第54話 月下の遭遇
「今のは……?」
遠吠えが聞こえてきた方向を凝視するエミリア。
「獣の遠吠え……だとは思うけど、野犬か狼かが向こうにいるのかもしれないね」
その声が聞こえてきたのは道から外れた、少しばかり雪の深い場所だった。
エミリアは尚もその方向を見つめながらポツリと呟く。
「なんとなく、ですけど。泣いているような感じがしました」
なんとなくですけど、と再度口にするエミリアに俺は話しかける。
「もし野生の魔獣だったらこっちの匂いに気づいて向かってくるかもしれないし、先手必勝ってわけじゃないけど少し様子を見に行ってみるか、もしくは無理して先に進むかした方がいいかもしれないね」
杞憂であればよいが、もしも魔獣の群れが集団で襲ってきたら中々面倒だ。であればこちらが先に相手の正体を確認した方が取れる手は多いだろう。
エミリアも俺の言葉にうなづき、傍に置いていた弓を再び肩にかけなおした。
「シロ、行けるか?」
「キュイ!」
俺は正確に声の方向を把握するために、シロに頼んでその方角を偵察してもらうことにした。
マナバードはその高い知性から、こうした索敵や偵察行動にも力を発揮してくれる。シロは俺の言葉に呼応して空へと飛びあがり、声の方向へと飛んでいった。
空では満月が煌々と夜空を照らし、静かに降り注ぐ雪と相まって何とも不思議な雰囲気に包まれている。
俺たちは必要な装備を整えると、馬車を待機させて声の方向へと向かっていった。
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それからゆっくりと進み続けていると、遠くから白い物体がこちらへ向かって一直線に向かってきた。シロだ。
「キュ!!!」
「どうだった」
「キュルル!」
シロは羽根を大きくばたつかせ、おれたちを急かすようにある一点を指し示している。どうやらそこが声の主の場所らしい。
「エミリア」
「はい……!」
俺たちは互いに頷くと、小走りでその方向へと駆け出した。
月の明かりがあるとはいえ既に世闇があたりを支配している中、俺たちが走り続けていると……
「見えました!」
エミリアが俺にだけ聞こえる程度の声でそう伝えてくる。俺もエミリアの視線の先を追うとそこには、一匹の巨大な……全長4mはあろうかという程の、一本角をその額に生やした熊のような魔獣が二足歩行で立ち上がっているのが見える。
そしてソレと対峙していたのは、二匹の、銀色の美しい毛色を持つ狼のような獣……体格差から見て親子だろうか?
しかし親らしき狼は降り積もる雪の上に倒れ伏し、それを守るように子狼が熊型の獣と対峙している。
倒れた狼の腹部は深紅に染まり、周囲に積もった純白の雪までも赤に染め上げていた。
「獣同士の争いか……」
少なくとも熊と狼、どちらが生き残ったとしてもに俺たちに危害を加える可能性は否定できない。となれば一番安全なのは、一方がもう一方を仕留めた時……油断したタイミングで不意打ちをすることだろう。
そして今の状況から見て仕留める側は熊、仕留められるのは狼であろうことは想像に難くない。
「Guaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
俺がそう考えていると、熊型の魔獣は声を張り上げ、一歩ずつ子狼との距離を詰め始めた。
子狼の方も唸り声をあげて威嚇をしているが効果はない。
俺はその状況を観察しつつエミリアに声をかける。
「エミリア、この争いの決着がついた瞬間……熊みたいな魔獣が油断したタイミングで一気に仕留めにいこ……エミリア?」
俺が声をかけると、エミリアは真剣な面持ちで子狼を見つめていた。そして。
「カイルさん……すみません」
ただ一言、謝罪してきた。
それだけで、既に彼女が何を言いたいのかは理解できた。
「……ふぅ。まぁ、そうだね。エミリアはそういうやつだ」
まだ一緒になってそれほど多くの時間を過ごしたわけではないが、それでもエミリアという少女がどういう人間なのかは多少理解できているつもりだ。
少なくとも、彼女は今眼前にある命を見捨てるような選択をすることはできないのだろう。それが例え人間ではない、獣であったとしても。
(俺には、真似できないな……)
命の価値は平等ではない。
もし俺がエミリアだったら、まず間違いなくここは『待ち』の選択をしただろう。それで俺と彼女がより安全に敵を倒せる確率が上がるとなればなおさらだ。そのためなら例え子供だったとしても獣の命を犠牲にすることに躊躇いはない。
正しい選択なんてものはこの世には存在しない。
勝負に必ず勝者と敗者が存在するように、誰かが何かを選択した時、選ばれなかったものは失われるのだから。
だからこそ俺は、自身にとって大切なものを守るためなら迷いなくその他一切を切り捨てられる。
(だけど──)
そうして大切な何か以外の一切合財を切り捨てた先にあるものは、本当に己が求めるものなのだろうか。
そんな何気ない問いの回答は、今の俺には、まだ分からなかった。
しかしだからこそ、今こうしてエミリアは俺にとって一つの可能性を指し示してくれている。
俺では考えられない選択を考え、提示してくれる存在。
俺だけでは選べない選択を、一緒に選んでくれる存在。
(なら──)
たまには理性ではなく直感を信じてみてもいいかもしれない。そう思わせてくれる存在を見つめ、俺は告げた。
「俺がアイツの後ろに回り込んで、気を引き付ける。その隙にエミリアは狼の方へ」
「!……カイルさん」
エミリアは俺の言葉に少し驚いた表情を見せたが、すぐに切り替えて頷いた。
俺はソレを確認すると、タイミングを合わせて一気に熊の魔獣の後ろまで駆け抜けて、叫ぶ。
「お前の相手は俺だ!」
「Ga...? Gu、Guaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
魔獣は俺の声に気づくと素早く振り返り、その存在を認識した途端に大声をあげて襲い掛かってきた。俺はそれを確認すると同時に魔法を発動する。
「多重魔法式展開──……『流葬・雷撃』」
瞬間、一つ目の魔法式が発動。手のひらから魔獣へ向かって水流が放たれる。
「Ga!?」
狙いをすませて放たれた水の奔流は、魔獣の胴体へと直撃し、その身体を僅かばかり仰け反らせる。そして続けて二つ目の魔法が発動する。
「Guaagaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」
バチリ、と空を裂くような音と共に、水の奔流に乗せて電撃が走る。生み出された紫電はたちまち魔獣の元へと到達し、その身体を光で包み込んだ。
しかし、ふらつきながらも魔獣は未だ立っていた。そして最後の抵抗とばかりに、俺を無視して反対側……エミリアと狼たちのいる方へと向き直る。
「エミリア!」
俺の声は直後響き渡る魔獣の咆哮によってかき消される。しかし……
「──ッ!!」
魔獣の巨体の先、僅かに見えた彼女は膝をつき、しゃがんだ状態から魔獣を見上げるようにして弓をつがえている。そして。
「『爆裂の一矢』!!」
エミリアから放たれた矢は一直線に魔獣の脳天へと突き刺さる。しかしその固い頭蓋と肉体に阻まれて致命傷とは至っていないようだった。だが。
「ごめんなさい」
エミリアの、魔獣へと向けられた言葉とともに『爆裂の一矢』に込められた魔法が発動し、ドォン! という轟音と共に、ソレは獣の頭を大きく爆ぜさせた。
「Gi……」
一言、そううめき声をあげた直後、その巨体がドサリと音を立てて地面へと倒れる。
俺はその様子を確認すると、ゆっくりと引き抜いていた剣を収めたのだった──。
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