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第50話 謎の男

「これは……! 一体なにが……」

「分からないけれど、とにかくヤバいってことは確かだ」


 広場でデックスと別れてから少し。


 王宮への道を駆け抜け、そのままその中へと入った俺たちがそこで見た光景は、異常としかいいようがないものだった。


 そこかしこに横たわる、おそらく広場から溢れ出してきたのであろう天使モドキたちの死骸、そして。


「でも、こんなことって……」


 その怪物の死骸とは比較にならないほどの数倒れ伏す、騎士たちの姿だった。

 しかも、王宮の奥へと向かえば向かうほどその死体の数は増え、今ここに至って周囲に散らばる死体はそのどれもが騎士たちであり、怪物の姿は見当たらなかった。


「よほどの怪物か、あるいは別の何者かがここまで侵入してきた……ってことかもしれない」


 俺は走りながらエミリアにそう答える。

 これだけの騎士を屠るような化け物がいる可能性……。考えたくはなかったが、その可能性は高いと言わざるを得なかった。


「で、でも、テオドール様たちには騎士団長様がついてらっしゃいますよね!」

「あぁ……」


 だからきっと大丈夫だと、言外にそう言うエミリアに俺は内心で呟く。


(そうであれば、いいんだけどな)


 最悪の可能性という名の不安が、今も俺の心を支配していた。



 ---



 それから更に走り続け、遂に俺たちはこの王宮の中心……玉座の間へと到着した。


「………」

「そんな……」


 しかし眼前に広がる光景は、凄惨という言葉では言い表せないほどのものだった。

 辺り一面には先ほどまでと同じように騎士たちが倒れ伏し、一面の床に血がこびりついている。


 そして。


「カイルさん! あそこ!」

「!!」


 エミリアの指さす方向を見ると、そこには。


(テオドール!)


 その手に折れた剣を持ち、全身を傷だらけにしながら立つテオドール。その後ろにシンシア、クリストリアの二人と、そして。


(誰だ、アイツ)


 こちらに背を向けているので顔は分からないが、明らかに異質な雰囲気を纏った存在が、テオドールたちと対峙していた。


 更に横の壁面に目を向けると、


(──! オレグ……)


 何とか立ち上がろうともがき、しかし苦痛の表情を浮かべて膝を折っているオレグの姿があった。


「カイルさん! お、オレグ騎士団長が!」

「あぁ」


 そんなエミリアの声のおかげか、オレグがこちらに気づく。そして。


(──テオドール様たちを助けてくれ)


 彼が目線で、そう訴えかけてくるのが分かった。そして次の瞬間、事態が動く。


「もう終わりにしましょう」


 男と思しき声。

 視界の先に、そう言って大きく手を振りかぶる白ローブの男の姿が見えた。


「──ッ!」


 瞬間、俺は地面を大きく蹴り、大声を上げる。


「こっちだッ!」

「?」


 その声に反応した男がこちらに振り向くと同時、俺は素早く剣を引き抜き一閃。

 しかし。


「また、新手ですか」


 その刃は男の腕に阻まれていた。


「まさか、君は……ウェストラッド家の!」

「あ……!」


 俺の顔を見てかつての謁見式を思い出したのか、テオドールとシンシアが口を開く。俺はそんな二人に頷き返すと、事も無げに俺の剣を防いだ男に向かって問いかけた。


「お前は一体誰だ? まさか味方とか言わないよな」

「残念ながら、敵ということになりますね」


 そういって男はこちらへ向き直る。その顔の上半分は仮面に覆われていたが、まるで後ろにいたテオドールなどいつでも殺せるといわんばかりの余裕の態度だった。


 俺は先手必勝と言わんばかりに剣を男へと投擲しながら距離を詰める。しかしやはり見切られていたのか事も無げに右腕で打ち払われた。

 しかしそのタイミングで男の懐にまで接近した俺は、そのまま懐を素通りして背後に回り込む。そしてテオドールと男の間に立つような位置関係になったところで、魔法を発動する。


「『雷電槌』──ッ!!!!」


 そして眩い光とともに超音速の一撃を男の背中に叩きこんだ。


「むっ!?」


 男は驚いたような声を出しながら、轟音と迸る発雷と共に大きく吹き飛んでいった。

 そして次の瞬間には、男が吹っ飛んだ先に瓦礫の山ができていた。


「……大丈夫ですか、皆さん」


 俺は肩で息をしながら、何とか後ろにいるテオドール達に声をかけた。


「助かった、カイル」


 俺の言葉に、テオドールが代表して答える。


「と、とにかく傷の手当てを!」


 俺に続いてこちらへとやってきたエミリアが、満身創痍といった状態のテオドールにそう声をかけるが、彼は首を横に振った。


「それより、奴を倒さなければ……」

「え、でも今カイルさんの一撃で……」

「いや」


 俺の言葉とともに、エミリアの疑念はすぐに解消することになる。

 何故なら男が吹き飛んだ先。

 土煙と、ジリジリと辺りを走る紫電の中から、ソイツがゆっくりと姿を現したからだ。


「いやはやまさか、まだそのような魔法の使い手がいるとは驚きでした」

「まだ、っていうのはどういうことかな?」

「ふふ、さあ、どういうことでしょうね」


 目の前の男が先ほどの一撃で倒せないことは、予想していた。何せオレグをあそこまで追い詰めた存在なのだ。生半可ではないことは肌身に感じている。

 とはいえ、ほとんどダメージを負っているように見えないのは流石に堪えたが。


(とにかくこいつはほぼ間違いなくこの事件の関係者だ。なら、出来る限り情報を……)


 俺はそう考え、口を開いた。


「あの広間の魔法。アレはお前が教えたものなのか」

「ん……? あぁ、アレですか。さあてどうだったか」


 最早バレてしまっていると思っているのだろう。男は口ではそう言いながらも、その態度はとても白々しい。

 俺はそんな男の態度を無視して続ける。


「あれは、何の魔法なんだ」

「……ん?」


 瞬間、男が何か訝しむような声を出した。

 これまでの薄ら笑いが消え、どこか真剣みを帯びた表情へと変わる。


「なんの、とはどういうことでしょうか」


 純粋に疑問だという風に男は聞いてきたので、俺は正直に答える。


「あの魔法式に刻まれた魔紋。『降臨』だとか『器』だとか。アレは一体何を意味している」

「………………」


 俺のその答えに男は黙り込み、俯きながらぶつぶつと独り言をつぶやき始めた。


「いや……あれは私たち以外が知っているはずが……待て………アァ……」


 そう言って得心した様子で、男が再び顔を上げると、その表情はどこか嬉し気な雰囲気を纏っていた。


「アァ……まさかそんなことが………」

「……?」


 男が感動したように声を震わせ、俺を見てくる。

 俺も、横にいたエミリアもその様子にただただ気味の悪さばかりを感じていた。


「貴方は、()()()()()()()()のですね……?」

「……だからどうした」

「おぉ……おぉ、神よ………」


 俺の言葉に更に感極まったのか、両手を仰々しく開き天を見上げ始めた男。

 この隙に攻撃してやろうかと思い俺は剣を握りしめたが、男が次に発した一言が俺の動きを止めた。


「貴方もまた、()()()()()()()()()()のですね」

「……どういうことだ」

「いえ! いえいいんです。お答えいただかなくても分かりますとも。だってそうでしょう。そうでなければ神より授かりしあの魔法を知っているはずがないのだから!」


 男の様子を伺いながら、俺は尋ねる。


「その神ってのは何だ。お前は何のことを言っている」


 しかし男はその質問には答えず、代わりに別の話を始めた。


「いえ、まだ貴方はきっと分からないでしょう。それに今の状況では、私たちはお互いを理解しあうことは難しい。ですが、そうですとも。次に会うときにはきっと、少しだけ分かり合えるはず」

「お前、よく人の話を聞かないって言われるだろ」

「おや、よくご存じですね」

「だろうな……」


 俺が皮肉を言ってもまるで通じていないらしい。あえてそうしているのか、筋金入りなのか……。


 とはいえ警戒を緩めず目の前の男を見据えていた俺とエミリアだったが、奴は急に両手を上げ、言った。


「計画変更です。まさかこのような出会いがあるとは思いもしておりませんでしたから」


 そう言ってこちらに背を向け、ゆっくりと歩き出した。


「貴様! 何を!」


 その様子にテオドールが叫ぶが、傷口が痛むのかすぐに膝をつく。


「ご無理をなさらないほうがよろしいですよ、テオドール殿。あまり動き過ぎると死んでしまう」

「どの口が……」


 そう返すテオドールに、顔だけこちらへ向けてクスリと笑った男は、次に俺を見た。


「お名前をお伺いしても?」

「生憎とアンタに名乗る名はないね」

「おや、残念です……。とはいえ私の方は名乗っておきましょうか……」


 男はそういって再びこちらへと向き直り、一礼し名乗る。


「クロード、と申します。以後お見知りおきを」


 そういった次の瞬間目にもとまらぬ速度で跳躍したクロードは、そのまま王宮の天上にあった天窓を突き破り、姿を消したのだった。


(クロード、ね……)


 俺は何とか状況を整理しながら、男の名前を反芻する。

 本名かどうかは疑わしいが、少なくとも奴のことは覚えておかなければいけないだろう。


 周囲の気配を探ってみても、もう俺たち以外に隠れ潜む存在がいるようには思えない。そのことを確認した俺は、少しばかり息を吐き、肩を撫でおろすのだった──。

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