数日前2
菜美子は去って行った杏子を見つめると、ちとせに向き直った。
――杏子も気になるけど、今はちとせをほっとけない。
「大丈夫? ちとせ」と優しく菜美子は聞く。
「うん。私……、分かってるの。杏子ちゃんはいつも、私に正しいことを言う。分かってるのに……。直せないこと沢山。ありがたいはずなのに、辛いの……。なんで……かなぁ?」と、一度止まった涙が再び溢れ出してしまう。
「ちとせ、知ってる? 杏子ってね、本当は寂しがり屋なんだよ。それに本当は優しいくせにああいう性格だから、相手のことを思っていてもなかなか相手に伝わらない。損だよね」と、菜美子はそっと打ち明ける。
「杏子ちゃんが寂しがり屋?」と、ちとせは不思議そうにしている。
「うん、しっかりしてるでしょ? 杏子って。他人に弱みを見せようとしないんだよね。ずるいよね、友達なのに。だけど、その分きっと寂しい思いをしてると思うの。不器用だよね、杏子」
「私、全然気づかなかった」
「私だってここ最近かなぁ。見ていて何となくね。まさか自分でそんなこと言うはずも、ないからね」と、菜美子は笑顔を向ける。
「杏子ちゃんは……、私を思って言ってくれてるんだよね?」
「うん!絶対そうだよ。多分ね、杏子はちとせのこと妹みたいに思ってるんじゃないかな?実は私もなんだけどね」
「菜美子ちゃんも?」
「正しいと思って言ったって、それで相手を傷付けることもあるでしょ? 本当に相手の為になるかなんて、実は誰も分からないんじゃないのかなぁ? だから、ちとせも焦ることないよ。ちとせはちとせのペースで進めば良いんだから。ね?」と菜美子は微笑んだ。
「うん、ありがと。菜美子ちゃん。菜美子ちゃんがいてくれて良かった。杏子ちゃんと2人だけだったら、今頃友達じゃなかったかも」と、少し笑ってちとせは言った。
「もう。ちとせ、そんなこと言わないでよ。2人共同じ位大切なんだから。2人には仲良くしてもらわないと」
「うん、大丈夫だよ。菜美子ちゃん」そう言ったちとせの顔は、心なしか穏やかそうに見えた。
翌日、靴箱で靴を履き替えていると、ちとせに杏子が声をかけた。
「おはよう、ちとせ」
「おはよう、杏子ちゃん」
ちとせはその声にやや驚いて振り返る。
「ちょっとちとせ、そんな驚かないでよ。何?もしかして、今日は口もきかないとでも思った?」
「ちょっとだけ」と、ちとせはおずおず答える。
「そんな訳ないでしょ! 昨日は昨日。今日は今日。いつまでも気にしたって人生もったいないでしょ?……まぁ、昨日は本当、ごめん! あんな言い方しか出来なくて」と杏子は頭を下げる。
「杏子ちゃん、私もごめんなさい。気にしてくれてありがと!」と、ちとせは杏子に笑顔でそう言う。
「別に。ちとせの泣いた顔は見たくないだけ」
その様子を少しだけ離れた場所から見ていた菜美子は、ほっと胸をなでおろした。