第45話 王都動乱 その2
「そこまでだ! 愛しき祖国を陥れんとする逆賊どもめ!!!」
その余りに異様な言葉が聞こえた方向を見ると、ひとりの男がちょうどテオドールたちのいる場所の真正面……直線上にある建物の屋上に立っているのが見えた。
眼を凝らしてその様子を観察してみると、やはり何やらただごとではない雰囲気を感じる。
血走った目、やつれきった……というより、何かにとり憑かれたような表情でテオドールの方を見据え、右手で何かを握りしめているような様子だった。
「お兄様……」
気づけばミリスが俺の服をぎゅっと掴んで不安げな表情をしている。
「大丈夫。何かあっても俺が守るから」
「うん……」
そう言って俺の腰にしがみつくミリスの頭に手をのせながら、俺はその男から目を離さずに言った。
「ノア、レーナ。何かあったらまずは父上と母上、ミリスの安全を最優先に動いて。俺とエミリアは大丈夫」
「「わかりました」」
俺の言葉にそう答える二人。
「エミリアも問題ないね」
「はい……!」
エミリアの方も、いつ何が起こってもいいように弓に手をかけている。周りを見れば騎士団らしき人物が徐々に男のほうへと近寄っていくのが見えた。
「貴様! 何者だ! 今すぐ降りてこい!」
騎士の一人が男に向かってそう声をかける。しかし男の方はそれを耳を貸さずずっと立ち尽くしている。
(何か……何かがおかしい)
具体的に何かは分からないが、先ほどから俺の何かが警鐘を鳴らしていた。あそこにいる男の異様さ、そしてそこから発せられる奇妙な気配。それらが俺の心をざわつかせる。
「……俺はやれる俺はやれる俺はやれる………」
遠くにいるはずの男の、そんな囁きのような声が何故だか聞こえたきがした。
そして……
「聞けダリアの民よ! この俺が今から逆賊テオドールを討ち取り、お前たちの目を覚まさせてやろう!!!」
そう言って男が右手を強く握りしめる。そして──。
「なっ!?」
どこかから驚きの声が上がる。
そう。男が握りしめた拳の中から突如として光が漏れ始め、あるものが出現したのだ。
「魔法式……!」
エミリアが警戒を強める。
「ちッ!」
俺はすぐさま眼……旅の最中、名前がなくては不便だということで『解析眼』と名付けたそれを発動する。発動時に起こる目の奥がチクリと灼けるような感覚にも慣れ、俺は自分の意志でこの眼を使うことができるようになった。とはいえ相変わらず見えるのは魔法式と、その魔法式に刻まれた魔紋の意味くらいのものだったが。
眼を凝らし、男が展開する魔法式を視る。
すると──
(何だアレは?)
そこに記された魔紋は、まるで男の様子と同じように異様という他なかった。
『降臨』、『器』、『創造』……これまで見てきたどの魔紋とも全く異なる、まるでその意味を推測できないほどの異様な魔紋が、あの魔法式には刻まれていた。
そして極めつけは……
(読めない……とはね)
魔法式にまず間違いなくあるはずのモノ……ある意味魔法式の『核』とも言えるソレが、この眼をもってしても読み取ることができなかったのだ。
その魔紋とは、(おそらくだが)属性を司るであろうモノ。
本来魔法式には、それぞれに属性を司る魔紋が刻まれている。地属性の魔法であれば『地』の魔紋が。水属性の魔法であれば『水』の魔紋が……といった具合に。
だが男の展開する魔法式に、それらは見当たらなかった。唯一それらしきものがあるとすれば、先ほどの『読み取れない魔紋』しかなかったのだ。
(あの魔法がどんなものかが全く読めない以上、今はとにかく何が起きても対処できるように冷静に状況を見るしかない)
俺はそう判断し、エミリアにも伝える。
「まさかカイルさんにも分からない魔法式なんて……」
エミリアには『眼』のことは伏せており、ただ魔法に詳しいということにしている。だがそんな俺でも分からない魔法が今目の前で使われているという状況だけは伝わったようだ。
「とにかく警戒するしか……!?」
俺がそう言葉を続けようとしたその時だった。
「ふ、ふははははははは! すげぇ! これが! これがぁぁぁぁ!」
男が絶叫するように笑う声が聞こえる。
見れば男の体は光に包まれ、一目みただけでただならぬ起こっていることは分かった。
俺たちも、そして男を取り囲む騎士たちもその男の様子に警戒を強める。
しかし──……。
「これで! これでテオドールを! この国を! この俺がッ!?」
突如男は声を詰まらせ、そして喉を掻きむしり始めた。
「アがッ!? アァ、ヤ……ヤダ……ヤめ、メェロォォ、……A、Gaaa...」
そしてその声は、次第に人とは思えないモノへと変質していく。そして──
「Gaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」
突如咆哮を上げる男。しかしその身体も声と同じく異質なものへと変貌を遂げ始めていた。
先ほどまで色黒に見えた肌は陶器の如く白く染まり、さながら大理石の彫刻のように石材質の光沢を含み始め、更にその眼は白く塗りつぶされ、口や眼からは白い液体のようなものが溢れ出している。
男の体からはぼたぼたと白い水のような液体が滴り始め、ついには。
「Ga!? Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!?」
その口元から手が生えてくる。男の身体と同じ彫刻のような見た目のその手は天を掴むように男の口元から伸び、更にその腕の上腕からさらに腕が、気づけば男の脚からも同じように腕が……。
そうして次々と大小さまざまな腕が生み出されながら男を飲み込んでいく。
「なんですか、アレは……」
エミリアもそのあまりの異様さに顔を引き攣らせている。
そう。ソレは最早生物と言っていいのかさえ分からない変身といえた。
そして……
目の前に大樹が生まれる。
しかしそれは大樹のような形をしているだけだ。彫刻のような手が枝葉のようにしなり、太い幹の部分は腕が折り重なるようになってできている。そしてその中心には、先ほどの男がまるで心臓のように埋め込まれながら、かろうじて人の形を保っていた。
一体これは何なのか。攻撃なのか。どういった効果なのか。
俺はまだその正体を掴むことはできなかった。しかし、
「きゃああああああああああああああ!?」
突如群衆の中から上がった悲鳴により事態は動き始める。
悲鳴の方向を見れば、何やら白い……あの大樹モドキと同類のような生き物が人々に向かってその手に持った刃を振り下ろしていた。
ぶしゅりという生々しい音と共に血しぶきが上がる。
人型を成し、崩れかけた天使の羽根のようなものをはやした歪なソレは、まるで前世の世界で見た天使の絵の、そのなりそこないのようだった。
「Ga...a....」
うめき声をあげながらソレは無差別に市民を攻撃し始める。しかし、
「第二隊は市民を退避させろ! 第一隊は私とともに奴を攻撃する!」
騎士隊のリーダーらしき男がすぐさま指示を飛ばし、それに従って騎士が避難誘導を始める。
「みんな! とにかく今すぐここから離れて」
「お前はどうするんだ!?」
俺の言葉にジューダスが聞き返す。
「俺はここに残って騎士たちの援護をします」
「わ、わたしもカイルさんについていきます!」
俺の言葉にエミリアが追随する。
「し、しかし……」
「あなた」
渋るジューダスの肩にマイナが手を添える。
「息子を信じましょう。大丈夫、カイルはあのジルさんの弟子なんですから」
「……そうだな。カイル、エミリアさん。絶対に無事で戻ってくるんだぞ」
「「はい!」」
そうしてジューダス、マイナ、ミリス、そしてノアとレーナは避難誘導を行う騎士に従ってその場を離れ始める。その向こうを見れば、テオドールたち王族も騎士団長オレグに付き添われて退避を始めたようだ。
(よし……)
ひとまず家族の安全は騎士、それにノアとレーナがついていれば大丈夫だろう。俺は改めて目の前の存在に目を向ける。
大樹モドキは、依然として異様な雰囲気を発しながらそこに存在した。しかし、その枝のように生えた腕の先……白い手からごぼごぼと、先ほど男から溢れ出していたのと同じ白い水を滴らせている。
そしてそのしたたり落ちた先を見ると──。
「な──……」
白い水たまりから、先ほど市民を攻撃したのと同じ天使モドキが生み出されていた。
(どうやら猶予はないな……)
おそらくあの大樹モドキはこの怪物たちの製造装置としての役割も兼ねているのだろう。であればアレを潰さない限り延々と怪物が生み出されかねない。
俺と同じくその様子を見ていた騎士たちも、どうやら攻撃を大樹モドキへと絞ったようだ。一斉にその根元へと向かっていくのが見える。
「エミリア、行ける?」
「いつでも!」
エミリアが弓を構え、答える。
俺はソレを確認し、剣をゆっくりと引き抜いた。
「さあ、いくぞ!」
そうしてかつてない戦いが幕を開けた──。
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「いやぁ、やはりあの男では神の恩寵をその身に受けきれませんでしたか」
そう呟くのは、王都ローゼンの中心……カイル達が今まさに戦っている大広場から少し離れた場所にある鐘楼の近くに立つ、白いフードを被った男だった。
そしてそのフードの隙間から見え隠れする顔は、まさしくあの路地裏で男に力を与えると囁いていた人物だった。
「まぁ、あの程度の男では当然と言えば当然ですが。とはいえきっと彼も神の偉大さをその身で感じることが出来たことに幸運を覚えていることでしょう」
そう嘯きながら男は、さて、と呟く。
「私の方もそろそろ仕事に取り掛からなければいけませんね」
この、王都動乱という舞台の役者はあの哀れな男だけではない。自身もまた、この舞台に華を添える役者の一人なのだ。
「王族の皆さんには別に恨みはありませんが」
男はゆっくりと、悠然と歩き始める。
そして、
「我らが信仰のために、犠牲となってもらいましょうか」
そう、天にむかって呟くのだった──。
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