第59話 朝焼けの邂逅
首都アベイオニスの中心街にある宿屋で一夜を過ごした俺たちは、(あまり寝付けなかったのもあって)かなりの朝早くから市街の探索に出かけていた。
宿の主人の話では武闘祭の事前参加受付は昼からだということだったので、それまでぶらぶらと散策でもするかという話になったのだった。
「それにしても、何というか綺麗な街ですよね~」
周囲の石畳の街並みを見ながらエミリアがそう呟く。
たしかにこのアベイオニスという街は、ローゼンとはまた違った趣を感じさせる街並みといえた。
ローゼンの街では所々に自然……樹々や花々が植えられつつも、文明的なレンガ造りの家々が立ち並んでいたのに対し、このアベイオニスという街は樹々や花々があまり存在せず、白を基調とした石造りの街並みが連綿と連なっている。精々軒先に備えられた花壇にあるくらいだろうか。
宗教色はなく、機能性を追求したような街並みだ。ただローゼンと違うのは、景観の一部として〝水〟の要素が多く取り込まれていることだろうか。
アベイオニスの周囲に水源となる場所があるのか、この街には水路をはじめとする建造物が見受けられた。
そういう意味で、エミリアの言う〝綺麗〟という表現には俺も同意するところだった。美しい、綺麗……ローゼンのような華々しさのようなものはないが、これはこれで風情ある街並みだと素直に思えた。
そんなこんなでエミリアと話をしつつ、街の上層まで歩いてきた。アベイオニスはアベル山脈に存在する街なだけあり、平らな地面の上に存在してはいない。故に入口となる下層、中層、上層の三層に区分される区画わけとなっている。
今俺たちのいる上層がいわゆる〝貴族たちの住む区画〟だ。とはいえ最奥の大神殿を除けば立ち入り制限はほとんどなく、一般道らしき場所や公園などであれば誰でも闊歩できた。ちなみに武闘祭の舞台である闘技場もここにある。
そして中層。ここが今泊っている宿屋などがある区画だ。交易と物流の中心地でもあり、一面に店が立ち並んでいる。この街の冒険者ギルドや他の主要施設もここにある。
最後に下層。ここは主に兵士たちが駐留する兵舎などがある区画だ。上層にも同じように兵舎はあるが、下層にあるのは国の入り口たるこの区画を守るため。そういう意味では、あたりを兵士たちがよく歩いているためある意味安全な区画ともいえた。
「街の上層は中層に比べて人はまばらですね」
「まぁまだ早朝も早朝だからね。今丁度日の出だし」
「私の故郷だと大体この時間あたりにはみんな起きてたので、冒険者になってもなかなか感覚の違いに慣れないですね」
「健康的で結構なことじゃない」
街の外。地平線の向こうを見やれば、太陽がその頭を半分ほど出しているところだった。澄んだ空、澄んだ空気、そして白い石畳に映える朝焼け。
思わず写真でも撮りたくなってくるような光景だ。
「あ、そうだ。宿のご主人に聞いたんですが、この先に絶景がみられる場所があるらしいですよ!」
「お、いいね。行ってみようか」
「はい!」
そうしてエミリアに連れられ向かったのは、上層のとある区画にある高台のような場所だった。少しだけ先へと突き出した半円形の其処は、まさしくこのアベル山脈からの全てを見通せる絶景ポイントだった。
「わぁ……」
エミリアがその先端……石柵はあるが落ちたらただでは済まなさそうな場所まで駆け出し、柵に手をかけて景色を見渡す。
「確かにこれは絶景だ」
俺も歩いてエミリアに追いつく。
視線の先には先ほどより鮮明に、朝焼けの陽の光と地平線とが見えた。
周囲には視界を遮るものも、喧噪もない。まさに静寂の中の神秘だ。
「これを見れただけでもリースタリアにきてよかったぁって思っちゃいました」
「確かに、これはミリス達にも見せてあげたいな……」
「ですねぇ……」
俺たちはそうして呟きながら、眼前の光景にしばし目を奪われていた。
そんな時だった。
「気に入っていただけたようで何よりだわ」
「え?」
不意に、誰かに後ろから声をかけられる。
俺たちが声の方向へと振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。
その人物を見やれば、腰まで伸びた純白の髪は朝焼けの光を受けながらたなびき、水色の瞳はその中に太陽が映っていそうなほどに澄み渡っている。
背丈は俺より少し低く、エミリアより高いくらいだろうか。凛々しい顔立ちの少女だった。
ただその華奢に見える身体の一部。腕や全体的な立ち姿をよくよく見てみれば、なるほど相当に鍛えているであろうことを伺わせる、一種の〝戦士の身体〟をしていた。
「失礼したわね、私もここがお気に入りなの。鍛錬の合間や考えたいことがあった時なんかはよく来るのよ……。見たところ貴方たちは他所の国の人でしょう? だから思わず声をかけてしまったの」
「い、いえ! 私もすごい素敵な景色だなぁって思ったので……! こんな景色が毎日見れるなんて、羨ましいです」
少女の言葉にエミリアがそう返すと、少女はクスリと笑った。
「ふふ、ありがと。この国の民としてお礼を言っておくわ」
「いや、こちらこそ」
「ありがとうございます!」
少女の言葉に俺とエミリアはそう返す。すると少女はハッとして言葉をつづけた。
「あ、ごめんなさい。自己紹介がまだだったわね。……といっても、そうね──」
自分の名を名乗ろうとした少女は、少しばかり考える素振りを見せた後で己の名を告げた。
「ソフィーよ。よろしくね」
「ソフィーさん、よろしくです! 私はエミリアっていいます」
「俺の名前はカイルだ。よろしく」
俺たちは互いの自己紹介を済ませた後で、話をつづけた。
「貴方たちはなんでこの国に?」
「えっとですね!──」
ソフィーの質問にエミリアが答える。そして雑談交じりに一通りの話を終えると、ソフィーが興味深そうな表情をしながら口を開いた。
「なるほどね、武闘祭に……それにその、氷獄公、ですっけ? その方に会いに?」
「あぁ、テオドー……あ、いや。知人に聞いた噂が本当なのか確かめたくてさ」
「武闘祭に優勝して、アバンデルト家の人間と話す機会を作って聞くって?」
クスクスと笑いながらそう話すソフィーにエミリアが反論する。
「あ、笑いましたね! もう!」
「ふふ、ごめんなさいエミリア。でも、私だってこの国の人間だから武闘祭のことはよく知ってるけど、アレは催しといってもかなり本気の類よ。例年の試合をみても金級……年によっては白金級の冒険者だって出場したりもする」
「そ、そうなんですか!?」
ソフィーからもたらされた思わぬ情報に驚くエミリア。そんな様子を見ながら少しだけ呆れ顔になったソフィーは続けた。
「そうよ。だから貴方たちくらいの……銅級と青銅級ですっけ。それくらいの実力で出場しても、正直言って勝算はかなり低いんじゃないかしら」
「ちっちっちー」
ソフィーの言葉にエミリアはどや顔で答える。そんなエミリアの様子にソフィーは首を傾げた。
「あら、えらく自信満々じゃない」
「当たり前ですよ! だってカイルさんは最強ですから!」
「あのさエミリア、本人を横にして……いや横にしてなくてもだけど、そうやって俺を持ち上げるのやめてよ。これで初戦敗退したら恰好がつかないじゃない」
「えー!」
俺の反論にエミリアが抗議の声を上げる。そんな俺たちの様子を見てくすりと笑ったソフィーは、座っていたベンチから立ち上がると俺たちに告げた。
「ともかく、出場するなら頑張りなさい。ここで出会えた導きに感謝して、私も貴方のことを応援しておくわ、カイル」
「おう、まぁ精々二人のご期待に沿えるようがんばってみるよ」
「カイルさん! そこはもっとガツンと言ってくださいよ!」
「はいはい、ガンバリマス―」
「もう!」
「ふふ」
そんなやりとりをして、ソフィーは「さて」と言って身をひるがえす。
「そろそろ時間だわ。それじゃあ二人とも、次はきっと武闘祭の舞台で」
そう言ってひらひらと手を振りながら歩き出すソフィー。
「はい! また会いましょうねー!」
エミリアもそれに応えて手を振る。
そうしてソフィーが去った後、エミリアはぽつりとつぶやいた。
「あれ? 武闘祭の舞台でって……どういうことだろ」
その呟きは誰に聞かれることも無く、澄み渡る朝焼けの空へと溶けていった──。
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