目の前に広がっていた。
たわわに実ったマスカットに、クラーラは大喜び。視線を僕に向けて「食べたい」光線を送ってきている。目は口ほどにものを言う、とはよく言ったものだ。
今日は気分転換とぶどうの新品種の確認をするために、ここに来ている。
年月をかけて作り上げた新品種は、とても深い紫色をしたぶどうで、種なしで濃厚な甘さと皮をむかずにそのまま食べられるのが特徴だ。
先ほどまでブリエマスカットを食べていたクラーラに、この新品種を試食してもらった。
嬉しそうにぶどうを口に運ぶクラーラを見ていると、僕自身も口元が緩んできた。幸せが伝播している気がする。
「…………ユーリウス様、すみません。」
新品種のぶどうを食べていたクラーラが、真剣な顔で僕に視線を向けてそう謝る。
思った反応と違い僕も開発者も、あれ? と顔を見合わせてしまった。
何か不都合があったのか? あるはずのない種が残っていて思い切り噛んでしまったとか、皮が固かったか、それとも甘いと思って食べたら酸っぱかったのか?
「ごめんなさい。詳しく味の報告をしたかったのですが……美味しいしか出てきません!
先ほどユーリウス様が濃厚な甘さが特徴だと言っていましたが、本当に濃厚。渋みが少ない。
ブリエマスカットは爽やかなさっぱりとした甘さですが、こちらはとにかく濃い!まったり? もったり? とにかく甘いです。美味しいです。幸せです。語彙不足ですみません。
この衝撃はデビュタントの時、ブリエマスカットを初めて食べた時と一緒です。」
美味しい美味しいと言いながら、ぱくぱくとぶどうを食べ続けるクラーラを、開発者たちはあっけにとられた顔で見ていた。
そうだよね。貴族の女性はこんな風に食べないよな。
最近ではこれが普通になってしまっていて、違和感に気づけなかった。すまない、クラーラは美味しいものに目がないんだ。
しかし、これがクラーラと開発者たちとが打ち解ける切っ掛けになったようだった。ぶどうの交配やら土壌や育て方、挙げ句の果てに種苗管理の話まで、熱心に話し込んでいた。
クラーラは見た目がとっつきにくい。だが、そのとっつきにくさを突破すると、なんとも人懐こい、人たらしの面が出てくる。
この国では珍しい漆黒の髪に、ビーラー家の特徴である紫の瞳の中でもより深い黒紫の瞳。目は細いわけではないがスッと切れ長で、一見冷たそうに見えてしまう。だが、笑うと一気にその冷たそうな雰囲気が吹き飛ぶ。
そのギャップにそそられるのよ、とは、オフェリアの言だ。
オフェリアが言っていた、クラーラはデビュタントで少し話題に上っていたと。
同年代の異性には、ピンクブロンドの髪のふんわりほんわか美少女が大受けで、釣書が山ほど送られる程に人気だったそうだが、クラーラは少し上の年代の異性の目に止まっていたそうだ。落ち着いた貴族然とした雰囲気からの破顔にやられた人多数。密かに”漆黒の美姫”と言われていたとか。
「ユーリウス様。このぶどうのお名前は何と言うのですか?」
ぼんやりとそんなことを考えていたら、クラーラに声をかけられた。
そうだ。今日はそれを決めるのもあって、ここに来たのだった。
ぶどうの名前は濃い紫(見た目)で”ヴィオレフォンセ”という名前にしようと思っていたが、僕は決めた。
クラーラ・ヴィオレフォンセ
クラーラの名前を冠したものにしようと。彼女と一緒にこれからを生き、この領地を盛り上げる覚悟として。
「奥方様の瞳の色に似ていますもんね。領主もやりますねぇ。」
そう、周りの人は僕を冷やかして、にやにやしていたが、クラーラはじっと僕を見ていた。
黒紫の瞳に吸い込まれそうな気がした。何を考えているのだろうか?
「その名前で登録するのはかまいませんが、商品として流通させる時はヴィオレフォンセでお願いします。やはり自分の名前が入って呼ばれるのは恥ずかしい……」
ふと僕から視線を逸らしてそういった。真顔で照れていたのか、耳が赤い。
いつも振り回されるのは僕の方ばかりだったから、こんな風なクラーラは初めてで新鮮だった。
帰り際、もう一度僕たちはぶどう畑を見に行く事にした。
爽やかな風が吹き抜け、ぶどうの葉を揺らしている。植え付けて2年目のヴィオレフォンセは、あと数年で市場に出回る事になるだろう。そんな話をすると「成長が楽しみです、心置きなく食べられますね」とクラーラが笑う。
そんな彼女を見ていたら、言っておきたくなったんだ。
不満があったら言って欲しい、改善してゆきたいから。不安があったら相談して欲しい、一緒に解決策を探したいから。お互いがお互いを敬って支え合う、そんな間柄になりたいと思っている。この地に誓おう。
そして、一緒にアビーク領を守り導いて欲しい。
クラーラの黒紫の瞳を見ながらそう言った。
「はい。運命共同体? いえ、人生共同体とでもいいましょうか。こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
クラーラは僕の突然の告白に驚いていたが、スカートをつまんで礼をして返してくれた。
その夜、僕たちは初めての夜(再)を迎えた。




