第64話 接戦
「ソフィー?」
ソフィアと紹介された少女は、そう言った俺の呟きを聞いていたのかゆっくりとこちらへ顔を向けた。
「あら、どなたと勘違いされているのか存じませんが、私の名前はソフィア。決して朝早くから一人で外を歩き回るような身分の人間ではございませんよ」
「あー……」
とぼけるように。ともすればわざとらしさすら伺える雰囲気でそうのたまう彼女を見て俺は察する。どうやら俺は釘を刺されたようだ。
その言葉をそのまま受け取るのであれば、朝早く護衛もつけずに出歩いているなんて知られたくない……まぁ一種の《《お忍び》》というやつだったのか。
ともあれソフィー……いやソフィアの事情をいちいち詮索していてもキリがない。俺はひとまずそのことは頭の片隅に置きつつ、彼女に頷いた。
「ふふ」
するとソフィアの方も軽く微笑み、仕切り直しといった様子で観衆に向けて語りかけ始める。
「今年も栄誉あるこの武闘祭を開幕できたこと、アバンデルト家の一人として心より嬉しく思います。そして私個人としても、この後、この戦いに勝ち残ったただ一人の強者と剣を交えられることに、幸運を感じております」
曰く、リースタリア公国の祖であるアデル……アバンデルト家の先祖は代々が有名な騎士の家系だったらしい。知よりも武によって功を立ててきたといったところか。
それもあってか、今のソフィアの発言を聞いても成程、アバンデルトという家が〝武〟に重きを置いていることを感じさせた。
そうしてソフィアの挨拶が少しあった後、彼女はそのまま奥へと引っ込んだ。戻り際、こちらをちらりと見ていた気がしたが、今はまだ気にしないでおくことにする。
「さて……」
俺は改めて目の前の男を見据える。
「それでは、決勝戦、開始いたします!」
司会の合図とともに、戦いが始まった。
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「ちぃっ!!」
「ふん!」
開始の合図とともにレナードが、身の丈ほどもある長剣を右手でもち、地面すれすれを這うような姿勢で突っ込みながら剣を振るってくる。
俺はそれをかろうじて剣でいなすと、すぐさま距離をとろうとする。しかし。
「まだまだ!」
「うぉ!?」
一瞬の隙も与えないと言わんばかりの速度で、ぴたりとこちらに……長剣の届く範囲まで詰めてくるレナード。そしてそのまま何度も剣を振り続ける。
「くそっ!!」
甲高く響き渡り続ける金属音と共に、数合の打ち合いをしては離れ、打ち合いをしては離れてを繰り返す。俺はとにかく仕切り直しを図ろうとするが、レナードは決してその隙を与えてはくれない。
「どうした! ジルの弟子というのはそんなものか!」
(アンタが強すぎるんだろう……!)
まだ開始して一分もたっていないが、数度剣を交えただけでも分かる。
この男は確実にジルに近い実力を持っている。片腕というハンデがあるにもかかわらず、だ。
きっともし両腕が健在だったなら、それこそ聖銀級……ジルと同じ領域に至っていただろうことを想像すると思わず身震いする。
とはいえ、それでもその一撃の威力も、繰り出される剣の剣速も常人のそれではない。現に俺はこうして防戦一方となっていた。
「カイルさんーー!!!!」
数多の歓声の中に、エミリアの声が聞こえる。
(師匠としては、弟子に恥ずかしいところを見せるわけにはいかないからな)
俺は再び距離をとろうとレナードから飛びのくが、間髪入れずに彼もこちらへと突っ込んでこようとする。俺はその僅かなタイミングを逃さずに、手に持った剣をレナード目掛けて投擲した。
ビュン、と音を立ててレナード目がけて飛んでいく直剣。しかし彼は動揺することなく、「甘い」と一言呟きながら自身の長剣で難なく振り払った。
キィン、と音立てて上へと打ち上げられる直剣。しかし。
「む!」
俺は直剣を投げると同時、レナードの方へと向けて一転飛び込む。そしてすぐさま彼の近くまで近づく。
「己の肉体も武器とせよ、ってね!」
俺はそう言いながら左脚を鞭のようにしならせながら、レナードの右側面に蹴りこんだ。
「ぐっ!」
その蹴りは頭を狙っていたものだが、すんでのところでレナードの腕に阻まれる。しかしそこまでは計算通りだ。
蹴りの余波で微かに地面にひびが入り、その勢いによって生み出された風圧が互いの髪を撫でる。
「こいつ……!」
俺はすぐさま彼の右側面に密着するように回り込む。
左腕がなく、得物は背丈ほどもある長剣。となるとレナードという男にとっての死角……弱点は彼の右半身、そして超近距離ということになるはずだ。
勿論彼自身もそのことはよくわかっていたのだろう、すぐさま右腕をしならせ、剣を横なぎに振るいながらこちらの正面へと身体を向けなおそうとする。
しかし。
「シッ!」
「むっ……!」
俺はレナードが振るおうとする剣、その元となる右腕を拳で受け止めた。
「技の《《出》》を潰すか……面白い!」
「うお!」
しかし直後、レナードはそんな俺の攻撃を己の膂力のみで打ち払った。右腕を止めたことで生まれた一瞬の隙のおかげでかろうじて飛びのくことができたが、さきほどまで俺がいた場所をレナードの剣が通りぬけていた。
そうしてまた互いに距離を開け、向かい合う形へと戻る。
すると直後、俺のすぐ横の地面に先ほど打ち上げられた自身の剣が突き刺さった。
俺はそれを引き抜くと、もう一度構えなおす。
「さて……」
そんな俺の様子を見ながらレナードもまた剣を構えなおす。
「まだまだこんなものじゃないだろう?」
先ほどの見定めるような言いぶりとは違う。
まるで期待するかのようにそういったレナードは姿勢を低くすると、再び突っ込んできた。
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それからどれくらいの時間が経ったか。未だに俺とレナードの戦いは続いていた。
体感でいえば数時間打ち合っているかのような濃度の戦いだが、実際のところは一分か二分そこいらだろう。
それくらいにギリギリの戦いが続いていた。
「ハァ……ハァ………」
「ふぅ………まだまだ!」
俺が息を整える間もなく再びレナードの斬撃が飛んでくる。そんなやり取りが続く中、次第に酸素が行き届かなくなりまとまらなくなる思考を必死に押しとどめながら俺は考えた。
(このまま持久戦を続けたら確実に俺が押し切られる……やっぱり使うしかないか……魔法を)
正直あまり使いたくはない。出来ることなら(あくまでアバンデルト家の人間が〝氷獄公〟の正体ならの話だが)特別試合で相手の魔法を見るまではとっておきたい。だがこのままではそもそも優勝する前に終わってしまう。
俺は数瞬のうちに考えを纏めると、気合を入れなおす。やることは最初と同じ。隙を見ての超近距離戦だ。
「ほう……雰囲気が変わったな」
そんな俺の様子をみてぽつりとつぶやくレナード。
何故この戦いの最中にそんなことまでわかるのかと問い詰めたくなったがやめた。
俺は何も言わず剣を構えなおす。そして。
「ふっ!!」
レナードの懐へと突っ込む。
「甘い!」
しかし、長剣の間合いより近くへは近寄らせまいとレナードは最適のタイミングで俺へとけん制の剣を放つ。しかし、その攻撃より一瞬早く俺は彼の元へと潜り込んでいた。
「むっ!?」
微かに驚きの表情を見せるレナード。
それはそうだろう。今の俺の動きは、彼から見れば不自然なまでの急加速をしたように見えたのだろうから。
俺はあの瞬間に『風爆』を使い、自身の身体を押し出していた。僅か一瞬の間に魔法式の展開・発動を行って。おそらく注意深く見ていた人間にしか分からないだろう。……とはいえ不自然であることには変わりないが。
ともかくこうして懐にもぐりこんだ俺はすぐさま彼目掛けて剣を振るう。しかし。
「無駄だ!」
直後、目にもとまらぬ速度で俺の放った剣は弾き飛ばされた。
レナードは長剣から一瞬手を放し、右腕に装備した籠手のような部分で俺の剣を打ち払ったのだ。そしてそのまま拳を握りしめ、ソレを俺の顔面に叩きこもうとしてくる。
俺はその攻撃と入れ違いになるように、自らもまた己を右手を彼のみぞおちへと打ち込んだ。そして。
(『雷電発勁』──!!)
「ぐぅっ!?」
直後、レナードの体内を強力な電撃が駆け巡る。
対象そのものを《《破壊する》》『雷電槌』とは違い、相手の内部にだけダメージを与える魔法。拡散と停滞の魔紋などを組み合わせて作ったこの『雷電発勁』によって、レナードの身体はしびれ、そして沈黙した。
その右拳は俺の頬の直前で止まっている。
(やったか──)
意識はあるのに身体が言うことをきかない、といった表情のまま動かないでいたレナードをみてそう安堵しそうになるが、しかし。
「──ッ!!」
直後、俺は左頬を打ち抜かれた。
「ぐっ!?」
完全に静止した状態からの至近距離での攻撃だったためそこまでダメージはなかったが、『雷電発勁』で麻痺したはずのレナードが動けたことによる衝撃は大きかった。
(この人もジルの同類かよ……)
内心でそう呟きながら再び構える。しかし、まだ続くと思われた戦いは唐突な終わりを迎えることとなった。
「ぐふっ……」
俺が構えた瞬間に、レナードは大きく吐血し片膝をついたのだ。
「!?」
俺はその様子に驚愕する。
(内臓に損傷を……? いや『雷電発勁』に刻んだ魔紋はそこまで強力なものではないはず……)
現にレナードはこうして動けている。それとも己の計算が間違っていたか?
動揺する俺をよそに、レナードは口元の血を拭いながらそのままドサリと座り込んだ。
ざわつく周囲をよそに、レナードは口を開く。
「やれやれ、ここまでか」
「どういうことです……?」
その言葉に疑問を投げかけると、レナードは「フッ」と笑いながら答えた。
「これは古傷だ。無茶をしようとするとこうしてたまに傷が開く」
それはおそらく左腕のことではないのだろう。レナードがこれまでに歩んできた戦いの傷が、今も彼の身体を蝕んでいるのだろうか。
「とはいえ正直、ここまでとは思わなかった。それにさっきのアレ……いや、そんなことはいいか」
「お眼鏡にはかないましたか?」
先ほどより少しばかり呼吸の整ったレナードにそう問いかけると、彼は「あぁ」と頷く。
「さすがはアイツの弟子だ。……まったくとんでもないガキを育てたものだ」
「正直、貴方も傷がなければ師匠と同類でしょうに」
「おい、俺をあんな化け物と一緒にするなよ……げほっ!」
苦笑したレナードだったが、直後大きくせき込む。そしてそのまま司会の方へ顔を向けた。
「負けを認める」
そういってレナードは片手をひらりと上げながら立ち上がった。最早立つのがやっとといったその様子を見て、司会も観客も一斉に静かになる。しかし直後──。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
俺とレナードを大歓声が包み込んだ。
「よくやったぞ小僧ー!!」「良い試合だった!」「レナード様素敵ですー!!」
「えぇー、レナード様の降参によりこの試合、カイル=ウェストラッド様の勝利となりました! したがって本武闘祭の優勝者は! カイル=ウェストラッド!!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
声援とともに告げられた司会の言葉によって、周囲は更に熱狂する。そして、惜しみない拍手を伴いながら、レナードと俺はゆっくりと舞台を後にするのだった。
(残すは特別試合を残すのみ、か)
俺は既に意識を次の試合へと……ソフィアとの戦いへと切り替えていた。
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