第60話 武闘祭開幕
投稿日追記:
第58話で描かれているカイル達の武闘祭への参加理由について一部違和感がないよう修正を行いました。もし宜しければそちらの話を改めてご覧いただいたのち、本話をお読み頂ければ幸いです。
「それではこれより、本武闘祭を主催されるアバンデルト家家長でありリースタリア公国君主であらせられるディオル=ルミナス=アバンデルト陛下より開会の言葉を頂きます。……陛下、こちらへ」
「うむ」
今俺たちは、格式の高さを伺わせる装飾が施された大円形の舞台に立っている。そして目の前では、この国のトップであるアバンデルト家……その家長であるディオルが挨拶をしようとしているところだった。
ディオル=ルミナス=アバンデルト。
その見た目はダリア国王だったランドルフとはまた違った意味で、圧倒的な雰囲気を纏っていた。それを一文字で表すならば、〝武〟だ。
顔や服から晒された腕などには古傷がいくつも刻み込まれ、白い髪も髭も短く切りそろえられている。
その身に纏う衣服の上等さに混ざりあう〝戦士の空気〟は、彼が歴戦の猛者であることを暗に示していた。
先日。
ソフィーと別れた俺たちはあれからそのまま武闘祭の参加申し込みを行った。それから数日間の間はアベイオニスをぶらぶらと散策したり、鍛錬をしたりと、あまり普段と変わらぬ日常を過ごしていた。
そうして迎えた今日、こうして今まさに武闘祭が開幕されることとなったのである。
参加者は百名程度。辺りを見渡せば、その装いから一目見て何かしら地位の高そうな人間からあるいは巷のごろつき風の人物まで、多種多様な人間が一同に会していた。
(あくまで、地位に関係なく純粋な力によって競い合う場ということにはなっているのかな)
勿論その裏で何か政治的な戦いがある可能性もなくはないだろうが、そんなところまで考えていても仕方がない。今やるべきはこの場で、俺たちの目的を達成するためにどう動いていけばいいかを考えることだけだ。
(さて……)
俺はディオルが演説を行っている最中に、昨日エミリアとおさらいしたこの大会のルール、そして俺たちの動き方についてもう一度振り返ることにした。
まずこの武闘祭のルールだ。
この大会ではまず、殺生は禁止されている。相手を殺してしまった時点で失格。更にその行動次第によっては然るべき対処がとられるらしい。
勝敗は、相手の降参・審判によって行動不能と判断された場合・そして相手が死亡してしまったタイミングで決せられる。
次に、毒物の使用禁止。
致死毒は勿論のこと、麻痺や思考を乱す類の毒物も当然禁止だ。
最後に魔法の使用許可。
これは予想していたとはいえ若干ではあるが驚きがあった。
もし仮に〝氷獄公〟がアバンデルト家の人間だったとして、噂通りの氷の魔法を使うのならばこれが許可されているのは納得できる。
だがこれは他の参加者についても同様であり、要は戦闘の最中に四元魔法を撃ってもいいということだ(相手を殺さないのなら)。
この世界では魔法=四元魔法が常識的である以上、一応相手が使用することは警戒しておいた方がいいだろう。
最も、俺が倒れるより先に舞台が破壊されそうではあるが。
以上が武闘祭の大まかなルールだ。他にもこまごまとしたものはあるが、それはいいだろう。
大事なのは、このルールの中で俺がどう戦うかだ。俺はエミリアとの会話を思い出す。
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「え!? カイルさん、魔法を使わないんですか?」
「あぁ……。正確には、なるべく使わない、かな」
「なんで?」
エミリアは、俺にとっての魔法が如何に重要かを知っているからか首をかしげる。そんな彼女に俺は答えた。
「一言で言うと、警戒されたくない」
「警戒……っていうと、アバンデルトの方にですか?」
「その通り」
武闘祭の受付からこの日まで氷獄公についての情報を色々調べて回った結果、おそらくアバンデルト家の人間がソレである可能性が高まってきた。
とはいえその根拠は、大神殿の地下では反逆者がアバンデルトの氷によって封じられているだとか、無礼を働いた人間がたちまち氷漬けにされたとかの酒場の噂話程度のものばかりだったが。
ただ、火のないところに煙は立たないというように、こうした噂が流れる以上はアバンデルト家と氷獄公とに何か関係があってもおかしくはない、というのもまた確かだ。
しかし結局のところ問題は、実際に魔法を行使したところを見た人間が見当たらないところだ。
ここで俺は一つ、アバンデルト家の人間が氷獄公であるという前提を元に仮説を立てた。
一、アバンデルト家は魔法をなるべく使いたくない可能性
二、アバンデルト家は魔法を使いたくても使えない可能性
だ。後者についてはもう理由を直接聞くしかないが、前者であった場合、魔法を使いたくない何かしらの理由があるのだろう。それが〝氷の魔法〟に関するものなのか、はたまた魔法そのものに対するものなのかは定かではないが、俺が使うような見たこともない魔法を行使することが相手の警戒感や不信感につながり、後々の謁見で不利にならないとも限らない。
「流石にそれは考え過ぎじゃないですか?」
俺の考えを聞いたエミリアが素直にそう答えた。
俺もその言葉に頷く。
「エミリアの言う通り、正直慎重すぎだし考えすぎかもしれない。けど、最悪の可能性……その可能性にぶち当たる確率を少しでも下げられればそれに越したことはないと思うんだ。それにさっきも言ったように、なるべく魔法は使わない、だから、負けるくらいなら全力で使うつもりだよ」
「なるほどです……とはいっても、実際に戦うのはカイルさんですから私が何か言うのもおかしな話ですしね。ごめんなさい」
エミリアが頭を下げるが、俺は首を横に振って笑いながらこたえた。
「いやむしろそうやって意見を言ってくれたほうが有難いよ。俺自身、ちょっと考え過ぎだとは思ってるしね」
ともかく、そうしたわけで極力魔法を使わず……ジルに教えてもらったこの剣のみでどこまで戦えるかはわからないが、やってみよう。
俺はそう決意したのだった。
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「──諸君らの健闘を祈る。以上だ」
「陛下、ありがとうございました」
(おっと──)
いつの間にか挨拶が終わり、ディオルが席へと戻る。
場所は会場となる舞台の高所に設けられた観覧席らしきところ。目を凝らしてみると、彼と、おそらくその家族である人々が座っている。ただ薄い布のようなもので仕切られているせいか、その顔まで見ることはかなわなかった。
「それではこれより皆様退場ののち、第一回戦を行います。皆様一度後方の門から控室までお戻りくださいませ」
(さてさて、どうなることやら)
俺はこれから始まる戦いの予感に、期待と興奮、そして僅かな緊張を感じながら、舞台を後にするのだった──。
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