第51話 動乱のあとで
化け物になった男と、クロードという名の謎の襲撃者。
二つの存在をきっかけに発生したダリア王国の動乱は、その目的こそ防いだものの襲撃者の逃亡という微妙に後味の良くない結末でもって収まることとなった。
あの動乱から一週間ほどが経つ。
当初は式典の後すぐにでも北へと発つ予定だった俺たちだが、流石にこの状況を放り出していくわけにもいかず、また今回の襲撃についてテオドール達と話をする必要もあったためこれまでローゼンに留まることとなっていた。
今回の一件、王国全体としての死傷者も決して多かったわけではないが、特に王宮内での戦いや広場での戦いなどを含め騎士団員の被害は大きかった。それ故今も冒険者ギルドと騎士とが協力して治安維持等につとめている状況だ。
「お待たせしました」
「あ……お疲れ様です!」
「お疲れ様です、国王陛下」
そうしてこれまでの経緯を王宮の一室で振り返っていた俺は、その来訪者の声で思考を中断する。
「そう畏まらずともよいですよ。二人は我が国……私の家族を守ってくれた恩人なんですから」
「はは、こればかりはそういうわけにもいきませんから。この国の民としては」
「ちょ、ちょっとカイルさん!」
微笑みながら声をかけるテオドールに俺は答えると、横で小声でエミリアが小突いてきた。
式典の最中にあの事件が起きたわけだが、後日改めて告知がなされ正式に国王となった彼は、少しばかり疲れた表情をしていた。
「とりあえず楽にしてください」
俺たちはその声に応じて少しばかり緊張を解き、改めて向かい合わせになる形でテオドールの前にあるソファへと腰掛けた。
それを確認すると、彼は話始めた。
「まずは改めて此度の件についての感謝を。貴方たちがいなければ今頃この国は襲撃者によって更に大きな混乱に陥っていたことでしょう」
「いえ、ダリアの民として当然のことをしたまでですよ」
「わ、わたしもダリアの国民ではないですけど、カイルさんと同じ気持ちです!」
「有難うございます」
俺たちがそう答えると、テオドールは深々と頭を下げてきた。俺たちもつられて頭を下げる。
──それからしばらくここ一週間の状況について改めて話し合った俺たちは、これからの動きについてテオドールに聞かれ、答えた。
「なるほど、リースタリア公国を目指すのですね」
「えぇ。氷獄公という名の人物に興味がありまして」
「あぁ、あの……!」
かつて謁見式で話した件を思い出したのか、テオドールが納得したような表情を浮かべる。
「ちなみにあのあとで、かの公についての話を見聞きされたことはありますか?」
俺がダメ元でそう聞くと、テオドールは少し考え込み、やがて首を横に振った。
「申し訳ありませんがやはり以前カイルさんにお話しした以上のことは何もないですね。以前外交の一環でリースタリアへ赴いた際にかの地を治める公にお会いしたことはありますが、それらしき話はなにも」
「そうなのですね……。とはいえ自身の魔法を広めることを良しとしないのは魔術師としては普通ではあるので、やはり直接確認に行くしかなさそうです」
テオドールの回答に俺がそう答えると、テオドールも それが良い と頷いた。すると次の瞬間、彼はまるで俺に囁き告げるようにこっそりと話しかけてきた。
「ちなみにですが、かの公国の姫にもお会いしましたがそれはもう大層な美人でしたよ」
「……なるほど」
「ちょ、カイルさん!!! 国王陛下も!」
俺が興味深々な顔をしたのを見てエミリアが騒ぐが、それを後目にテオドールはおどけた表情で続けた。
「私も男の端くれとして少しばかりお話をさせて頂いたものの、あえなく撃沈してしまいましたが」
「テオドール国王も袖にするとはなかなか……」
正直男の俺から見てもテオドールという男はかなりの美男子だ。しかも当時でさえ王子という地位にあった。普通に考えて超優良物件な気もするが、何とも女心とは分からないものだと素直に思った俺だった。
「ともあれ、そういうわけで私のほうでお力になれることはあまりなさそうですが、諸国を周られるという話であれば一つだけお力になれそうです。しばしお待ちください」
「? 承知しました」
テオドールがそう言って横に控えていた臣下らしき人を促すと、彼は俺たちに一礼して退室する。それからしばらくして戻ってきたかと思うと、俺たちにその手に持っていた勲章のようなものを差し出してきた。
おれがソレを受け取ると、テオドールは説明を始めた。
「それは、貴方たちが我らダリア王家の認めた人間であることを証明する……一種の身分証のようなものだと考えて頂ければよいです。これからかの国へ向かい、身分の高い人間と話す必要が生じた場合にはある程度有用となるでしょう」
「こんなもの……本当によいのですか?」
これは、裏を返せばこれを持つ人間の身分や行いをダリア王家が保証するということにもなる。そんなものを一介の冒険者である俺たちが持っても良いのかと聞くと、テオドールは微笑みながら頷いた。
「先ほども申しましたが、元より貴方たちがいなければ今の私もなかったのですから。これくらいはさせてください」
「……わかりました。謹んでお受け取り致します」
「えぇ」
そう言って俺は、ダリアの象徴である鷹の紋章が刻まれたソレを受け取る。
下手に爵位などの地位を与えられるとその分しがらみが多くなってしまうだろうが、コレであればそういうしがらみや政治的やりとりともある程度距離を置いていけるだろう。
そのあたりも含めて考えていたとしたら、やはりテオドールという男は人のことをよく見ているのだなと、改めて感じた。
「それではあまり引き留めても悪いですから、この辺りで解散しましょうか」
しかしテオドールの言葉に促され俺たちが席を立とうとすると、一人の女性が部屋へと入ってきた。
「失礼いたします! あ……」
「シンシア!? 客人の前だというのに全く……」
「ご、ごめんなさい」
なんと部屋へと闖入してきたのは、テオドールの妹でありダリア王国の王女でもあるシンシア=フォン=ダリアだった。
俺もエミリアも、予想外の来訪者に思わず固まってしまう。
そんな俺たちを後目に、テオドールがやれやれといった表情でシンシアに話しかけた。
「何だって突然」
「それは、兄上が無断でカイル様達とお話されていたからに決まっているではありませんか」
「……私は妹の許可がなければ人と話してはいけないのか」
シンシアの当然といった表情に肩を落とすテオドール。険悪な様子はなく、仲の良い兄妹といった雰囲気ではあるが、その力関係は今のやり取りで少しだけ想像できた。
「それに、お二人は私と母上にとっても命の恩人なのですから。挨拶くらいはさせていただきませんと。そうですわよね母上!」
「全くもう。私に同意を求めないでくださいな」
「は、母上まで……」
おそらくシンシアの後からそっと入って来ていたクリストリア……二人の母親である彼女も、シンシアの言葉に呆れながらもどこか優し気に答えた。
まさかの王家全員集合であった。
「あわわわわわわ」
エミリアはあまりの状況に先ほどから あわわわ しか言っていない。
「ご、ごほん。ともかく直接お礼をしなければいけないと思っておりましたの」
そう言って硬直する俺たちの前に立ち、シンシアがお辞儀をしてきた。
「改めまして。私の名はシンシア=フォン=ダリア。此度の件、兄であるテオドール含め、本当にお世話になりましたわ。……カイル様は謁見式の時にお会いしておりましたわね」
「えぇ。ご健勝で何よりです」
「あ、えっとあの、その」
シンシアの言葉に俺はそう返し、エミリアは口をもごもごさせ慌てている。
そんな様子を見て微笑みながら、シンシアは続けた。
「貴方はエミリア様……ですわね。此度は私たちダリア王国のために戦っていただき、感謝の念に堪えません」
「い、いえ! そんな! 滅相もないですわ!」
「口調うつってるよ」
「カイルさんうるさいです!」
「はい」
そんな俺たちのやりとりを見てくすくすと笑ったシンシア。
──それからクリストリアも交えて改めて少しばかり雑談をした後、今度こそ本当に解散することとなった。
帰り際、
「カイル様、エミリア様。今度お越しになった際は是非お食事にご招待させてくださいな。そして冒険の話をたくさん聞かせていただきたいです」
「こらシンシア、あまり困らせるようなことを言うものじゃないよ」
「兄上だって本当はそういうお話聞きたいでしょうに」
「う……と、とにかくあまり困らせないように!」
そんな兄妹然としたやりとりを見届けながら、俺たちは王宮を後にするのだった。
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