噂の利弥
翌朝、朝日のまぶしさに瞼を開ける。
――あれ? ここ、どこだっけ?
菜美子は寝ぼけた頭で考える。
……あっ、そうだ。タイムスリップしちゃったんだ。私は少しうなだれる。今何時かな? みちさん起きてるかな? 顔洗いに行きたい。
昨日、一通りあらゆる部屋を教えてもらったものの、まだ把握出来ていない。とりあえず、台所にいるかもしれないと思い、台所へ向かう。すると、見知らぬ男性とすれ違う。
「あれ? お客さんってもしかして、君?」
明らかに私に向って話しかけている。
――もしかして……、この人が噂の利弥さん?
すらっとした長身に、少しヘラヘラした感じの美形な色白の男性だ。髪は七三分けにしている。
「あ、はい。昨日からこちらでお世話になることになった、高須原菜美子と言います」
「へぇ〜。そうなんだ。可愛いね。俺は利弥。よろしくね~」と言いながら菜美子の顔を覗き込んでくる。
「あの……」
――近い!
思わず身を引くと治弥の声が聞こえて来た。
「兄さん!」
「……何だよ治弥。朝から大声出して」
「何だよじゃないですよ。菜美子さん、困ってるじゃないですか?」
「そうか? 困ってる?」
「えっと……」
「ああ。もしかして、治弥の恋人?」
「違いますよ、兄さん! 彼女に失礼ですよ!」
「ふぅん、そうなんだ……。じゃあ、俺立候補しても良い?」
「困ります!」
またもや顔を近づけようとする利弥に、菜美子はきっぱりとした態度を取った。丁度そこへみちが現れた。
「ちょっと、朝から3人で何しているの? 特に利弥。あなた会社に間に合うの?」
母の言葉に利弥は腕時計を見る。その瞬間、顔色が変わる。
「え? やべぇ。もうこんな時間かよ。じゃあね、菜美子ちゃん。また夜にでも」と言いながら大急ぎで出かけて行った。
「ありがとうございます、みちさん」
「大したことはしていないわ。さ、皆で朝ごはんにしましょう」
顔を洗い終わり朝食を頂こうと大広間へ移動し、皆さんへ朝の挨拶を済ませ、座るとみちが話しかけてくる。
「菜美子さん、昨日は眠れた?」
「はい。意外と疲れたみたいで、よく眠れました」
「そう。なら、良かったわ。それにしても、朝から顔を合わせるなんて……驚いたでしょう?」
「はい……」
「兄さんは女性を見ると見境ないから。特に可愛い人が好きなんですよ」
治弥がため息混じりに言うと、利治が口を開く。
「ところで、菜美子さん」
「はい」
「絵はいつから始めようか?」
「先生の都合があると思いますので、先生にお任せします」
「そうか。それでは、今日からにしよう」
「はい! よろしくお願いします!」と菜美子は笑顔を浮かべた。