崎本家にて
菜美子はどこまでも広がる敷地に唖然としていた。木造造りの平屋だけれど、とてつもなく大きい。
――お屋敷だ……。そういえば、ひいおじいちゃんの家って、お金持ちって聞いたことあるような……。
崎本利治は美術界では有名で、菜美子のひいおじいちゃんにあたる。
――治弥さんは私のおじいちゃんなんだよね……。若いなぁ、おじいちゃん。間違っておじいちゃんって呼ばないように気をつけないと……。
放心状態の菜美子を気遣い、治弥が口を開いた。
「菜美子さん? 大丈夫ですよ。打ち合わせ通りにすれば、上手く行きます」
庭を歩きながら治弥が菜美子を励ます。
「はい、ありがとうございます」
内心は別のことを考えていたのだが……。そのことも不安ではあるから、治弥の気遣いは嬉しい。
治弥と崎本家へ向かう途中で話した内容は、菜美子は海外から来て、両親は仕事であちらにいる。尊敬する画家、利治さんに弟子入りしたくて日本に帰ったと言う話になった。制服のままでは不味いからと、治弥は途中で服を買ってくれて着替えておいた。
玄関へ辿り着くと、治弥は鍵を開け、
「ただいま帰りました! 母さん!」と声をかけると、少しして小柄で穏やかそうな女性が姿を見せる。
「どうしたの? 治弥……。って、あら? お客さん? またずいぶん可愛らしいこと。まさか急に恋人を連れて来るなんて。前もって話しておいてくれたら良かったのに……」と、一方的に話を進める。
「違いますよ、母さん。彼女は恋人ではありません。父に用があって来たのです」
治弥の言葉に彼女はがっくり肩を落とした。
「……そうなの? 治弥にもとうとう恋人が出来たと思ったのに。利治さんに……ってことは、絵の関係かしら?」と、女性は興味深そうに菜美子を見つめる。
「そうです。初めまして、高須原菜美子と申します。崎本利治さんに弟子入りしたくて来ました!」
菜美子は緊張しながらも怯むことなく、女性の目をしっかり見ながら挨拶をした。
「初めまして。菜美子さんと呼んで良いかしら?」
「はい、大丈夫です」
「私は治弥の母のみちです。よろしくね。利治さんは今丁度絵を描いているから、少し待ってもらえるかしら?」
「はい」
「あ、ごめんなさいね。玄関にずっと立たせてしまって。どうぞあがって」
「おじゃまします」
みちに付いていくと、広々とした廊下の両脇に、襖で仕切られた部屋がいくつもある。上がってすぐ右手にある2つ目の部屋に通された。
中へ入ると畳の良い香りがする。真ん中にちゃぶ台が置いてある。治弥が座布団を用意してくれて、みちは利治を呼びに行った。間もなくお茶を入れてみちは戻って来た。
数分後、利治が現れると菜美子に会釈をする。
「どうも」
低音の声を響かせ、それだけ言うと座り、置いてあったお茶を飲んだ。利治は男性にしては小柄で色が白く、太っている訳ではないけれどどっしりとした安定感と威厳を感じる。
「あの、初めまして。高須原 菜美子と申します」
菜美子はドキドキする心臓を抑えながらも、一言を発する。
「父さん、彼女は父さんの弟子になりたくて、家へ来たんです」
治弥が助け船を出しくれる。
時計の針の音が響き渡る。誰も何も言わない。利治はずっと黙りっぱなしだ。
――何で何も言わないの? 緊張するよ~。
「あの、私の両親は仕事で海外にいて、私は利治さんの絵が好きで、美大志望なんです」と菜美子は勇気を振り絞って言った。
「そうか……」