第43話 嵐の前の静けさ その2
「やあ、お待たせしたね」
それからしばらくして、ようやくその人物は現れた。
丸眼鏡に癖毛が特徴的な、優し気な風貌の男。おおよそ、冒険者という荒くれた人間の多いギルドには似つかわしくないその男は、俺たちの前にくるとゆっくりと腰を下ろした。
「そういえば自己紹介していなかったね。僕の名前はニコラ=フレイス。このローゼンの冒険者ギルドマスターをしている」
よろしく、と差し出してきた手を握り、俺たちも自己紹介を始める。
「コスター出身のカイル=ウェストラッドです」
「の、ノアード王国からきました、エミリア=フォーセットです!」
「うんうん、よろしくね」
朗らかにそう答えると、ニコラはそのまま言葉を続ける。
「といっても、実は君たちのことは既に知っていたんだけども」
「そうだったんですか?」
俺が聞くと、ニコラは顎に手をあてて答えた。
「そりゃあ、単独でマーダーウルフを撃破した新人冒険者とそのお仲間さんでしょ? 有名だもの」
「ほえっ!?」
ニコラの言葉に俺より先に驚くエミリア。俺はそのまま彼に質問を続けた。
「ルダスの冒険者ギルドから情報が共有されていた感じですかね?」
「その通り。僕ら冒険者ギルドは国家や都市に縛られない独立した組織だから、縦と横の連絡は国を跨いでも柔軟に行える。君たちの活躍についてはすぐに連絡が入ったよ」
「なるほど……」
こちらの正体を知られていたというならば話は早い。少なくとも俺たちが素性の分からぬ輩ではないことをきちんと把握しているということだ。ならばその説明の手間が省けたことをまずは喜ぶべきだろう。
俺は、ニコラの方を見ながら更に質問を続けた。
「俺たちのことを知っていた、ということは、ここに呼ばれたのは単純に『お叱り』ですか? 先ほどの騒ぎの」
俺がそう聞くと、ニコラは「んー」と言いながらそれに答えた。
「正直、それについては特に僕から言うことはないよ。君もあの時言っていたけど、『冒険者は自己責任』だからね。もちろん殺し合いにまでなりそうだったら話は違ったけど、今回はあくまで小さな喧嘩みたいなものだ。そんなところにまでギルドが干渉するつもりもないからね」
どうやらこのニコラというギルドマスター……というより冒険者ギルドはそういう面で割とドライらしかった。まぁ、冒険者なんて存在をガチガチのルールで縛ろうなんていうのも余計な軋轢を生みかねないし、「放任主義」が基本なのだろう。
(しかし、となるとだ)
俺は頭に浮かんだ疑問をそのまま口にする。
「ではなぜ俺たちは呼ばれたんでしょう?」
「あ、たしかに……」
俺の言葉にエミリアも同調する。
素性の確認でも、先ほどの騒ぎのお咎めでもない。となると何で俺たちは呼ばれたのか。
「それは勿論、君たちと話をしてみたかっただけだよ」
「……なるほど」
「…………はぇ」
俺は少し拍子抜けして。エミリアは少し間の抜けた返事をする。そんな俺たちの反応を見てくすりと笑いながらニコラは続けた。
「さっきも言ったけど、特にカイル君。マーダーウルフを単独で撃破した君は冒険者ギルドの上の方でも少し話題になっていてね。なにせこれまで全くと言っていいほど話を聞かなかった人物だ。そんなどこの誰とも分からぬ人物が突然現れ、冒険者になりたいと言い、ついでのようにマーダーウルフという凶悪な魔獣を倒してのけた……。それに何よりまだ子供だしね」
「実際カイルさんは凄い人ですからね!」
エミリアが何故か自分のことのように誇らしげにそう言うと、ニコラは笑いながら続けた。
「ははは! まぁそういうわけで今話題の人物と話をしてみたかったっていう、単純な好奇心さ。拍子抜けかな?」
「まぁ、多少は。ただ怒られるよりはマシなので」
「正直だね。……とはいえこうして少し話をしただけでも大分君たちの人となりは分かってきたよ。少なくとも悪い人じゃないし、さっきの剣筋から見てマーダーウルフの件もデマというわけでもないだろう。それが確認できただけでも今日のところは大収穫かな」
どうやらこのニコラという男は先ほどの騒ぎの最初の方から俺のことを見ていて、それでいてあのタイミングまで待っていたらしい。それにこれまでのやりとりも俺たちがどういう人間か確認するため……。
(結構したたかな男のようだな)
伊達に冒険者ギルドのマスターをやっているわけではないようだ。と、俺はニコラという男の評価を改めることにした。
「さて、大したおもてなしもできないけれどせっかくこうしてお話する時間が出来たんだ。元々何か用事があってギルドに来たんだろう? 僕で答えられることであれば答えるよ」
ニコラはテーブルに置いてあった紅茶に口をつけながらそう言った。
俺はお言葉に甘えてここに来た目的から説明を始めるのだった──。
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「なるほど、リースタリア公国についての情報を求めて、ね」
「はい」
俺はこれから自分たちがリースタリア公国へと向かうこと。かの地は過酷な土地も多いということで何か対策や準備は必要か知りたかったということ。そして最後に、『氷獄公』についての情報を求めていることをニコラに話した。
一通り話を聞いたニコラは、「ふむ」と少しの間考え込むと、部屋の外に向かって声をかける。
「ごめん、誰かいるかな?」
「はい、どうかなさいましたかマスター」
すると外に控えていたらしいギルドの関係者が顔を出した。そしてニコラはその女性に指示を与える。
「確かさっきまで『双鷹』の二人が酒場の方にいたよね? もしまだいるようだったら彼らを呼んできてくれるかな?」
「承知しました」
ニコラに指示された女性は一礼し、部屋を出ていった。
俺は何のことかとニコラに質問する。
「あの、『双鷹』っていうのは?」
するとニコラは「あぁ」と反応して説明してくれた。
「『双鷹』はとある二人組の冒険者の通り名みたいなものかな。彼らは金級冒険者で経験も豊富でね。あちこちを周っているから、色々とアドバイスしてくれると思ってね」
「なるほど」
何といっても世話焼きだから、と付け足しながら、ニコラは『双鷹』について話してくれた。それならば何か知っているかもしれない。
俺とエミリアは大人しくその二人が来るのを待つことにするのだった。
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「おうギルドマスター、何だよ用事ってのは。こっちも暇じゃねぇんだぜ」
「さっきまで酒場で飲んだくれてたくせによく言うわね」
「うっせぇぞオリヴィエ! ああして酒場にいることで情報収集を──」
「あーはいはい。わかったわかった。それでニコラさん、私たちに何か用事が?」
そんなやりとりをしながら部屋へと入ってきたのは、ガタイの良い大柄な男と、それと正反対の細くしなやかな肢体を持った長髪の女性だった。
「やぁ二人とも。ごめんね急に呼び立てて。実は経験豊富な冒険者である君たちに、新米冒険者へのアドバイスをしてほしいと思ってね」
「新米冒険者ってぇと、そこの……あ! お前さっき酒場で騒ぎおこしてた!」
「ほら! やっぱり変な風に覚えられちゃってますよカイルさん!
ぎゃーぎゃーと騒ぐ男とエミリアと、俺と連れらしき女性が宥めると、仕切り直しとばかりに互いの自己紹介が始まった。
「あー、ごほん。改めてだが、俺の名前はデックス=ルーダルカ。金級冒険者で、『双鷹』っつー通り名で仕事してる。そんでコイツが」
「オリヴィエ=ウィンザー、デックスと同じ金級冒険者よ。よろしくね」
そう言って手を差し出す二人と握手しながら、俺たちも挨拶をする。
「カイル=ウェストラッドです」
「エミリア=フォーセットです!」
そうして互いの挨拶が済むと、さっそくといわんばかりにデックスが話始めた。
「なぁギルドマスターさんよ。このカイルとエミリアってあれだろ。ルダスの……」
「ご名答~」
「ハァ、やっぱりな……」
「あの~……私たちってそんなに有名になっちゃったんですか?」
悪い意味で、と言外に含みながらエミリアがおそるおそる尋ねると、デックスは首を振りながら答えた。
「いや、そういうんじゃねぇから勘違いしないでくれ。ただマーダーウルフを倒した謎の男とその連れ……情報通な冒険者の間じゃ少し噂になってるだけだ。少なくとも悪い意味じゃあねぇさ」
「よ、よかったです……」
「アンタってやつは……もう少し気をきかせて話しなさいよ」
「いでっ」
エミリアの様子をみてオリヴィエがデックスを小突く。いいコンビのようだ。
「まぁそんな話はどうでもいいか。それで、二人は何について聞きたいんだっけ?」「はい、それが──……」
そうして俺は、先ほどニコラにした話を二人にも説明した後、デックスとオリヴィエはそれに対する回答として、リースタリア公国までの行き方や対策、その他幾つかの情報を俺たちに共有してくれた。
ちなみに二人は過去に一度だけリースタリア公国に行ったことはあるらしく、当時使った宿や寄った方いい場所なども教えてくれた。
ただ、『氷獄公』に関する情報については二人も寡聞にして存ぜず、らしかった。これに関してはまぁ、この先の旅で自分たちで調べるしかないだろう。
「助かりました。ありがとうございました」
「あ、ありがとうございました!」
一通り話が終わり、俺とエミリアは『双鷹』の二人に礼を言う。
「別にいいってことよ。冒険者は助け合いしてナンボだろ」
「とか言って、コイツ内心すごい喜んでるわよ」
「う、うっせぇぞオリヴィエ! さっきから一言余計なんだよ!」
「はいはい。それじゃあ二人とも、それにギルドマスター。私たちも明日の準備があるからこれくらいで失礼するわね」
そう言ってデックスを連れて部屋を出ようとする二人にニコラが声をかけた。
「あぁ、二人も明日の式の見回りを?」
「えぇ、割の良い仕事だからね。それにちょうど予定も空いてたし」
「見回りって?」
エミリアがそう聞くとオリヴィエが答える。
「明日は王室絡みで色々と式があるでしょ? 当然だけど王族の方々が外に出て行事をすることになるから普段以上に街の安全を確保する必要があるのよ。とはいえ街の騎士団や衛兵だけじゃとてもじゃないけど全体を常に見張り続けるのは難しい……。だから式典会場から離れた場所とか、重要度の低い場所の見回りを信頼とか実績のある冒険者に任せるってやり方をとるわけ」
「なるほどぉ」
「あら、貴方たちも式を見物に行くの?」
てっきりすぐにでも北へ向かうものだと思っていたらしいオリヴィエがそう聞いてきたので俺が答えた。
「いえ、一応身分的に式に参加しなければならないので。勿論身分に関係なく弔意はあるので参加するつもりですけどね」
「身分って……貴方、王族の方ととどういう関係?」
「あー……ここから南にあるパルマ領の領主が俺の父でして、それで」
「……ねぇデックス。もう少しこの子達に恩売っておいたほうがいいんじゃないかしら」
「お前ってやつは全く……。おらとっとと行くぞ!」
「もう!」
そう言って今度はデックスがオリヴィエを連れるようにして今度こそ部屋を出ていく。
去り際、
「おうカイル! エミリア! 今度会ったら、酒でも飲みながら旅の話を聞かせてくれや! それじゃあな!」
あの子たちまだ子供でしょうが! とオリヴィエに突っ込まれながら、デックスはそう言って手を振りながら去っていったのだった。
「それじゃあ俺たちもそろそろ」
デックスとオリヴィエが去るの見届けた俺とエミリアは、後に続くようにして立ち上がった。窓の外を見れば、もうすでに陽が暮れ始めている。いつの間にか結構な時間が経っていたようだった。
「そうだね。そろそろ良い時間だ、この辺りでお開きとしようか」
そう言ってニコラは同じように立ち上がり、続ける。
「時間をとらせてすまなかったね。ただ何か収穫はあったかな?」
「えぇ、とても」
「それはよかった。また暇ができたらギルドに来なよ。今度は依頼でも受けにね」
勿論お話をしに来るだけでもいいけど、と笑いながらニコラが笑いながら言う。
「それじゃあ、これで」
「し、失礼します!」
「うんうん、またね」
こうして俺たちはいくつかの情報と出会いを土産に、家族たちの待つ宿へど向かうのだった。
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