第49話 拭えぬ違和感
「や、やりましたね……!」
『雷電槍』の反動で再び吹っ飛びながらもなんとか地面への帰還を果たした俺にエミリアが駆け寄り、そう声をかけてきた。白い大樹の方はというと、まるで砂のようにボロボロと崩れ去り、間もなく跡形もなく消えてしまいそうなところだった。
「なんとか、ね」
俺は本心からそう答えた。文字通り二の矢としてエミリアの『爆裂の一矢』があったとはいえ、正直初撃の『雷電槌』でそのまま殻ごと核を撃ち抜けると考えていたからだ。
(掌底だから威力が一点ではなく多少拡散してしまっているのが原因か?)
白い大樹を倒せたという余韻もそこそこにそんな課題点を見つけた俺だったが、デックスの一言で意識を切り替えることになる。
「おいお前ら! 喜ぶのもほどほどにしとけよ! まだ雑魚は残ってるからな!」
そう。大本である大樹を潰しても、どうやらソレから生み出された天使モドキたちは消えることはないようだった。
であればあとは殲滅戦となるわけだが、気を抜くわけにはいかない。
しかし──。
(やっぱり妙だな……)
俺はたった今この騒動の元凶ともいえる存在を倒したはずにも関わらず、妙な違和感を感じていた。
その違和感の正体は一言でいえば、『相手の目的』だ。
あの謎の魔法を行使した男はこう言っていた。
──そこまでだ 愛しき祖国を陥れんとする逆賊どもめ
と。
その言葉を素直に信じるのならば、あの男の行動原理は愛国心からくるモノだったといえるだろう。そしてその言葉が向けられた先は明らかに王族……というよりもテオドールに対するものだったようにも見えた。
もし奴が、国を守る=王族を打ち砕くことだと考えていたとしたら、何故もっと確実な場面で作戦を実行しないのか?
例えばランドルフの葬儀が執り行われた最中の教会。王族や俺たち臣下は葬儀の最中は教会内部にいた。
あのタイミングであれば、確かに一般民衆が教会内に入ることはできなかったとはいえ、出入口となる場所で魔法を行使すればより確実に逃げ道を塞ぎつつその目的を達成する確率を上げられただろう。
もっとも、隠し通路といった要素を考慮しなければ、だが。
ともかくもっと確実にテオドールに害をなすタイミングはあったはずなのだ。
にも関わらずあんな演説中の、しかも遠くの屋上から分かりやすい宣戦布告をした。これではあまりに考えがない。
では、何も考えずに男が行動を起こした可能性はあるか? これも疑問だ。
とはいえこれは、あんな凶悪な魔法を知るような人間がそこまで愚かなことがあり得るのか? という直感によるところが大きい。本当にあの魔法の真価を理解できているような人物なら、もっと別のやり方を思いついたはずだからだ。
(となると……)
そこまで考えて俺は、ある一つの可能性に行きつく。
(『誰かに唆された可能性』はある、か)
愛国心に溢れる無知な男を誑かし、心に付けこみ、その効果を伏せたまま魔法を教える。仮にそうであれば魔法を行使した際の男の驚愕したような表情にも合点がいく。
とはいえ全ては仮定の話。
実際のところは俺の思い違いで、事件はこれで終わりの可能性だって当然ある。
だが。
(『常に最悪を想定しろ』、ね)
それはジルの言葉だ。どんな状況であれ、最悪の可能性を想定して次の手を打ち続けること。そしてそうでなければ、とてもじゃないがこれまでの旅を切り抜けることはできなかった。
(今の状況証拠から考えられる最悪の可能性はただ一つ)
それは、『複数犯』による目的の達成──ここで言うならその目的とは、
「──王族の暗殺、か」
国全体、あるいはもっと別の一個人を狙っている可能性もあるだろうが、そこまで特定するのは難しい。であれば今思い浮かぶ中で最もその最悪の線上に近いのは、やはり王族……特にテオドールだった。
「カイルさん……?」
不安げに見つめてくるエミリアに、俺は次の行動を告げた。
「俺はこれから王宮へ向かおうと思う」
「えっ!? な、なんでですか?」
「悪い話か? カイル」
俺の深刻そうな表情を見て、そう投げかけてくるデックスに俺は答えた。
「思い過ごしであれば、いいんですがね」
「そうか……とはいえここの騎士の加勢もしねぇとまずいだろう。俺はここに残るから行ってこい」
「すみません、お任せします」
「わ、私もついていきます!」
そうして俺たちは、デックスにその場を任せて王宮への道を走り出したのだった。
▼
──王宮内部、玉座の間にて。
そこでは鋭く空を裂く剣の音が響き渡っていた。
「ぐぅっ!?」
直後鋭い打撃音と共に吹っ飛ばされ、声をあげながら壁面へと叩きつけられたのは、ダリア王国騎士団長オレグ=フェルダンその人。
「まったく手こずらせてくれますね。さすがは王国最強といったところでしょうか」
そして今こうしてオレグを圧倒していたのは、例の白いフードの男……。仮面を被りその素顔は分からないが、広場で白い怪物と化した男を唆したであろその人物だった。
「貴様は、何者だ……」
「オレグ!」「オレグ様!」
めり込むほどの勢いで壁に叩きつけられ、血を吐き出しながらも剣を支えに立ち上がるオレグと、その様子に声をかけていたのはテオドールとシンシア、そしてクリストリア達王族だった。
しかしその周り……先ほどまで彼らを守っていたはずの騎士たちは、今は全て物言わぬ肉塊へと変わってしまっている。
そして辺り一面に漂う死の気配と、血の匂い。
おそらくそんな凄惨な状況を引き起こした張本人であろう白いローブの男は、オレグの問いかけに飄々とした様子で答えた。
「ふむ。お答えしたいのは山々なのですが、生憎と素性を明かすような発言は厳に慎むよう言われておりまして」
「と、いうことは、貴様は一人で動いているわけでは、ないということだな……」
男の言葉にそう返し、再び剣を握りしめるオレグ。
「おっとやってしまいました。これだから お前は時々抜けている と、他の仲間に言われてしまうのですね」
失敗失敗、と男はおどける。しかし。
「とはいえ、まぁ今回は大目に見てもらうことにしましょうか。どのみち貴方がたは今日この場で、この舞台から退場してもらうわけですからね」
クスリと笑いながらそう言ってのける男に、オレグは再び向かっていった。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
目にもとまらぬ瞬足と、その太い腕から繰り出される圧倒的な破壊力を伴った一撃。横なぎに、男の首筋を狙って振りぬかれたソレは、しかし直前で男の右腕によって防がれる。
ガキン、と鈍い音と共に男の、ローブの袖に隠れた右腕にオレグの剣が食い込む。しかし、服は斬れてもその肉体に刃が通ることはなかった。
「チィッっ!」
オレグはそれを見てすぐさま剣を手元まで戻し、続けざまに男の鳩尾に向けて剣を突き刺そうとした。しかし。
「確かにとてもお強いですが」
その囁きはオレグの耳元から聞こえた。
その声の方を見やれば、男は既にオレグの懐へと飛び込んでいた。
空振るオレグの刺突と同時に、男の掌底が逆にオレグの鳩尾へとめり込んだ。
「ガハァッ!?」
そして、まるで先ほどの再現のようにオレグは再び吹っ飛び、壁へと叩きつけられる。
「カッ……ハアッ……」
「神の力を与えられし私に、貴方の攻撃は通じませんよ」
「な、にを……」
オレグは何とかそう言葉を返しながら、先ほど斬ろうとした男の右腕を見る。腕の部分の衣装は裂け、その隙間から男の肢体が覗いている。しかし、その見た目は白く陶磁のように染まり、凡そ人の肉体とは思えなかった。
「さて」
男はそう言ってオレグから視線を背け、先ほどから剣を構え、こちらを窺っていたテオドールと、その後ろに隠れるシンシア達……王族へと向けられた。
「お待たせいたしました」
「待て……グゥッ!?」
オレグは男の凶行を止めようと立ち上がろうとするが、先ほどの一撃のせいで立つことすらできなくなっていた。
「貴様は……何が目的なのだ」
テオドールはそんなオレグを横目に見ながら、男にそう問いかける。
「先ほどもお伝えしましたが、秘密です」
そう言って人差し指を口元へあてる男に、テオドールは軽い調子で言った。
「どうせなら冥途の土産に教えてほしいものなのだがな」
「ふふっ、残念です。貴方のように有能な人間を退場させなければいけないなんて」
とはいえ、と男は続ける。
「全ては神の御心のまま。運命であると受け入れてください」
「兄上……」
テオドールの後ろでは、シンシアがぎゅっと体をこわばらせ、それをクリストリアが抱きしめている。
今ここで戦えるのは、もはやテオドールただ一人だった。
(何としても、シンシアと母上だけは私が守って見せる)
それが王として、家長として果たすべき責務であるとの思いだけを支えに、テオドールは剣の柄を握りしめた。
「さて、それでは」
そう言って男がゆっくりと歩いてくる。
動乱から始まった戦いの終幕は、すぐそこまで迫っていた──。
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