崎本家にて 2
「ところで菜美子さん、あなた本当に治弥の恋人ではないの?」とみちが唐突に聞いて来る。
「違います! 治弥さんは、親切に案内してくれただけです!」
「そう?」と言いつつも、まだどこか納得していない様子だ。
「そうですよ、母さん。彼女は道に迷っていた時に道を尋ねた人に、荷物を取られてしまって、たまたま近くにいた僕と警察へ行ったんです」
「そう……。菜美子さん、それは大変だったわね。治弥は人助けをしたのね? 我が息子ながら、良い子に育ってくれて嬉しいわ」とみちさんは今度こそ、信用してくれたようだ。
――ごめんなさい、荷物取られたの嘘だけど……。
荷物はスマホ以外、あっちの世界に置いて来ちゃったみたい。スマホはポケットに入ってたから、来る時に落として来たのかな?
「菜美子さんと言ったかな?」
「はい!」突然口を開いた利治の声に菜美子は背筋を伸ばす。
「君は未成年だろう? ご両親の許しは得ているのかな?」
「はい、ちゃんと許しをもらって来ています」
「そうか。家はみち以外男ばかりだが、大丈夫かな?」
「大丈夫です!」
「みち、私達の隣の部屋が空いているよな?」
「ええ」とにこやかにみちは答える。
「ただ……」と言い淀むみちは、言いにくそうにしている。
「菜美子さん」
「はい?」
「あのね、家には利治さん、治弥の他にもう1人いるの」
「もう1人ですか?」
「ええ。利弥って言う治弥の兄さんよ」
「はい」
――どうしたんだろう? 改まって言うなんて……と感じていると、みちは続けた。
「その利弥がね、何ていうか……、女性にだらしがない人なの」
「え……?」
「ああ……。そうなんですよ。恋人が出来てもとっかえひっかえ……。だから、菜美子さんも気を付けてください」
「そうだな。私もそれは心配だな」
――皆にそんな風に言われる利弥さんって、一体どんな感じの人なんだろう……と菜美子が思っていると、部屋の外から人の声が聞こえて来た。
「あれ〜。おっかしいなぁ。皆どこにいるんだよ。父さん? 母さん? 治弥?」
――噂をすれば……とはこのことで……。
一瞬全員が顔を見合わせた。
「菜美子さん」
みちはコソコソと小声で話す。
「はい」
「利弥が帰って来たわ」
「はい」
「とりあえず部屋へ案内するから……。治弥」
「はい、兄さんですね」
「ええ、さすがね」
「いえ。では、任せてください」と言い治弥は部屋を出ていく。襖の向こうから会話が聞こえてくる。
「お帰りなさい、兄さん」
「ああ。治弥、そんな所にいたのかよ」
「はい。お客さんが来ているので」
「え? 客? だったら俺も顔見せないと」
「いいえ。大丈夫です。それに、兄さんの客ではありませんから」
「ふぅん。ま、いっか。それより治弥、晩飯は?」
「まだですよ」
「もしかして母さん、まだ支度してないのか?」
「そうみたいですね」
「……仕方ねぇな。もう少し待つか」
「はい、兄さん」
少しずつ声が遠ざかって行く。
「行ったみたいね」
安心したようにみちは息を吐き出す。
「はい」
「ごめんなさいね、菜美子さん。どのみち同じ家にいるのだし、いつかは顔を合わせることになるのだけど……、なるべくならあまり会わないようにした方が良いと思うのよね。我が息子ながら女性にだらしないから、そこだけは本当に、止めてほしいわ」
みちは、そこで一旦言葉を止めると、ふと何かを思い出したのか突然口を開いた。
「あ、そうだわ!」