第53話 氷虹街道
朝早く王都を経ってから馬車を走らせ続けた俺たちは、とうとうリースタリア公国の領地へと足を踏み入れることとなった。
それから更に少しした頃。
「わ──」
馬車の荷台に座っていたエミリアがぽつりと声を上げた。
何事かと周りを見渡すと、僅かに、ちらほらとではあるが雪がふわふわと舞い落ちてくるのが見える。
「雪かぁ」
「ですね!」
俺の言葉に少しだけはしゃいだ様子で答えるエミリア。
「あれ? エミリアのいた南の方って雪が珍しいの?」
「そうですね……決して降らないわけではなかったですが、降っても軽く積もるくらいでしたし、降らないことの方が多いので少しだけ興奮しますね」
「なるほどねえ。やっぱり同じ大陸といっても北と南じゃ大分違うのか」
「ですねー。カイルさんは雪は見慣れてるんですか?」
こてん、と首をかしげるエミリアに俺は苦笑しながら答える。
「よく考えてみたら師匠に連れまわされてた頃はそこまで見なかったかもしれないな。でも、コスターにいたころは毎年冬になったら雪は積もってたよ」
「ほー」
「といっても、ここらへんほどじゃないけどね」
そういって俺は辺りを見渡す。
気づけば周囲一帯は既にこれまでに雪が降った日があるのか、ほんの少しばかり積雪の名残がある。
季節はちょうど冬にさしかかっており、特に寒冷地帯である北部大陸であればもういつ雪が降り積もってもおかしくない時期ではあった。
「地味に王都での一件が響いちゃいましたね」
エミリアがぽつりと言う。
確かに、本来ここから更に寒さが本格化する前に公国へと到着する予定が一週間後ろ倒しになってしまったのはあるだろう。たかが一週間、されど一週間。季節の変わり目は特に急激に気候も変わったりするので、少しばかり悩ましかったところだが……。
「まぁ、降ったら降ったで対策はしてるし、なるようになるさ」
「そんな適当な……と言いたいですけど、カイルさんは本当に準備ちゃんとされてましたもんね……」
エミリアがじっとこちらを見ながら言う。
「念には念を入れろ。常に最悪を想定しろ。が俺の標語だからね」
「慎重というか、なんというか……」
そこが頼もしいんですけど、と小声で呟いたのが聞こえたが、それを伝えたらエミリアが慌てそうだったので聞こえないふりをすることにした。
「それにしても綺麗ですね……」
「このくらいの雪なら、可愛いものだね。……猛吹雪にでもなったら嫌いになりそうだけど」
「あはは……」
我ながら自分勝手な言い分ではあるが、嫌なものは嫌なのだ。
できればそんな事態にはならないといいなぁと内心で願いながら、俺は馬車を走らせ続けるのだった。
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「よし、今日はこのあたりにしておこうか」
日暮れも近くなったころ、俺は馬車を停めて後ろのエミリアにそう告げた。
「ですね! 野営の準備をしましょうか」
彼女も元気に応えると、慣れた手つきで準備を始めた。
周囲をみれば先ほどよりも降り注ぐ雪は増えている。こうなってくると気候の状態は予測しづらくなるので、安定しているうちに早めに休息をとり、再び早朝から出発するのが良いと考えた。
そうして俺もエミリアの言葉に合わせて準備を始めることとした──。
「ふう……」
そうして夜。
事前に用意した食材を使って調理した根菜のスープをすすりながら深く息を吐くエミリアを横目に、俺は地図を見ながら今後の予定を確認していた。
なお彼女のおなかのあたりには俺のマナバードであるはずのシロが「キュルル……」と寛ぎながらすっぽり納まっている。
なんだか俺よりもエミリアの方になついている気がしないでもないが、気づかなかったことにしておいた。
目の前では、魔道焚火台から立ち上る火が周囲を照らし、俺たちの身体を温めてくれている。雪中(といってもまだ深々と降り積もっているわけでもないが)での野営自体は多少経験があるものの、不慣れな自覚があるため準備に多少手間取ってしまった。
ちなみに今回の旅にあたってはこれまでに作成した魔道具の中で役に立つものをある程度ピックアップして持ってきていた。
魔道給水機、魔道焚火台、それに今回新たに用意した魔道照明と魔道松明。
……我ながらネーミングセンスには疑問を感じるが、コスター滞在中に作ったものも合わせるとこんなラインナップだ。
魔道照明についてはその名の通り小型の照明器具で、ガラスの容器の中で『弱化』を複数掛け合わせた、火生成を行っているだけの代物だ。とはいえ暗い室内などでは重宝する。難点は火を生成して灯りとしているので密室だと二酸化炭素が充満して非常に危険なことくらいだ。
魔道松明もその名の通り、洞窟や簡単な着火などで使える火生成の魔法を用いた松明だ。我ながら『火生成』ばかり使っているような気もするが、やはり火というものは文明の礎にして偉大なエネルギーなのだということにして、自分のアイデア力のなさの言い訳とすることにした。
ともかく、だ。
「エミリア、見て」
「あ、はい!」
俺が横にいたエミリアにそう声をかけると、彼女はずびずびとスープを飲みながらぴたりと俺にくっついて地図をのぞき込んできた。
「近くない?」
「しょ、しょんなことないですよ!!!」
俺の言葉にはっとしたのか、ガバリと距離をとるエミリアに俺は苦笑する。
「まぁ、男の俺としては役得だからいいんだけどね」
「……そういうこと恥ずかしげもなくさらりと言うあたり、やっぱりカイルさんって女の子慣れしてます?」
「慣れてないって。エミリアといるのは気が楽なだけだよ」
「う……」
そう言って恥ずかしそうに体を縮こませながら、今度はくっつかない程度に身体を寄せて地図を見るエミリアに俺は説明を始めた。
「今いるのが大体このあたり……『氷虹街道』って呼ばれてる、アベル山脈に向かういわば入口のひとつみたいなところだね」
「こう見ると、一日で結構な距離進みましたね」
「だね。馬車っていうのもあるけど、やっぱりこの道がアベル山脈までの最短ルートだったってのもあるし」
実はここ、アベル山脈に至るまでのルートはいくつか存在する。その中でも主要なのは大きく二つ。
一つはダリア王国とリースタリア公国との正式な……国道のような道。
これは直線一本道というわけではなく、少し遠回りをしながら道中の安全かつ開けた土地を経由するルートだ。ここではある程度の間隔ごとに簡易な宿場町が設置されており、大規模な商隊や貴族の往来などは大体このルートを通る。
もう一つが今俺たちが進んできた正にこのルート。アベル山脈と王国とを直線で結ぶ最短ルートだ。これはそのまま一番短い移動距離でリースタリアまで進めるルートではあるのだが、道中の岩場や急勾配なポイントなども含めて大規模な集団が通るにはあまり適さないルートとなっている。
反面、俺たちのような少人数の団体や個人で進む分には(旅に慣れてさえいれば)問題なく進める程度には安全であるため、今回はこちらのルートを選択した。
「結果としては明日の昼くらいには山脈の麓の町には入れそう。リースタリアへの到着は何事もなければ二日……三日後くらいかな」
「よかったです……」
俺の言葉にホッとした様子で答えるエミリア。この様子なら冬……降雪が本格化する前にはぎりぎりリースタリアに入れそうだったので、そのことに安堵したのだろう。
「ともあれ今日のところはそろそろ休息にしようか。見張りは先に俺がやるよ」
「ありがとうございます! じゃあ時間を……」
俺はともかくエミリアも野営の経験自体はないわけではなかったのでテキパキと休息の準備を整える。それから少しして。
「それじゃあカイルさん、お先に仮眠取らせていただきます」
「うん、ごゆっくり」
「おやすみな……」
エミリアがそう言おうとした瞬間だった。
「──ワオォォォォォォン」
遠くから、大きな鳴き声が響き渡った──。
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