第56話 麓の街リベラ
「ついたー!!!」
「といってもまだ麓だけどね」
「でも、久しぶりにお宿に泊まれます……」
ローゼンを出発してから数えると五日ほど。俺たちはようやくリースタリアの首都アベイオニスへと続く山脈……アベル山脈の麓にある街、リベラへと到着した。
シルバの一件なども合わせて予定よりやや遅れ気味だったが、ここまで来ればあとはほぼ問題なくアベイオニスまで向かうことができるだろう。
とはいえ一旦ここで休息をとることとした俺たちは、街の中を少し進んだところで馬上から道行く老人に尋ねた。
「失礼。このあたりで馬車付きで泊まれる宿と、あと冒険者ギルドってどこにあります?」
「ん? なんだいお兄ちゃん方、このあたりは初めてかい。だったら大通りを進んだ右手あたりにある『宿り木亭』って宿がおすすめだよ。あそこの女将さんは世話好きで有名だから。……あと冒険者ギルドはたしか、あー……この先の十字路を右に曲がったあたりにあるよ」
「どうも御親切に!」
俺の会釈に合わせてエミリアもそう言って感謝しつつ、俺たちは目的の場所へと急いだ。
「先に冒険者ギルドに寄ってから宿に向かおう」
「ですね」
俺の提案に同調するエミリア。その理由は二つあった。
一つは、道中で狩った魔獣の素材換金。
ここに来るまでの旅で、シルバと出会った際に討伐した魔獣のほかにも小型の魔獣を何体か討伐して素材を回収してきた。これらの素材をギルドに買い取ってもらうとともに、その中に討伐依頼の対象がいたらその報酬を貰いたかったからだ。
二つ目は、シルバの件。
実はこの街に入る際に、衛兵からシルバの件でお叱りというか、指摘を受けてしまっていた。
というのも、(シルバがただの野生の獣なのかそれとも魔獣なのかは不明だが)仮に魔獣であった場合、街で連れ歩く場合は冒険者ギルドの認可を受けた魔獣であることを示すプレートをどこかに装着していなければならないらしい。
何故そんなことをするのかと言えば、この世界には『魔獣使い』と呼ばれる魔獣を使役して戦闘やその他に従事させることを生業とする人間がいることが要因らしい。
そうした人たちが仕事を行う際に街中での魔獣の往来が必要となることが多いため、この制度があるらしかった。
そしてこの制度によって身分を保証された魔獣が犯した罪……例えば暴走して人を殺めてしまった場合などは、そのすべての責任をプレートに刻まれた保証人、つまり魔獣使いが負うことになるというわけだ。
とはいえ誰でも彼でも許可しているわけではなく、冒険者ギルドが「この魔獣は十分に飼い主に従属している」と判断してもらって初めて許可が下りるらしい。
そのため衛兵から「まず真っ先に冒険者ギルドに向かい登録を済ませること」と「念のため名簿に身分と名前などを記入すること」を求められたというわけだ。
まぁ魔獣使い自体滅多に見るものでもないらしく、そう説明してくれた衛兵も多少驚いてはいたがそれはいいだろう。
ともかくそのために俺たちはこうして冒険者ギルドへと向かっているというわけだ。
「それにしても、シルバは魔獣なんでしょうか?」
「どなんだろ。俺も魔獣かどうかの判断なんて、見た目だけだと雰囲気でしか分からないし、断定するなら中を見てみないといけないし」
「クゥン……」
俺の〝中を見る〟という言葉に反応したのか若干怯えるシルバを宥めつつ、先へと進む。
ちなみに一番簡単なただの獣と魔獣の見分け方は、体内に魔石を持っているか否かである。なのでその理屈でいえばどう考えても魔獣だろ!というような凶悪な見た目をしていても解体してみたらただの獣でしたということもあるし、愛らしい見た目なのに実は魔獣でした。ということもないわけでもない。
「なにはともあれ結局そういう見分け方とかについては冒険者ギルドに聞くのが一番早いんだろうしね。っと言ってる間に到着」
話してるうちにリベラの冒険者ギルドへと到着した俺たちはゆっくりと馬車を降りる。エミリアの方は、念のためシルバを背中に背負ったリュックの中に入れた。
「しばらく我慢しててね」
「バウ」
「よし、それじゃ行ってみようか」
こうして俺たちはギルドの扉を開いた。
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「魔獣の登録、ですか?」
「はい。冒険者ギルドで行えるとこの街の衛兵さんに言われてきたんですが」
「な、るほど……。少々おまちくださいね」
「はーい」
俺がそう返事すると、小麦色の肌をした受付嬢はパタパタと奥の方へと駆けていき、先輩職員らしき人たちに対応を聞いていた。
しばらくして、一人の男性職員をつれてくる。
「失礼しました。魔獣の使役登録の件でございますね」
壮年の、熟達した雰囲気を持った男性職員にそう聞かれた俺たちは答える。
「正確には、魔獣かどうかの判別も含めて、になります。お願いできますか?」
「勿論ですとも。それで、対象の魔獣はどちらにおりますか? 街の外に留め置かれております?」
周囲を見渡しながら聞く職員の前にエミリアが出ると、背中に背負ったカバンからシルバをひょいっと取り出した。ソレを見ていた、奥の方にいた受付嬢たちから黄色い歓声があがる。
「きゃーかわいい」
「もふもふしてる……」
「狼っぽいけど、わんちゃんっぽくもあるよね」
「抱きしめたい……」
「──ウォッホン!」
そんな黄色い歓声を咳払いで鎮めた男性は、改めて俺たちに質問してきた。
「こちらの子でお間違いないでしょうか」
「はい!」
「ふむ……」
すると、男性職員は手にした図鑑?のようなものをペラペラとめくりつつ、シルバを観察し始めた。ちらりとその図鑑の中身を見てみると、どうやら魔獣に関する特徴等が記載されているらしい。
それからしばらく図鑑とシルバとを交互に見つつ、やがて男性職員が唸った。
「ふむぅ……幾つかの特徴はいわゆる狼型の魔獣種に近いのですが、それ以外の細かい部分で違いがある」
「ちなみに、この図鑑にはすべての魔獣が登録されているのですか?」
「いえ、この図鑑はこれまで冒険者ギルドを通して討伐や使役登録された魔獣のみが記載されております。逆に言えばこの魔獣はこれまでに公式に討伐あるいは使役登録されたことがない魔獣ということになるのですが、最近では珍しいですね……」
「珍しい子なんですかね?」
職員の言葉に首をかしげるエミリア。
それからもしばらく図鑑を確認するが結局見つからず、観念したのか職員が後ろの受付嬢を呼びつけた。
「すまないが、ギルドマスターを呼んでもらえるかな?」
「かしこまりました!」
そう言って再びパタパタと奥へと引っ込んでいく。
「ギルドマスターに何故……?」
俺が純粋に疑問に思い職員の問いかけると、彼は申し訳なさそうに答える。
「図鑑上でも私の経験上でもこちらの子がどういった種に属するのか判別できないので、そういった方面に知見のあるマスターに助力してもらうことにした、というわけです。いやお恥ずかしい」
「いえいえ! こちらこそお手数おかけしてごめんなさい!」
職員にそう答えるエミリア。
それからしばらく情報収集もかねて雑談していると、奥からのそのそと、ほっそりとした老婆が歩いてきた。ソレを見た職員は立ち上がり、会釈する。
「お疲れ様です。アーディマさん」
「はいはい。どうしたの、貴方が困りごとなんて珍しい」
「実は……」
アーディマと呼ばれた女性は職員から事情を聴くと、俺たちに向き直った。
「なるほどね。あぁごめんなさい。私はこのリベラの冒険者ギルドマスターのアーディマよ。お若い冒険者さん方よろしくね」
「よろしくおねがいします」
「お願いします!」
「良い返事ね」
ふふ、とそう優しく笑ったアーディマは続ける。
「さて、それで話題の子だけど……その子ね」
「はい……」
「ちょっと見せてもらえる?」
「シルバ」
「バウ」
エミリアがそう呼びかけると、シルバはゆっくりとアーディマに近づいた。
「あらお利巧ね。この子とはずいぶん長いの?」
「いえ、つい先日拾ったばかりで」
「先日……? それはそれは」
何やら気になることがあったのか深く考え込みつつ、シルバを観察するアーディマ。
それからしばらくするとゆっくりと立ち上がり、告げた。
「おそらくこの子は『ルナワイズ・ウルフ』と呼ばれる狼魔獣の一種ね」
「るな、わいず………」
その呼称をぽつりと繰り返すエミリアにアーディマは少しばかり興奮した様子で続ける。
「まさか再びこの魔獣を見ることができるなんて思わなかったわ」
「そんなに珍しいんですか?」
「そうね──」
そう言って、アーディマはシルバのことについて説明を始めた。
ルナワイズ・ウルフ
別名『月下の賢狼』とも呼ばれる狼型の魔獣である。
その名前の通り非常に知能の高い種族であり、かつ警戒心も高いため滅多に人前に現れることはない。人語を解し、それゆえ争いを避けるために山奥や森奥にひっそりと暮らしているらしい。
大陸全土を見ても発見例は極めて少なく、繁殖数が少ないのか、あるいは誰にも知られない場所に隠れているだけなのかは不明だが、ともかく出会うことは非常に稀……まして過去に使役した人物などアーディマの知る限り存在しない生物だった。
「そんな子がまさかこんな場所で……非常に興味深いわね」
「クゥン」
徐々に好奇心を宿し始めた目になってきたアーディマを見たシルバはすぐさまエミリアの後ろへと隠れてしまった。
「あらあら。よっぽど懐かれているのね」
「そう……なんでしょうか」
「そうよ。そもそもの話、どんな種族であれ魔獣と呼ばれる存在を使役できる……懐かれる時点でそれが一つの才能といっても差し支えないのだから」
「割とカイルさんにも懐いてる気もします」
「俺のは単に身代わりにできる程度には強そうって思われてるだけな気もする」
俺がそう言うとエミリアとアーディマが笑う。ついでにシルバも肯定するように吠えた。いや肯定するな。
「とにかく、この子の正体も判明したわけだし、さっそく登録していくでしょう? 簡単な説明は受けてもらうけれど」
「はい! お願いします!」
「それではこちらへどうぞ」
それから俺たちは、アーディマから引き継がれた職員に連れられ魔獣使役についての簡単な講習を受けたのだった。
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