第57話 アベル山道を駆ける
無事シルバの正体も判明し、また正式に街中を連れ歩けるようになった俺たちは、それから一晩宿に泊まって疲れを癒した。
翌日、食料品店や道具屋で向こう二、三日分の装備を整えた俺たちはそのままリベラの街を抜けてとうとうアベル山脈の中腹へと進み始めた。
既にこのあたりの気候は完全に冬の様相を呈しており、まだ激しくはないながらも山岳地帯であることも相まって一面の雪景色だ。
そんな中、ゆっくりと馬車を走らせながら俺は今後のことについて考えていた。
(この旅の目的は魔法の歴史や新しい魔紋の探索がメインだけど、例の件もあるしある程度のところで区切りをつけて次の段階に進んだ方がいいかもな)
例の件とは、ダリア王国で遭遇したクロードとかいう男の存在だ。
俺の知らない、俺の眼で〝視ること〟ができない魔紋を知っている存在。しかも明らかに俺や俺の周りの人間を害するために使われていたとあっては無視することはできない。
とはいえ余りに相手の情報がない今のままではこちらとしても動きづらい。一応テオドールらが王国として襲撃者の情報収集を行うとは言っていたが、それ頼みというわけにもいかないだろう。
(まぁ警戒と情報収集は継続しつつ、魔法の普及あたりもそろそろしていかないとな……)
このままのんびり気ままに魔法について調べる旅……なんてものも当初は考えていたが、例の襲撃者の件やエミリアという仲間が同行することになったのもあって、少しずつ俺の考える目標までのプロセスに変化が生じてきた。
ともあれ一つ明確になったことがある。
それは俺が見つけ出した魔紋を用いた魔法と、魔法行使に関する方法の普及だ。
この世界において魔法は説明不要の凶悪兵器だが、それはいわゆる四元魔法式に組み込まれた複数掛けの『強化』などが原因であって、ある特定の魔紋だけを用いれば十分に実生活で利用可能なものへと変わる。
かれこれ十年以上魔法の検証をしてきた結論として俺は、そうしたいわゆる〝生活魔法〟みたいなものに絞って広めていく分にはほぼ問題ないという結論に達していた。
(となるとその方法だよなぁ)
少なくともやたらと旅先に広めていくのは避けたい。最初のうちはある程度自分の目の行き届く範囲で管理したいのが正直なところだ。となると……。
「ねぇエミリア」
「はい? なんですか?」
馬車の荷台でシルバを世話していたエミリアが反応する。
「エミリアって学校とか通ってた?」
「学校、ですか?」
今一つピンと来ていない様子で返事するエミリア。
それもそのはずで、この世界において学校というものは義務ではない。ある程度生活に余裕がある都市部の人間や、才能や野心を持った人間が行く場所というのが常識だ。
ちなみにいわゆる社会教育だとか情操教育だとかは家庭単位、あるいは教会での集まりなどといった個別の社会システムがその役割を担っている。
「私は特に行く理由もなかったので、行ってなかったですね。カイルさんは行く予定とかあったんですか?」
「いやぁ、俺も師匠と旅に出る前は多分そうなるはずだったんだけど、実際は行く間もなく旅人生活になったから無いんだよね」
「そうなんですね……。でも何で急に?」
「いやぁ……」
そう言って俺は、一呼吸置いて一つの案を口に出した。
「実は学校でも作ってみようかな、なんて思って」
「ほへ~、がっこうで……学校ですか!?」
「キャウ!?」
「うん」
思わず驚きのあまり身体が跳ねたエミリアと、眠っていたシルバがソレに釣られて鳴き声を上げた。
「あ、ごめんねシルバ……。──それにしても学校って……何の学校ですか?」
「もちろん魔法だよ。あ、危ないこととかを教えるわけじゃなくて、あくまで基礎的なことを教える程度だけどね」
「ほへー」
呆けた表情で俺の言葉を聞いていたエミリアだったが、少しして疑問を投げかけてきた。
「確かロングレイヴって都市にも魔法の学校? があるって聞いたんですけど、そこで教えるとかではダメなんです?」
「んー……だめってわけではないんだけど、避けたくはあるかな」
ダリア王国の東には、中立都市ロングレイヴと呼ばれる都市があり、学術都市とも称されるそこには、魔法をはじめとした様々な分野を学ぶための学院が存在する。
あのテオドール国王も通っていた場所だ。
ただ……。
「テオドール国王も言ってたんだけど、この世界の魔法研究って結局どれだけ強い魔法を生み出せるかみたいなところばかり重視されてるらしいんだよね」
「あー……」
それは俺がエミリアに魔法を教える際にもちらっとだけ言ったことだった。
他にも理由はあるが……端的に言ってしまえば、〝しがらみや格式が面倒臭い〟のだ。
俺が教えたいのは、人々の生活のための簡単な魔法と四元魔法式に頼らない基礎的な魔法知識。
向こうの学校が重視しているらしいのは、戦いのための強力な魔法と簡単な魔法史の知識、新たな魔紋の発見。
それがどういう研究なのかはしらないが、正直あまり気乗りはしない。
魔法の歴史や新しい魔紋などは気になるが、おそらく向こうのお偉方の思想は俺の考える魔法観と相反していると考えていた。
「だから、そんなことを気にするくらいなら最初から自分で学校作って教えた方がいいかなーってね」
「いいかなーって、そんな簡単に学校って作れるんですか? ちなみに私はもし学校できたら授業受けてみたいですけど」
「エミリアはどっちかっていうと教える側に回ってほしいけど……実はテオドール国王にそれっぽい話はしてたりするんだよね」
そうなのだ。
実は王都でテオドールと話す機会があった時、雑談の合間にそんな話をしていた。
「それってシンシア王女も一緒にいらっしゃったときですよね? 私王女様とのお話に夢中で全然気づかなかったんですけど……」
少し申し訳なさそうにするエミリア。
「まぁそこで、魔法と……魔道具についてもかな。それらを教える学校を作りたいって話をしたら、テオドール国王も結構乗り気になってくれてさ。とはいえまだ俺も旅の途中だし、彼も彼で王としての仕事でしばらく慌ただしくなりそうだから、詳細はまた今度ってことにはなったんだけどね」
「国王陛下のお許しを得たって、地味にすごいことをさらっとしてますよね。相変わらず」
少しだけジト目でそう言ってくるエミリアに俺は苦笑しつつ答えた。
「まぁあくまで口頭でのやりとりだし、正式なものではないよ。ただまぁ、本格的に学校作ることを検討する上でのひと押しにはなった」
「それじゃあ、いつ頃取り掛かろうと思ってるんですか?」
「とりあえずはリースタリアに行った後、またダリアに戻った時に改めて考えるかなぁ。それまでにもう少しエミリアには魔法を覚えてもらわないとね」
「ひえっ……ガンバリマス……」
そうして俺は再び前を見据えた。
俺の持つ魔法への考え方……価値観を普及させ、魔法が争いのためだけのものではないと伝えること。そして魔法を、人々の生活のための力であると広く知らしめること。
そのために考えている今の計画は、決して完璧なものではないかもしれないが、それでも。
それらが理想の未来へ向けての次なる一手となることを夢見ながら、俺は馬車を走らせ続けるのだった──。
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