第62話 胎動する悪意
カイル達がリースタリア公国を訪れる少し前。
それは、純白の石材が敷き詰められた、どこか神性ささえ感じさせる空間だった。
部屋の中心には同じく白い石材によって作られたと思しき円卓が鎮座し、それを取り囲むようにして白いローブの者たちが座っている。
そしてそんなローブの者たちの視線の先には、一人の男がいた。
男の名はクロード。
先のダリア動乱の時、カイル達が相対したあの人物だった。
「それで。先のダリアでの件について申し開きはあるか」
「と、いいますと?」
ローブ姿の一人がクロードに問いかけると、彼は首をかしげた。
「とぼけるな。私たちはお前に確かに命じたはずだぞ。我らの信仰を広めろと」
「ふむ……」
クロードは成程と言った様子で頷く。ソレを見たローブ姿の一人が続けた。
「お前が引き起こした先の動乱。そこに我らが入り込み、長い時をかけて貴族、臣下、そして最後に王族。彼らを信仰のしもべとするための心の隙を作る……そのための混乱と犠牲こそが今回の目的だったはずだ。だが結果的にはテオドールとかいう新国王が誕生し、動乱による不安もすでに沈静化傾向にある。最早、少なくともこの新王の在位中に我らの信仰が入り込む隙はなくなりつつある」
「そうでござますね」
「き、貴様! だから何故失敗したのかという理由を答えるのだ!」
状況を説明する人物に対して涼しい顔をしてそう返すクロード。静謐だったはずの空間に僅かに感情と緊張が走る。しかし、そんな空気を破ったのはクロードだった。
「まず初めに謝罪いたします。此度の件、私にとって……いや我々にとって想定外の人物に出会ってしまったがため、計画を大きく変更せざるを得なかったのです」
「なに?」
クロードの言葉のその場にいた一人が怪訝そうな声を上げた。
「そのような人物のことなど報告にあがっていなかったぞ」
「はい。ソレについても謝罪いたします。ただどうしてもこの件に関しては直接、皆様にお話しせねばと思ったのです」
「ふむ……」
クロードの言葉に黙り込む一同。そしてそのうちの一人が続きを促した。
「はい。私はかの地で出会ってしまったのです。我らの同志と」
「どういうことだ」
「かの地で私は〝神の魔法〟を行使しました。といっても実際には手近な駒に使わせたのですが……それはまぁいいでしょう。大事なのは、その魔法に刻まれた魔紋を、力を理解する人物が私の目の前に現れたことなのです」
「なに?」
クロードの言葉に、周囲の人間の疑念はますます深まる。
「神より授かりし魔法の力は、それを継承する我々にしか知りえない。にも関わらずソレを知っていた輩がいると?」
「そうですとも」
どこかからあがる問いかけにやはり涼し気に答えるクロード。そして彼は更に続けた。
「とはいえかのお方自身、まだその力や神の御心について理解しきれていない様子でした。故にあの時は互いに敵対する立場となってしまったわけですが……」
何ともつらい状況でした、と口に出しながらクロードは続ける。
「しかしだからと言って無理やりこちらの使命を理解させようとしても、かえってかのお方の心象を悪くしてしまうだけでしょう。ですから私はあの動乱で彼と出会ってすぐに退くことを選んだのですよ」
「それほどまでに重要な人物であると?」
「えぇ。私はそう考えております。時間をかけて、ゆっくりと分かり合う先にこそ、我らが共に歩む未来があると」
「ふむ……」
クロードの言葉に白いローブの者たちは再び黙り込む。
「その者が本当に、我々の仲間になると思っているのか?」
「それは、私たちの今後の行い次第でしょう。少なくとも一見したところでは争いを厭う気質のようにも思えましたが」
「ふむ」
そうしたやりとりを経て再び訪れたそんな静寂を破ったのは、しかし先ほどとは違いクロードではなかった。
「くだらねぇ」
「なんですって?」
その声はクロードの後方。部屋の入口らしき方向から聞こえてきた。
「くだらねぇっていったんだよクロード。てめぇがダリアで誰と会ったのかしらねぇけどな、使命を果たせなかった言い訳にウソ並べてるだけじゃねぇのかよ?」
鼻を鳴らし、口元をへの字に曲げながらクロードたちの方へと歩いてきたのは、大柄な、無精ひげを蓄えた白髪短髪の男だった。
「アレクサンドル」
クロードにそう呼ばれた大男は、口元に少しばかり笑みを浮かべて口を開いた。
「どうせお前の言う奴だって存在しねぇか、いたとして大した奴じゃねぇんじゃねぇのか?」
「貴様……」
アレクサンドルがそう言った瞬間、部屋に殺気が満ち始める。それは紛れもなくクロードから発せられるものだ。
「おぉこえぇ」
しかしそんな殺気を意に介せず、アレクサンドルは飄々とした素振りを崩さない。
「やめないか」
そんな二人を、白ローブの一人が制止した。そして続ける。
「アレクサンドルよ」
「へいへい」
「お前の疑念も分からないではない。故にお前に、クロードの言うかの人物の調査を命じる」
「なんですと?」
その命令にクロードは顔をしかめて口をはさんだ。
「彼に不必要な刺激を与えることは──」
「静かにせよクロード」
しかしその言葉は白ローブによって遮られる。
「これは命令だ。〝見えざる神の手〟のアレクサンドルよ。かの人物の行き先を確認し、至急調査に移れ」
「へいへい。それで? 俺はソイツのことをただ調べるだけでいいのか?」
そのためだけに俺を選んだわけじゃないよな と言外に含みながらそう言うアレクサンドルに、白ローブの人物は頷いた。
「もしその者が、クロードの言うような人物ではないと判断したのならその時は」
そして一呼吸置いて続ける。
「その者を抹殺せよ。そしてダリアでの失敗を帳消しにする何かしらの成果を上げてこい」
「ククク……いいねぇそうこなくっちゃな」
クロードはこのやりとりから察する。
おそらくここにいる者たちはクロードの言った言葉にかなり疑念を持っている。だからこそ荒事担当であるアレクサンドルに調査を命じたのだろう。ソレが将来敵になるか味方になるか、あるいは味方にするに値する人物かを判断するまで待つよりも、《《いなかったことにする》》。その方が余計な面倒ごとが増えないからだ。
ここにいる者たちは、その行為により数多の人々にもたらされる混乱よりも、自分たちと同じような存在が他に出現することのほうを懸念している。
(なんとも浅はかな……)
真に神の御心を世界に広めんとする同志として、この感覚の差は何とももどかしい。とはいえ今この場でこれ以上何かを言っても無駄だろう、とクロードは内心毒づく。
現にその命令に恍惚とした笑みを浮かべたアレクサンドルは、最早何も聞くことはないといった様子で外に向けて歩き出していた。そんな彼の後ろから再びクロードが声をかけた。
「アレクサンドル」
「ん、なんだよクロード。まさかまだうだうだ文句言うつもりか?」
「いえ」
クロードは首を小さく振ると続ける。
「これはご命令ですから素直に従いましょう。ただ一つだけ忠告を」
「あ?」
「くれぐれも甘く見ないことです」
「……ケッ!」
その言葉を聞いたアレクサンドルは不機嫌な表情になりながら、クロードを無視して部屋を出ていった。ソレに合わせてクロードの周囲からも人の気配が薄れていく。
そんな中、一人残ったクロードはぽつりとつぶやいた。
「俗物が……。やはり奴は神の代行者に奴は相応しくなかったか」
普段の丁寧な口調とは違う怒気を孕んだ言葉は、しかしすぐに元に戻った。
「まぁいいでしょう、あの程度の人物にかのお方がやられるとも思えませんし。多少心象は悪くなるでしょうが、愚か者の尻ぬぐいもまた私の役目でしょうからね」
やれやれといった表情でそう続けたクロードは、そのままゆっくりと周囲の景色に溶けていった。
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