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異世界恋愛+α

泡のような、私の恋は。

 ジークハルト殿下は、完璧な王子様だと思う。

 鮮やかなエメラルド・グリーンの瞳に、淡い白金の髪。

 見惚れる程の美貌はもちろん、品格ある所作に、高い知性、才溢れる剣技。


 はっきり言って、婚約者として私は釣り合わない。


 だって公爵家長女といえど、中身は日本で育った一般人だもの。令嬢として十七年過ごした今もまだ、根底に"庶民"が染みついてる。


 そう。私、エヴェリン・リゲルは転生者だ。


 気がつくと異世界に生まれていた。

 そして様々な情報から、ここは過去に読んだ恋愛小説の世界だとわかった。


 私の役どころは、悪役令嬢。


 時が来たら、殿下にはお似合いのヒロインが登場する。

 そしたら私は婚約者の座を明け渡し、円滑に表舞台から退場しようと心に決めていた。


 だって、殿下には一番幸せになって貰いたい。


 初顔合わせをした幼い頃から、今日までずっと。

 ジークハルト殿下は私に良くしてくださってるもの……。


 殿下が恋したヒロインと結ばれたら、あとは彼女が殿下を幸せにしてくれるはず。

 だから私は、殿下との未来を諦める。


 そう思っていたのに。

 予想外が起こった。


(なんで? 殿下がちっともお幸せそうじゃないわ!)


 今日も今日とてヒロインと腕組みして歩く殿下の表情を見て、私は疑問と焦りに包まれた。



 私たち十代の貴族子女は、社会勉強も兼ね、学園で学ぶのがこの世界の常。

 ここは王都一の名門校。殿下や私が在学しているのはもちろん、この春には特待生として男爵家のベルナ嬢が入学してきた。


 ベルナ・フィルツ。ふわふわ髪のヒロインだ。

 小説の展開に沿ってふたりは出会い、あっという間に接近して、日々近い距離で過ごしている。


 だから殿下の毎日は、バラ色のはずなのに。


(どうして目の下にあんなに濃い(くま)が? 足取りも重そうで、何よりまるで生気が感じられない……?)


 私をはじめ在校生は、覇気のある、生き生きとしたジークハルト殿下のお姿を知っている。


(恋が叶わず消耗するならまだしも、想い人と結ばれて目が(うつ)ろになるなんて、そんなことある?)


 殿下の後ろに控えて歩く側近の方々も、暗いご様子の殿下を気遣いながら従っている。


 気になり過ぎて、もう少しよく見ようと、物陰から身を乗り出すと、絶賛のぞき見中の私と殿下の視線がバチッと合った。


「……!」

 途端に、ジークハルト殿下の表情が切なげに歪められる。


 慌てて木の陰に身体を引っ込めたけど、困惑が止まらない。


(ど、どういうこと)


 殿下、殿下お辛いの? なぜ──。


 思考の海を漂流してると。


「エヴェリン様」

「ひゃっっ!!」


 ふいに声掛けられて、心臓が飛び出すくらい驚いた。見ると同級の女の子たち。


「少しお時間よろしいでしょうか」 


 おずおずと尋ねてくる彼女たちに、何だろうと思いながらも私は頷く。


 彼女たちの話は、かいつまんで言うと相談だった。

 自分たちの婚約者……、つまり殿下の側近であられる将来有望な青年たちが、ここ最近とても案じている。

 "ジークハルト殿下のご様子がおかしい"、と。


 機知に富み、溌溂としていた殿下が、いまは始終ぼんやりとなさっている。何をするにもベルナ嬢が誘導されていて、殿下自身のご意志がまるで感じられない。

 こんな殿下はお仕えしてから初めてで、不調にしても、あまりにおかしい。


 学園の東屋で、彼女たちは私を囲んで口々にそう言った。


「……ベルナ嬢を優先されるのは、殿下が恋をされているからでは?」


 チクリ。

 微かな痛みを抑えて私が言うと、令嬢たちは即座に否定した。


「まさかそんな! エヴェリン様がいらっしゃるのに」

「ええ、ジークハルト殿下は、婚約者がありながら、他の女性の手を取るような方ではありませんわ。殿下とエヴェリン様、おふたりの仲睦まじさは、貴族間でも有名ですもの」

「え、ええっ? 有名? 仲睦まじく見えてたの?」

「はい。殿下はエヴェリン様といらっしゃる時が一番楽しそうだと、私の彼もいつも話していました」


 頷くのは、殿下の側近を務める精鋭騎士と婚約されてるご令嬢。


(いっ? いつも??)

 それは誇張よね、と思い直して咳払い。


「殿下と私が、話題に出てるのですか?」

「あ、はい。私たちもエヴェリン様を見習って、幸せな夫婦になろうね、と」


 ぽっとご令嬢の頬が赤くなり、私もつられて照れてしまう。


(でも私はみんなと違って悪役令嬢だから──)

 言いかけて、言葉を飲み込んだ。


 悪役令嬢は王子殿下と結ばれない。

 それは小説の中の決まり事だけど、彼女はこの世界の人間として、懸命に生きている。私の概念を持ち込む必要はない。

(一生懸命生きてるのは、私もだけど──) 


 そっと(うつむ)いた私に対し、令嬢が話を続けた。


「それに殿下とベルナ様は、そう言った甘い雰囲気ではないようです。ベルナ様が一方的に付き纏っておいでで……」


 "それをジークハルト殿下がお咎めにならないのも、おかしいと思うのです"。


 彼女はそう結んだ。


 確かに以前までの殿下なら、公私をきちんと線引きされていた。公の場で、下位貴族の不適切な距離を野放しにされたりしない。


 将来(さき)はこの国を牽引していく、王子殿下の急な変貌に、周囲は戸惑いを感じているらしい。


(──殿下とベルナ嬢が甘い雰囲気ではないとは?)


 そう聞いてどこかホッとしている私がいる。


(ダメダメ。私は殿下の恋を応援するはずなのに)


 でも。


(殿下がお幸せじゃないのなら、ベルナ嬢に任せる意味はないんじゃ──)


 心の奥で、何かが首を持ち上げた。


「わかりました。私ももっと気をつけて、ご様子を見てみますね。気を揉ませてごめんなさい。心配してくれてありがとう」


 ニッコリ微笑むと、ご令嬢方は安心したように息をつく。

 それで散会となったものの、どうしたものか。

 殿下が苦しそうに見えたのは、私の気のせいではなく、誰の目にも明らかということ。


("悪役令嬢"が介入すると、大抵冤罪をかけられ廃除されるのが定石だけど、殿下がお苦しいなら見過ごせないわ。それにもしかして、ベルナ嬢は──)

 


 しばらく考えた後、私はひとり、決意した。

「よし! 一か八か、試してみましょう」



 そして(きた)る秋晴れの週末。

 学園では、収穫祭が開催された。


 生徒が各々趣向を凝らし、研究成果や創意工夫した出し物を発表するお祭り。


 屋台を構えた私は息を吸い、高く澄んだ青空に声を響かせた。


「さあ、皆様、ご覧になって! 実りの秋を祝って、ベニバナとクチナシから黄色と青をとり、常緑の飲み物を作りましたわ」


 淑女は本来、呼び込みなんてしない。

 しないけど、今日だけは特別。


 だってこの世界にはなかったあるもの(・・・・)を、特別に再現したのだから。


 その品は"クリームソーダ"!


 緑色の液体に、白く無垢なアイスが乗り、可愛いサクランボが愛嬌を添える、至高の逸品。

(色味がもう、ほんとジークハルト殿下!)


 殿下の緑の瞳を見るたびに思い出し、掻き立てられずにはいられなかった郷愁のクリームソーダを、私は今日、異世界にデビューさせた。


 特注で再現したグラスは厚みがあり、味わい深くレトロ。

 光に揺れる緑の炭酸水は、とめどなく泡が立ち上り、踊り弾けて爽やかにそそる。

 氷魔法を活用して作ったアイスをまあるく(すく)って被せ、大ぶりの甘味桜桃(スイートチェリー)を飾れば、緑、白、赤お馴染みの、コントラストがとても美しい。


「うわぁ、キレイな飲み物ですね、エヴェリン様」

「クリームソーダと言います。炭酸水を使用しているので、美容効果もありますのよ」

「えっ」

「炭酸の満腹感で食欲が抑えられますし、胃腸を刺激しますから、お通じにも良いのです。血行が良くなることで、疲労回復や肩こり改善も期待できますわ」


「まあ」

「まああ」


 キャイキャイと令嬢方が寄ってくる。彼女たちをエスコートしていた令息たちも、興味深そうに並べられたクリームソーダを見つめている。


「甘ーい」

「美味しーい」


 大好評だ。さもありなん。

 現代日本でも大人気のクリームソーダですもの。異世界でも愛されて嬉しい!


 遠く、殿下とベルナ嬢の姿を認める。こちらに歩いて来てくれているようだ。


(頼んだ通り、殿下を連れてきてくれたのね)


 以前会話した令嬢を通じて、殿下の側近である令息に、ジークハルト殿下をお誘いするようお願いした。


 そして久しぶりに殿下のお顔を拝見して、すごく驚く。

(とても疲れておいでだわ)


 公式行事が連続した時だって、ここまで疲弊したお姿を見たことがない。これは側近の方たちが不安になられるわけだ。


「なぁんだ。珍しい物があると聞いたけど、クリームソーダじゃない」


 つまらなさそうに、ベルナ嬢が口を尖らせる。

 同時に私は確信した。


(殿下たちにはまだ、クリームソーダの名前を伝えてなかったのに。彼女はやっぱり、同じ世界から来た転生者……!)


 ヒロインに対する殿下の反応が小説と違うのは、イレギュラーが起こったからではと推測していた。


 例えばそれは、私のように"別人格"がキャラに憑依しているケースとか。


 ベルナ嬢の性格は、私の知るヒロイン像とかけ離れている。


 お話では控えめでいじらしかったはずのベルナ嬢なのに、いまの彼女は堂々と殿下に寄りかかっている。小説のヒロインは、殿下の婚約者がいる前で、そんな振る舞いをするタイプじゃなかった。


「ジーク、屋外で得体の知れないものを食べるのは、やめておいたほうが良いわ」


(殿下を愛称で呼び捨て、タメ口?)


 ギョッとして様子を見るが、ジークハルト殿下が叱る素振りも見せず、側近の皆様の諦めたような嘆息を見るに、すでに日常のことなのだろう。

 確かにこれは、身分の序列を無視した行為であり、周りが不安になるのも頷ける。


「そうおっしゃらずに、せっかくここまで来てくださったのですから。試飲だけでもどうぞなさって?」


 緊張を隠しながら、微笑んでクリームソーダを配る。

 起きたまま夢路を彷徨(さまよ)っているような殿下がそっと、ストローに口づけた。


「これ……は……」


 少しずつ。一口ずつ、それを飲む殿下の目に、だんだんと光が戻っていく。


 私たちの見守る中、殿下の顔つきが変わったことに気付いたのか、ベルナ嬢が突然叫んだ。


「酷いです、エヴェリン様ったら。ジークは甘いものが嫌いなのに、無理やり飲ませるなんて!」 


(いいえ。殿下は甘いもの、お好きよ?)

 長年の付き合いだからこそ知る、殿下の嗜好。

 他人の前では見せてないお姿だから、知る人間は少ないけど。


 最近は満足に摂取できてなかったと見えて、かなり勢いよく飲まれている。クリームソーダ、なくなりそう。


「行きましょうよ、ジーク」


 ベルナ嬢が強引に殿下の手を引こうとする。

 そんな彼女の手を、殿下が振り払った。


「えっ、あ、れ? ジーク?」

「誰が、名を呼ぶことを許した」


 冷え冷えとする眼差し。


「え……、そんな……? どうして……」


「っつ。それにきみは誰だ。なんで僕の横に──」


 ジークハルト殿下が、よろめきながら頭をおさえる。


「急にどうしたのジーク。あたしよ? あなたの運命の恋人、ベルナよ」

「僕の恋人は……、将来を約束したエヴェリンだけだ」


(えっ、恋人?! えっっ)


 殿下の口から突然自分の名前が出て、別の方向でびっくりする。

(殿下、私のことを恋人だと見ててくれたのですか?! てっきり家が決めた婚約だと、思ってらっしゃるとばかり。はっ、それでいつも欲しいものをドンピシャでプレゼントしてくれたり、観たい劇に誘ってくださったりしてたの? さすが卒のない方だと感服してたけど、私を見ててくれたから? あわわ)

 ~~じゃなくて。今はそのことより。

 良かった、以前の殿下だ!


 頬を引きつらせながら二、三歩後ずさったベルナ嬢が、キッと私を睨みつけて来た。


「悪役令嬢エヴェリン! あんた一体、ジークに何したのよ!」


「──何かしたのは貴女(あなた)でしょう、ベルナ・フィルツ男爵令嬢。ジークハルト殿下に、魅了の薬を使っておいででしたね」


「!!」


 私の言葉に、殿下を含む全員が息を飲んだ。


 王族に魅了の薬。許されざる大罪だ。


「クリームソーダに添えた桜桃(サクランボ)の実は、別名"女神の口づけ"。大昔、魔女の魅了薬に籠絡されかけた勇者を正気に戻した、一級解毒素材よ」


「"女神の口づけ"ですって? あっ!」


 この世界の伝説とサクランボの繋がりに気づいたベルナ嬢の前で、殿下が口元にそっとハンカチを添える。

 口中の種を出されたのだろう。

 クリームソーダのサクランボは、そこがやや難点だけど。

 殿下が(ぬぐ)うと優雅だわ……。というのは、さておき。


 私の予想は的中した。

 ベルナ嬢は転生者で、魅了の薬を使って殿下のお気持ちを捻じ曲げた。


 判断力が鈍り、相手の言いなりになってしまう魅了の薬。

 魔女の処刑と共に処方箋(レシピ)は失われていたはずだけど、作り方は小説内に開示されていたので、読者なら知っている。


 きっと殿下が思うように(なび)かなくて、業を煮やしたベルナ嬢は薬を作ったんだと思う。


 材料をそろえたら禁忌の薬が出来ちゃうなんて、この世界がファンタジーで成り立ってる所以(ゆえん)だけど。

 解毒方法はもっとファンタジーで。


 魅了薬の効果を打ち消せるのは、"女神の口づけ"ことサクランボ。


 異界に身を置く女神が、直接自分で勇者に触れることが出来ないため、代わりにサクランボに祝福を与え、愛する勇者を助けた。

 サクランボは魅了薬しか解毒しないので、普段は普通にフルーツとして売買されてる。


 今回、転生者ベルナの警戒をすり抜け、殿下にサクランボを食べていただく方法として、クリームソーダは恰好だった。

 クリームソーダなら、サクランボがてっぺんにあって当然だもの。



「長い間かかっていた、頭の中の重い霧が晴れた気がする。さて、ベルナと言ったか。詳しく話を聞かせて貰おうか」


 凄みのある低い声で、ジークハルト殿下が宣言された。


 収穫祭の群衆は、騎士に引き立てられていくベルナ嬢を囲んでざわめき、やがて。

 騒ぎが収束する頃には、学園中に噂が浸透しきっていた。


 ベルナ・フィルツ男爵令嬢が、禁忌の魅了薬を使ってジークハルト殿下を洗脳、支配。

 気づいたエヴェリン・リゲル公爵令嬢が"女神の口づけ"で殿下をお救いし、我らが王子は正気に戻られた、と。


 捕らえられたベルナ嬢は、王族を精神支配しようとした大罪に加え、魔女しか知らない薬の作り方を知っていたことから、厳しく詮議されている。

 また、捜査過程で、彼女が邪魔になる人間たちを排除する計画まであったことが露呈。排除リストには私の名も含まれていて、高位貴族を狙った凶悪すぎる犯行に、量刑は最大なものになると言われている。


 同じ転生者として、複雑な思いはあるものの。


 彼女が殿下のお気持ちを無視し、操ろうとしたことは許せなくて。同時に相手を見極めもせず、「ヒロインだから」と身を引こうとした自分の無責任さにも心が(しぼ)む。


(私はなんて、愚かだったんだろう──)


 悪役令嬢という立ち位置に、一番縛られてたのは自分自身だ。

 本当の望みに、(フタ)までして……。


 招かれた王宮で、王家から公式に謝辞を受けた後、テラスで風に当たっていると、ジークハルト殿下がいらした。


「エヴェリン、今回のことではすごく迷惑をかけてしまったね。個人としても改めてお礼を言わせて欲しい。きみのおかげで助かった。ありがとう」

「……っ、殿下……」


 殿下の優しい声に、胸に抱える想いがこぼれ出てしまう。


「殿下が苦しんでらっしゃったのに、私、長く気がつかず、のんきに過ごしていて……。すみませんでした」

「それなら、きみが気に病むことじゃないよ。魅了薬を盛られた僕に落ち度があったんだ。エヴェリンには感謝しかない」


 殿下は生徒会長として、道に迷ったベルナ嬢に手を差し伸べただけだ。彼女が近づけた地図に酩酊する薬が仕込んであって、魅了薬を盛られるなんて手口は、想像を越えていた。


「殿下の落ち度ではありませんわ……」


「エヴェリン。どうかこれからも僕のそばに。きみがずっと(そば)にいてくれることを、僕は真実、望んでる」


 真剣な声と表情で、殿下はまっすぐに私を見つめる。


「そんな。私などでは到底、殿下のお傍は似合わなくて、王太子妃は無理だと評価されてて……」


 後半の声は消え入るように小さくなった。


 非凡なジークハルト殿下に対して、平凡な婚約者。

 それが周囲が抱く感想で、だから私は、大臣たちにも陰口を叩かれてきた。


「そんなことを思っている人間は、誰もいないよ。それなら僕こそ、"王太子のくせに"とダメ出しされてばかりだ」

「まさか! 殿下は何でも出来て、とっても素晴らしくて、めちゃくちゃかっこよくて──」

「待って、待ってエヴェリン……! 嬉しいけど、過大評価だ」


 耳まで真っ赤になった殿下が、なぜか手で顔を隠して横を向く。


「素晴らしいのはきみの方だよ、エヴェリン。きみは学園で受けた相談を見事解決して、僕を救ってくれた。"さすが未来の王妃"と絶賛されている。もっと自信を持って良いと思う」


「えっ?」


(絶賛? いつの間に? 褒められてるの、私? まったく気づいてなかった。けど……、確かに、今日はどの人にも好意的に迎えられた……)


 いつも難しい顔をしている年嵩の大臣たちにも。


(なら……、それなら……)


「私が……、殿下の隣にいても大丈夫ですか?」

「もちろん。むしろきみ以外に誰がいると? きみじゃないと僕は(いや)だ」


 恐る恐る口にした私に、力強く殿下が断言される。

 フンスという鼻息も、聞こえた気がする。

 こんな積極的な殿下は初めてて、戸惑いつつも、その言葉を噛み締める。


(殿下、私が良いっておっしゃった? 私でも、いいの? 殿下を幸せにする役目。私に出来る?)


 ヒロインが現れて、殿下と離れていた期間、すごく寂しかった。

 つまり。つまり私は。


(誰にも譲れないほど、殿下が好き?)


 もう認めるしかない。

 私は殿下にベタボレだ。


 いつの間にか、すごく近くにいらした殿下が耳元で囁く。


「ところで、きみが開発した"クリームソーダ"は、とても素晴らしかった。緑と白金……。カン違いだったら恥ずかしいんだけど、もしかしたら僕の色を……意識してくれたのかな?」


 ボッと体中の血管が()ぜる。


(見抜かれてる! 見抜かれてるわ、殿下に!)


「ああああ、あの、その」

「どうやら図星? 嬉しいな」

「~~~っっ」


(ううう殿下。その笑顔は反則です)


 あまりに魅惑的な笑みに、艶めく視線で射貫かれて、ちょっと心臓に穴あきそう。

 バクバクと脈打つ音が、外に洩れちゃう。


「でも残念ながら、クリームソーダにあって、僕に足りない色があるみたいなんだ」

「え?」


 殿下の指が、そっと私のくちびるをなぞる。


「女神の口づけを、加えてくれると嬉しい」

「えええっ!?」


(それは、つまり、まさか、もしかして???) 


 体温を感じる程、彼の顔が近づいた。


 こうして私は、愛しい相手との口づけが、すごく甘いことを知って。


(クリームソーダって、人を酔わせる効果あったかしら)なんて。

 求められてる喜びに、恍惚(うっとり)と思考を奪われながら。

 炭酸のように心地良い刺激が、舌を通じて全身を巡ったのだった。


(悪役令嬢の私の恋は、泡のように消えると思っていた。でも、泡のようにずっと弾け続ける、素敵な恋だったのね──)



 その後私は、「きっと殿下を幸せにします」と嫁入りを決意。


 自分のセリフを先に言われたと笑った殿下が、「じゃあ僕は、エヴェリンをもっと幸せにするよう頑張るよ」って返してくれただけで、最高に幸せなんだから。


 私の"幸せ"は泡みたいに軽いかもと、ちょっと思ったのだった。



 ブクブクブクブク。数えきれない幸せを立ち(のぼ)らせて。

 ハッピーエンドーっ!!



 なお、恋人たちの愛を深める飲み物としてクリームソーダが国中に広まったのは、嬉しい出来事のひとつだったわ!




 お読みいただき有難うございました!


 これが例の…コロン様の「クリームソーダ祭り」に間に合わなかった短編です(ノД`)・゜・。

 8/31が締切りの。当日は0時直前まで書いてたんですが、結局無理でしたーっ。ううっ。書きにくくて、すごい苦戦しました。締め切り後も。楽しんでくださる方がいると良いのですが…。

【2024.09.03.追記】企画主様からタグ付けて良いとご許可を賜り、参加作品となりました! やったー!

 挿絵(By みてみん)

 写真で見たベニバナとクチナシのクリームソーダは淡い緑をしていて、それはそれでキレイだなぁと思いました。「無印良品」のカフェで飲めるってほんと? でもこっちカフェないわ。自由研究でぜひ…、と思いながら、「自由研究」エッセイへのご感想もたくさん有難うございます♪

 お返事遅れててすみません。(∀`*ゞ)テヘッ


 クリームソーダ、大好きです。浅草の河童橋にクリームソーダかプリンの食品サンプルが欲しくて行って。高くて買えなかったのは学生時代の良き思い出…(遠い目)


 コ〇ダ珈琲のクリームソーダがブーツ・コップでなければ私はとっくに注文していたでしょう。

 でも子どもは"ブーツ=クリームソーダ"になるかも知んない。あれは多分、コメ〇珈琲が密かに掲げる野望だと推測しています(笑)


 お話をお気に召してくださった方には、ぜひぜひ下の☆を★に色付けてやってください(∩´∀`*)∩ 異世界×クリームソーダでした♪

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短編が多いです!

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【異世界恋愛+α】
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【代表作】
『義妹が本物、私は偽物? 追放されたら幸せが待っていました。』

【直近のイセコイ】
『悪女かどうか、私を見たらわかるでしょう』

『義母には従うべきかしら?』
― 新着の感想 ―
[一言] クチナシって青になるんですね! 栗きんとんに使うから黄色だと思ってました。 殿下の口説きセリフがクリームソーダより甘くて背中がむず痒くなりましたw
[良い点] 異世界でのクリームソーダ、爽やかで素敵な味わいで、後味もよかったです。その色は、まさにエメラルドグリーンで、そこに付け加わる愛の色がとても印象的ですね。 [一言] 素敵な作品を、ありがとう…
[良い点] 作品下部のお星様、色付けて来ましたよ! 面白かったです!(≧▽≦) [一言] 最初の『クリームソーダ祭りに間に合わなかった作品』で吹いてましたが(笑) 無事参加作品になったのおめでとうござ…
感想一覧
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