2話 緊急姉妹会議
「お、お兄ちゃん。その髪……」
「あぁ。実は美容室に行って来たんだ」
「へ、へぇ」
「……」
沙紀はなぜかとても動揺した様子。
麗華は難しい顔をして、無言で何か考え込んでいる。
今まで散髪に行っても、2人がこんな反応を見せた事は無かった。
いつもより良い感じに仕上げてもらったけど、髪を切っただけでそんなに驚く事なのだろうか。
「で、でも、今まではそんな髪型しなかったのに、どうして今回はしたの?」
「明日、2人が入学してくるだろ。それで義理とは言え兄の印象が悪かったら、2人の評判にも影響するんじゃないかって思ってな」
「そ、それは考え過ぎだと思うけど」
「かもな。まぁでも、気にしておくに越した事は無いだろ。それに前髪が伸びて鬱陶しいと思ってから、ちょうど良いかなって思ってな」
2人の入学に関係無く、どのみち髪は切っていたはずだ。
「そ、そうなんだ……」
「沙紀、さっきから様子が少し変だけどどうしたんだ? ……もしかして、似合ってないか?」
「そ、そんな事ない!」
沙紀は語気を強めて否定した。
「す、すごくカッコいい……よ」
か、カッコいい……
沙紀に真正面から褒められ、つい照れてしまった俺である。
「れ、麗華はどう思う?」
恐る恐る、麗華にそう尋ねる。
「に、似合ってると思うわ」
よ、良かった。
もしも2人に似合ってないって言われたら、ショックのあまり数時間ほど寝込んでいたはずだ。
「そ、そっか。サンキューな、2人とも」
「う、うん」
「え、ええ」
2人はどこか照れくさそうに視線を逸らした。
2人の頬にはほんのりと赤みがさしている。
「お、お兄様。私達、緊急姉妹会議――じゃなくて、明日の準備があるから部屋に戻るわね。行きましょう、沙紀」
「う、うん。そうだね。お兄ちゃん、また後でね」
そう言い残して、2人は早足に二階へと続く階段を上がって行く。
少しして、バタンと扉が閉まる音が玄関に届いた。
結局、2人の様子が何かおかしかった理由については、考えても答えは出なかった。
義妹視点
晴翔と別れ部屋に戻って来た沙紀と麗華は、ベットの上に向かい合って座っていた。
そしてこれから始まるのは、先ほど麗華が口に漏らした、緊急姉妹会議である。
「まずい事になったわ」
「そうだね」
麗華の言葉に、沙紀は力強く頷いた。
麗華と沙紀がわざわざリスクを負ってまでして晴翔の通っている高校に外部受験する事にしたのは、晴翔と一緒に学校生活を送りたいと思っていたからである。
しかし入学式前日、ここに来てまさかの想定外の事が発生した。
それは……
「このままじゃ、お兄ちゃんが超絶イケメンだって皆んなにバレちゃう」
晴翔は基本的に身だしなみをあまり気にせず、散髪も普段は千円カットで適当に済ませている。
だからこれまで、晴翔が実はイケメンな事は沙紀と麗華そして両親以外では、ごく一部の人間しか知らなかった。
だが、その真実が明るみになる時がいよいよやって来てしまった。
と、なれば……
「明日から、まず間違いなくお兄様に悪い虫が寄ってくるわ」
「だね」
決して大袈裟な話では無い。
義妹贔屓を抜きしても、晴翔がイケメンなのは紛れもない事実。
実際、晴翔の顔を知っている2人ですら、先ほどイメチェンした晴翔を見て、思わず見惚れてしまったほどだ。
「お兄ちゃん。普段は自分の事はまったく気にしないのに、まさか私達の評判に関わるって思った途端に、ここまで行動的になるなんて予想外だったね」
「そうね。とりあえず、お兄様に悪い虫が寄ってこないようにしないと」
「だね。じゃあ後で私から秋菜ちゃんにも伝えておくね。秋菜ちゃんも協力してくれると思うから」
雛森秋菜。
晴翔と小学校1年生の時に出逢った、晴翔の幼馴染。
そして……沙紀と麗華と同じく、晴翔に恋心を寄せている恋敵。
「そうね。お願いするわ」
秋菜が協力するのを、2人は確信している。
なぜなら、秋菜も沙紀と麗華と同じ事を思うはずだから。
これ以上、ライバルが増えてたまるか――と。