第63話 隻腕の男
第一回戦が終わった後。
あれから俺は当初の目論見通り、魔法を使うことなく無事に試合を勝ち抜き、早くも決勝戦を迎えていた。
この武闘祭として残す試合は、決勝戦とその後の公爵家の人間との特別試合だけだ。
対戦相手のレベルもそこまで高くなく、そういう意味でも幸運に恵まれたといえたかもしれない。しかし。
(次の相手はキツそうだな)
ここにきてとうとう幸運も尽きたようだ。俺は東の入場口に立ちながら、その反対側に立つ自身の次の対戦相手を見据えて内心で呟いた。
そこにいたのは壮年の男性だった。所々に白髪の入り混じった短髪と無精ひげを蓄えながらも、筋骨隆々のその出で立ちは誰が見ても〝強者〟と認識させるほどの威圧感を放っている。そして何よりも目立つのはその左腕だ。肩掛けのマントに隠れたその先。そこを見れば、本来あるはずのものがなかった。そう、その男は隻腕の戦士だった。
男の名前はレナード=カスタルド。
聖銀級の一つ下、白金級冒険者で名うての戦士だ。
かつてはその圧倒的な実力で近いうち聖銀級へと昇格することは間違いなしと言われていたが、とある依頼中に左腕を無くす。それ以降はこれまでのようなハイレベルの依頼を受けず、ある程度の難度の依頼をこなしながら旅をしている。
とはいえその実力は片腕を無くした今も折り紙付きであり、見くびれば手痛い目にあう……そういう評判の男だった。
酒場で出場者についての情報を収集した時にたまたま聞いた話だったが、ここまでの試合を軽く勝利してきた様子から見ても、どうやら事実のようだ。
(そして何より……)
そう。
この男はかつて片腕を失うまでの一時期、ジル=ブラッド……俺の師匠や、他何人かのメンバーと冒険者パーティを組んでいた男だった。そして当時のメンバーといえばいずれもが名の知れ渡った有名人ばかりだ。そのパーティは既に解散していたが、少なくとも確かなのは、目の前のこの男がジルとパーティを組めるだけの実力者だったという点だろう。
(片腕を失い、引き際を見極められるような男が今なぜこうして武闘祭の場に出てきたのか)
今更実力を披露するためというわけでもあるまいし、片腕を失った今とて聖銀級相当の依頼をこなせるだけの実力を依然有しているとされるような男だ。金にも困っているとは思いづらい。
(とはいえ、今はその背景を推理する必要もないか)
思考を打ち切るように司会の入場コールが響き渡る。
俺は気持ちを切り替え、ゆっくりと大歓声の中を進んでいくのだった。
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「それではただいまより、リースタリア公国武闘祭! 決勝戦のこの場に勝ち残った猛者たちの紹介をさせていただきます!」
俺とレナード。両者が舞台へと立ち、相対する形で向き合ったのを見計らって司会が話始めた。
「東側、なんと青銅級冒険者にも関わらずこの決勝の舞台までやってきたのは、新進気鋭の冒険者、カイル=ウェストラッド!」
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」
司会の紹介とともに湧き上がる大歓声。それは純粋な期待のほかにも、こんな子供がといったような好奇を含んだ声音も含まれていた。とはいえ決勝のこの舞台、既に観客たちのムードは最高潮に達しているようだ。
「そして西側、こちらも知らぬ者はいないでしょう。かつてあの、聖銀級冒険者にして本大会の過去優勝者でもある〝烈火〟ジル=ブラッド達と共に冒険をしていた男。そして今もなおその実力はこの地まで響き渡っております! 〝隻腕〟のレナード=カスタルド!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
(それにしても、〝隻腕〟であることがそのまま通り名になるほどとはね。つまり隻腕の戦士といえばレナードってところか)
先ほどの俺の時よりも大きく響き渡る歓声に、右腕を軽く上げて返すレナード。しかしその目は俺の方をじっと見つめていた。
「それではここで一度、この栄えある決勝の舞台まで勝ち進んだ戦士であるお二方からの言葉と、最後に公爵家の方からのお言葉を頂戴しようと思います」
「え」
事前に知らされていなかったソレに、俺は思わず困惑を口に出してしまった。
とはいえ一言挨拶するだけだろう。すぐにそう意識を切り替える。
「それではまずはカイル様から、どうぞ」
「……がんばります!!!」
当然マイクなんてものはないので、俺はこの会場に響き渡る声量で大きく宣言する。するとこの舞台の作りのせいか、はたまた材質のせいか、その声は俺の想像よりも大分大きく響き渡った。そして。
「がんばれよー!」「いい試合期待してるぞ!!」「キャーカイルくーん!」
そんな必死そうな子供の雰囲気が受けたのか、あたたかな声援が返ってきた。
俺は若干気恥ずかしくなりながら、司会に目配せした。
「ありがとうございます! それでは続いて、レナード様おねがいいたします!」
「ふむ」
そこまで声をはっているわけでもないのに不思議と通る声でそう答えたレナードは、そのままこちらに目線を向けてきた。
(……?)
俺はどうしたのだろうかと目を合わせる。するとレナードが口を開いた。
「俺がこの大会に参加した目的はただ一つ。あの女……ジル=ブラッドの弟子とやらがどんなやつか試したくなったからだ」
「……!!」
その言葉に俺は驚愕する。
俺の過去を知っていることもそうだし、まさか俺が目的でこの大会に出たのかというところにも驚いてしまった。
しかし驚いていたのはどうやら俺だけではないらしい。
レナードの静かな、しかしよく通るその言葉は、静寂の中にあった観衆の耳に確かに入っていたようだ。
「おい、まじかよ?」「あの子が〝烈火〟の弟子?」「そりゃあれだけ強いわけだよ」
「な、なんと。そうだったのでございますね」
観衆と、そして司会から驚きの声が出る。
(やれやれ……)
下手に自分がどういう人間か知られると、どこでどうしがらみが生まれるか分かったものじゃないから言わなかったのだが、どうやらそれもここまでのようだ。
(………?)
すると不意に、俺は強い視線を感じた。その方向へと目を向ければ、どうやら視線の元は観覧席……公爵家ら貴賓の座る位置から向けられたもののようだった。とはいえ誰からのものかまでは、顔も見えないので判別できなかったが。
「カイル、といったな」
「あ、……はい」
そんなことをしている中不意にレナードからかけられた言葉で俺は我に返った。
そんな俺の様子を見つつ彼はつづける。
「俺はかつてお前の師匠や他の仲間たちとパーティを組んでいたことがある。俺がここを無くすまでの間な」
そういって自身の右手で、今はない左腕を指さしながらレナードはそう話した。
「だが一つだけ俺にも分かるのは、あの女は伊達や酔狂で弟子なんぞとるような性格はしていないということだ。アレはガサツに見えて案外先のことを結構見ている奴だった。そして、そんな女が弟子をとるなんて余程のことだと、俺は思ったわけだ」
その言葉は俺も理解できた。確かにジルはああ見えてかなり物事をきちんと考えている。まぁ、考えと行動が一致していた場面がどれだけあったかと言われれば微妙なところだったが。
そんな俺の考えをよそに、レナードは更に続けた。
「であれば俺としては一つ、その弟子というのがどんな奴か知りたくなった。そして決勝までのお前さんの動きを見てそれは確信に変わった。どうやら俺の想像以上に面白いやつだ、とな」
「……素直に喜んでいいのか微妙なところですね」
「フッ……」
俺の軽口に微かに笑ったレナードは、しかし次の瞬間には戦士の顔に戻っていた。
「ともかく、俺の目的はさっき話した通りだ。俺は、ジルという女が育てたカイル=ウェストラッドという男を見極めに来た。……がっかりさせてくれるなよ」
そう言うと、レナードは最早言うことはないといった様子で黙り込んでしまう。
そんな様子を見た司会が、話を進めた。
「ありがとうございました! 些か驚きの事実もございましたが、これにて両者言うべきことは言った、ということでございましょう! それでは最後にアバンデルト家……此度の特別試合に出場されることになっております、ソフィア=ルミナス=アバンデルト公女殿下よりお言葉を賜りたいと思います!」
その司会の言葉に合わせて観覧席の先方。観客たちの前に姿を現したのは。
「ソフィー?」
先日広場で出会った、ソフィーそっくりの少女だった──。
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