数日前1
数日前のこと、菜美子は部活のない日の放課後、男子生徒に呼び出されていた。人気のない校舎裏に見覚えのある顔がいる。
「高須原さん!」
相手は気付くと菜美子を笑顔で出迎える。彼は浅黒い肌に短髪でスポーツ少年と言った感じだ。
「高木君?」
「いや、高井だよ……」
「え? ごめん、高井君」
「いや、まさか名前をちゃんと覚えられていないなんて」
高井君はため息をつき、菜美子の方へもう一度顔を向ける。
「改めて、来てくれてありがとう」
「いいえ」
「同じクラスだし、名前位覚えていてくれていると思ったんだけど……」
「だから、ごめんなさいって」
「ま、良いよ。それより本題なんだけど」
真剣な面持ちで高井君は菜美子を真っ直ぐ見つめる。
「う、うん」なんとなく菜美子は身構える。
「俺、ずっと高須原さんのこと気になってました! 付き合って下さい!」
高井君は勢いよく頭を下げられ、菜美子は困惑して固まってしまう。
――どうしよう。高校に入ってもう半年経つけど、かれこれ3人目。どう断ったら良いの?
いつまでも返事をしない菜美子の様子を見ようと、高井君は顔を少し上げる。
「高須原さん?」
「あ、えっと……」
「もし、付き合ってる人がいるなら諦めるけど、そうじゃないなら考えてほしい」と、再び頭を下げる。
――いないけど、やっぱり私は……。
「ごめんなさい!」菜美子も彼に勢いよく頭を下げる。
「そっか。いるんだ? 彼氏」
「うん、実は」
ーーどうしよう。嘘付いちゃった。いくら断りたいからって……。ごめんなさい!
「同じ学校の人?」
「ううん。違う学校の人」
「好きなんだ? そいつのこと」
「うん、凄く」
高井君はやれやれと言ったように肩を落とすと
「分かった。高須原さんのことは諦めるよ」と言った。
菜美子は諦めてくれて良かったと思いつつ、嘘をついた罪悪感で、複雑になりながら靴箱へ向かった。
「あ、来た!」
「お帰り、菜美子」と2人の女子の声が聞こえる。見るとそこには“ちとせ”と“杏子“がいた。
「ちとせ、杏子!」
菜美子は2人の方へ駆け寄る。
「どうしたの? 待っててくれたの?」
菜美子は嬉しくなって2人に尋ねる。
「ちとせが待ちたいって言うから」と、ストレートロングの髪をかき上げながら素っ気なく杏子が答える。
「心配だったんだもん。大丈夫だった?菜美子ちゃん」と、2つに結んだ髪を微かに揺らしながら、少し覗き込むように菜美子を見上げ、可愛らしい笑顔でちとせが言う。
「うん、やっぱり告白された」
「やっぱりね」と杏子。
「やっぱりって……」
「だって、菜美子美人じゃない。その黒くてウェーブがかった綺麗なロングの髪に、透き通る白い肌。古風な顔立ちだけど綺麗な顔してるし。ね、ちとせ?」
「うん。人気あるのも大変だね」
「人気って言ったって、喋ったことないよ?」と菜美子は言う。
「ま、人の見た目だけで好きとか言われてもね。ちゃんと中身を見ろって言うのよ」とちょっとキツめなことを言う杏子。3人そろって靴箱を出て校門へ向かう。
「陸上大変じゃない? 杏子」
「ん? まぁね。でも、走るの好きだから」
「そっか。お互い頑張ろうね!」
「うん! ところでちとせは美術部慣れた?」と杏子は聞く。
「え?私? 私は……まぁまぁかな」
「まぁまぁ?」
不思議そうに杏子は聞く。
「うん。ほら、私は美術部に入ったばかりで絵も下手だし、菜美子ちゃんみたいにはなれないなぁって」
杏子は大きなため息をついて
「あのね、ちとせ。ちとせはもっと自信持ちなよ。ずっと昔から描いてた人と比べたってしょうがないでしょ? 菜美子みたいになる必要なんてないじゃない。ちとせはちとせなんだから!」と言った。杏子は切れ長の瞳にクールな美人。言い方がはっきりしている為、きつく見られる。
「そうだよね。杏子ちゃんの言うとおりかも。ちょっとね、ちょっとだけ焦ってたんだ……。だから……」
言葉を詰らせたちとせは涙ぐんでいる。ちとせはちょっと気が弱くて頼りないけど、そこが可愛い。杏子は励ましたつもりで言ったんだろうけど、ちとせに届いたのか?
「ちとせ、泣かないで」と菜美子は慰める。
「ちとせ、そのすぐ泣くの何とかならないの?」
若干イライラした口調で杏子はちとせに言う。
「そんなことっ、言ったって……」とちとせは涙を流しながら答える。
「杏子、そう言う言い方するのやめなって」
「はいはい。菜美子はそうやってすぐちとせの肩持つんだよね……。でもね、ちとせ。泣けば皆優しくしてくれる訳じゃないんだからね!」
「杏子!」
菜美子は思わず声を荒げてしまう。
「私、ここで帰る。またね、2人共」と菜美子達を見ずに言い残し、去って行った。