閑話 とある少女の平穏な一日
「………ふぅ」
目の前に積みあがった書類。その最後の一枚を読み終えた私は、ふかふかの椅子に身体を沈めて大きく息を吐いた。
これらは私たち王族に宛てられた嘆願書であったり、公共事業の計画書であったり、なかには応援の手紙なんてものまで、様々だ。
私、シンシア=フォン=ダリアはそれらを一枚一枚読みつつ、兄であるテオドールや宰相へと相談すべき案件とそうでないものとに振り分ける。
本来は正式に国王となった兄がこれらを担うのが正しいのだろうが、先の動乱以降問題となっている人手不足と、なによりまだ国王となったばかりの兄の負担を軽減するためにも今は家族一致団結……王女である私もその仕事の手伝いをしているというのが現状だった。
そのなかでも特に教会への慰問をはじめとした、国民の不安を減らすための諸活動は私の役割だ。
父であり前国王ランドルフの死去、そしてその矢先に起こった動乱。これらによって乱れる人心を鎮めることもまた、今のこの国には求められていた。
とはいえ、だ。
「さすがに疲れました……」
朝早くからこの公務にとりかかり、気づけば既に昼過ぎ。そしてこのあと少ししたら慰問として先の動乱で負傷した国民や騎士のいる教会を訪れることとなっている。
そんなことがかれこれ二週間ほど続いていた。
これらも王族としての当然の責務とはいえ、こうも仕事に縛られているとため息のひとつもつきたくなるのは許してほしい。
そういう意味では、私以上の仕事を顔色一つ変えずに行う兄の凄さは身内として誇らしいと同時に少しばかり心配でもあった。
「あまり無理しないでほしいのですけれど」
そんなことを口に出しながら、けれどきっとこの言葉を兄に告げたところで、「大丈夫さ、それより今は国民の方が大変なのだから私がしっかりしないと」なんて風なことを言うに決まっている。
私はそう物思いに耽りながらうず高く積み上げられた書類の横に置かれたカップを手に取り、既に冷め切ってしまった紅茶をゆっくりと飲み干した。
「ふぅ……」
そうして人心地ついた私は、ふとあの二人組の行方に思いを馳せる。
その二人組とは、カイル=ウェストラッドという男性とエミリア=フォーセットという女性。
「あのお二人は今頃公国に着いた頃かしら」
カイルについては昔、謁見式の場で一言だけ話したことがあった。
私とそれほど歳が変わらないにもかかわらず魔道具と呼ばれる道具を発明し、その上騎士団長のオレグと試合までやってのけた人物。年の近い私から見ても、そしてそこそこ年上であるはずの兄から見ても、その少年が何か普通とは違う視座で世界を見ていることは一目見て分かった。
とはいえそれからしばらくの間は音沙汰がなく、私も当時のことは忘れかかっていたけれど。
あの日。この王都で動乱が起こったあの日、私たちの窮地に舞い降りたその横顔を見て、私は全てを鮮明に思い出したのを今でも覚えている。
その横顔は謁見式で見た私と同じあどけないだけの子供の顔ではなく、立派な冒険者の……男の顔になっていた。あの時から五年と少しばかりしか経っていないにもかかわらず、彼は私よりもずっと大人になったのだなと、その時少しだけ嫉妬してしまったものだ。
聞けばかの有名な聖銀級冒険者のジル=ブラッドを師匠として、この五年旅をしていたのだという。ジルといえば『烈火』という通り名で呼ばれるほどの苛烈な力を有した、豪放磊落な冒険者だというのは有名な話だ。
そんな彼女の下に五年もいれば、あのような顔つきになってもおかしくないのかな、などと私は納得してしまった。
そしてもう一人。エミリア=フォーセット。
カイルが旅の途中で仲間になったという女性だ。彼女もまた私たちの窮地にかけつけ、この命を救ってくれた。
何でも動乱の際、広場に現れた怪物の討伐に際して彼女はカイルと共にとても大きな貢献をしたという。当初はその貢献に対して勲章の授与も検討されたが、本人が頑なに固辞したため、お流れとなった。
二人が王都を旅立つ前話をする機会があったが、どこにでもいる普通の、優しい女性だというのが第一印象だった。
だからこそ、私も同年代の友達が出来たような感じがして、ついつい長話をしてしまったのだが、エミリアはそんな私の話にずっと楽しそうに付き合ってくれた。王族という身分ではなかなか対等な存在と出会うことができないけれど、彼女とは近い将来、そんな関係を築けるような……そんな予感があった。
「ちょっと、うらやましい」
私はぽつりとつぶやく。
ひとつは、そんな彼女と一緒に旅ができるカイルに対して。
もうひとつは、カイルという人物と旅ができるエミリアに対して。
カイルは、きっとその持って生まれた才覚や心の在りよう故にこれから先多くの未知と邂逅するのだろう。そんな旅を、きっとしているのだろう。
そんな旅に同行することは、どれほど楽しく、新鮮な毎日なのだろうか。
勿論危険も多くあるのだろう。
だけれど、王族という身分に生まれた者の定めとしてそうした危険に赴くことができないのならば、せめて。そんな彼らの冒険に想いを馳せてもきっと罰はあたらないだろうと、心の中でそう呟いた。
「兄上も早くお相手を作って世継ぎを残して頂ければ良いのに……」
今この部屋に他に誰もいないことをいいことに、私は愚痴る。
兄は別に奥手というわけでもないのだが、これがどうしてなかなか良い相手が見つからない。以前公務でリースタリア公国に赴いた際にかの国の姫と話す機会があったらしいが、袖にされたらしい。
「誰か良い方はいらっしゃらないかしら……」
世継ぎもできれば、私の背負う王女という身分の重みも多少ではあるが軽くなるだろう。とはいえ、そんなことを言ったら私自身はどうなんだ、なんて突っ込まれるから言わないけれど。
そんな自分勝手な思いを胸に秘めつつ、私は席を立った。
「んっ………うぅ~~~~~」
大きく背伸びをして、窓辺に立つ。
外ではいつもと変わらず平穏な光景が広がっている。動乱の直後はどこか張り詰めた空気も漂っていたが、数週間経った今でもほとんど元通りだ。
そんな国民たちの強かさを、王族として少しばかり誇らしく思いながら。
「さて。もう一仕事、がんばりましょう」
そう気合を入れて、私はゆっくりと部屋を出るのだった。
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