【短編小説】白熱する議論
議論は白熱していた。
学者の男はこの世はいつかAIロボットによって支配されると言った。また別の起業家の男は、そんな未来はこないと言った。
AIロボットに仕事が奪われるというほどのロボットを作るのには、かなりの予算を費やす必要があるというのが、彼の考えだった。
「この星にそんな大金が存在しますか?しませんね。もし存在してもこの星の人間は臆病で、実験に大金を費やすことになる可能性は極めて低い。つまり、AIに仕事が奪われるなんてのは遠い遠い未来の話で、我々が生きているうちはそんなことに怯える必要はないのだ」
起業家の男は、自信に満ち溢れていた。
「しかし実際、ロボットに職を奪われた人は存在します。たとえばタブレットの導入で、飲食店の従業員がかなり削減されているのだとか」
「それはほんの一部の話だ。今議題にあがっているのはもっと大きな規模の話で、君とは見えている世界が違う。それになにかデータはあるのか」
この発言を皮切りに、ひとり、またひとりと息巻き、議論は崩壊し、最後は手榴弾を投げ合うだけになってしまった。締めくくりに学者は言った。
「つまり、人間にしか生み出せないそれぞれの"個性"で勝負するしか、生き残る方法は残されていない。我々に必要なのは秀でることではなく、異なることなのです」
ここは、政府の秘密機関"AIロボット製作所"である。第1工場には、人間同様の動作がプログラミングされたプレイバックロボットが数十台と並び、人型ロボットの部品を組み立てている。
青い制服に身を包んだ職員たちは、椅子に座り、ロボットが部品を組み立てるのを眺め、時折工場の隅に置かれたテレビを一瞥した。
「何が個性だ。学者ってのは呑気なもんだぜ。ロボットがロボットを造る世界はもう始まっている。人間はすでにこうして傍観するしかないというのに」
「どれほどの有識者たちが集まっても、至る所は空論でしかないですよ。この真実を知ることはできない。我々は政府極秘の組織ですからね」
「君は若いのに常に冷静だな。私はこういう奴らをみてると腹が立ってしょうがない。あと、人生の先輩からアドバイスをすると、頭脳明晰なのは素晴らしいことだが、少しくらい人間らしさがないと女にモテないぞ」
若い男は反論せず、無駄なく正確に部品を組み立てていくロボットを見つめるだけだった。
「誰かに好かれたいと、考えたこともありません。幼い時からそうなのです。私は誰のことも好きでも嫌いでもないのです。ご飯も美味しくも不味くもない。でも人生はそれなりに楽しいですよ」
「私は人から好かれたい。人間はそうあるべきだと思う。しかし同時に、君のその性格は尊重させるべき個性だとも思う」
「幼い頃からそう思っていたのですか?」
「ガキの時からそんなことを思うわけなかろう。年月をかけてそう感じるようなったのだ。さっきの学者も異なることが大事だ言っていたじゃないか。人間は学習していくものだから、君の考えもいつか変わるかもしれないしな」
「学習し、新しい価値観が刻まれたということですね。こうしてテレビを通して影響されたり」
「そうだな」
ガラス板の向こうでは、ちょうどプレイバックロボットが、人型ロボットの頭にチップを埋め込むところだった。
「学習して覚えるなら、それはロボットにチップが埋め込まれるのと、何ら変わりないように感じます。ロボットだって新しいことを覚えさせるためには、チップに書き込んで、動作を反復させて学習させるんです」
何か言葉を返そうと男はしばらく思案した。しかし答えは出なかった。それどころか考えれば考えるほどに、青年の奇抜な発想に酔いしれていくだけだった。窓が無いせいでムンムンと溜まりに溜まった空気に、頭がぼんやりしていたからかもしれない。
「もともとは何も無いところに刷り込まれ、それらしく振る舞っているだけなのです」
「つまり、我々人間も何かに操られるロボットだということか。実に滑稽だな。ロボットがロボットに支配される未来について語り合い、ロボットがロボットを造るロボットを観察しているのだから」