第42話 嵐の前の静けさ その1
「わぁー!」
「すごいですねー!!」
ローゼンへと降り立ってまず最初に出たのは、ミリスとエミリアの感嘆の言葉だった。
慌ただしく行き交う冒険者、行商人、住人……。がやがやとした喧噪と活気は、数年前に訪れた時と何も変わってはいなかった。
「ミリス。はぐれないように私たちの傍についていなさい」
「はい!」
ジューダスにそう言われたミリスは、マイナの手をしっかりと握りしめて歩き始めた。俺もふと横目にエミリアを見て、
「エミリアも気を付けてね」
と言うと、
「ちょ、ちょっとカイルさん! 私これでもカイルさんと同い年なんですから子供扱いしないでください!」
とぷんすか怒っていた。
「カイル。以前ここに来た時に泊った宿は覚えているか?」
「えぇ。大丈夫です」
「そうか。私たちはこのまま宿に向かうが、二人はどうする」
「そうですね……」
諸々の式は明日執り行われる予定なので、今日一日は開きがある。となると今王都で出来ることといえば……。
「情報収集もかねてローゼンの冒険者ギルドに顔を出してみようと思います」
「わかった。少なくとも夜までには戻るようにな」
「わかりました。それでは!」
「あ、し、失礼します!」
「いってらっしゃーい!」
ミリスの挨拶と共に見送られながら、俺はエミリアと共にローゼンの街中へと歩き出した。
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「わぁ……やっぱり王都ともなるとすごいですねぇ」
「だね」
周囲を行きかう人の量も、立ち並ぶ建物の密度も、そのどれもがコスターや、あるいはルダス等とは比べ物にならない。そういう意味でもエミリアの言葉はまさにその通りだった。
「カイルさんは以前にここに来られたことがあるんですよね?」
「まぁね。とはいえ小さい頃の話だし、その時は時間もなくて王都を周ることなんて出来なかったから実質これがはじめてって感じかな」
「ほへ~」
とはいっても『大きな都』自体は他の地で訪れたことはあるので、ある意味耐性というか、周り方のようなものは分かっているつもりだ。
俺はひとまず道行く人に声をかけて冒険者ギルドの場所を聞くと、その情報を頼りに歩き始めた。
しばらくして無事にローゼンの冒険者ギルドへ到着した俺たちは、さっそくその扉をくぐった。
そして目に飛び込んできたのは、人・人・人……。おそらく冒険者らしき人々が、ところせましと歩き回る圧巻の光景だった。
広々としたロビーと、空間をまたいで存在する酒場。そのどちらもがルダスの倍以上はあろうかという規模だ。そしてそんな広さの空間にも拘らず肩がすれ違うほどの密度の人がいるのだ。これを圧巻と言わずして何といえるだろう。
「わわわっ」
エミリアもその人込みに流されそうになるのを必死で踏ん張っていた。
ともかくこれだけの人ならば、色々と情報収集もできるだろう。
俺は流されていくエミリアの腕を掴んで引き寄せ、さっそく酒場の区画へと足を踏み入れた。
「いらっしゃい。何にする」
「水と軽くつまめるモノ」
「あ、私も同じもので」
「はいよ」
俺たちはテーブル席に腰掛けると、マスターに注文をつける。酒場ではあるが周りを見る限りは他のギルド併設の酒場と同じように食堂としての役割もこなしているようだ。
そうして持ってこられた食事に手を付けようとすると、不意に後ろから声をかけられた。
「なんだァ? お子様がこんなところに何の用かな?」
振り向けば柄の悪い男数人が俺たちを取り囲むように立っていた。
「何の御用ですか?」
俺が全力の笑顔でそう問いかけるが、男はそれを無視してエミリアの方へ声をかけた。
「なぁネェちゃん。こんななよなよした女男より、俺たちと食べようぜ」
「そうだァ。なんでも奢っちゃうし、知りたいことなら何でも教えちゃうぜ? それとも教えるのはベッドの上の方がいいかな? ヒャヒャッ」
「あー……そういうのいいです」
酷くテンプレな下種男たちを見たエミリアは真顔でそう返す。普段はおっちょこちょいな彼女だが、曲がりなりにも男社会の気風の強い冒険者稼業に身を置いているだけあってこの手の手合いは慣れたものだった。
普通はこれで話は終わるのだが、今回の相手は面倒なやつらだった。
「そんなこというなよお嬢ちゃん」
「生意気な子だなァ……少しお説教が必要かな?」
これ以上は(面倒すぎて)構ってられない。
俺は以前ジルに教わった、『ジル様流、面倒なやつに絡まれた時の対処方法』を実践することにした。
「はぁぁ……」
俺は連中も気づく程度に大きなため息をついた。
するとようやくこちらの存在を認識したリーダー格らしき男が顔を向ける。
そして、
「なんだァ!? てめぇには用はねぇからさっさと消えウゴァ!? アが……」
俺は男の反応できない速度で腰に差していた剣を引き抜き、男の口の中にその先端を差し込んだ。カチカチと金属と歯とがあたる音がする。
「しゃべらない方がいいし、動かないほうがいいですよ。間違って喉斬っちゃうかもしれませんし」
「アが……ガ……」
「て、てめぇ! なにしやがる!」
俺の突然の行動にワンテンポ遅れて取り巻き達が怒鳴り、剣を引き抜く。
だが俺はそいつらを無視して、努めて冷静に自らが剣先を突き刺しているリーダー格の男に問いかけた。
「今の、見えましたか?」
「ア………? ァガ……ッ!?!?」
「見えたか、と聞いているんですが」
「──!!」
刃先が当たらないように小刻みに首を横に振る男。俺はその反応に満足して続けた。
「冒険者の基本は自己責任。つまり口説く相手を間違えて、半殺しにされても自己責任。『アタシを口説きたきゃヤル気より殺られる気で来い』……これ俺の師匠の言葉なんですけどね?」
「ひっ………」
俺の様子に怯えて後ずさる取り巻き達を無視して俺は続ける。
「ねぇ、貴方はどうしたいですか? このまま剣を突っ込まれて自分の血に溺れて死にたいですか? それとも何もなかったことにしてここを去りたいですか?」
「──!! ──ッ!!」
後者だ、と言葉を発せないままに男はそう意思表示する。俺はにっこりと笑って剣を男の口から引き抜いた。
「カハッ──! ハぁッ」
「よくありますよね。こういう展開」
「え……あ………」
俺はもう目の前で何が起こっているのか分からないといった様子の連中に語り掛ける。
「『さっきはよくもやってくれたなー、お返しだぜー』ってあとで報復するやつ。知ってますか?」
「え、あ、はひ………」
最早完全に敵意を消失したリーダーの男に俺は質問を続ける。
「でも馬鹿だなーって俺は思うんですよね。だってそういうのって基本その前の場面でめちゃくちゃにやられてるわけじゃないですか。つまり実力に明確な差があるわけですよ。それなのに大抵は戦力を多少増やすとかだけで、ほとんど何も考えずに復讐してやろうとか言ってるわけですよね?」
「あ………は……」
「貴方はどっちですか?」
「い………」
答えようとする男を遮って俺は最後にもう一度だけアドバイスする。
「一応言っておきますけど、次ちょっかいかけてきたら今度は分かってますよね?」
そう言って俺は、鞘に戻した剣をカチリ、カチリカチリと抜き差しして音を立てる。
「す、すみませんでした!!! お、お前ら………い、行くぞっ!!!」
「あ、あぁ……」
「ひぃッ……」
そうして男たちはドタドタと走ってギルドを出ていったのだった。
エミリアは横でかなり引き攣った顔をしているが、男に迫られた恐怖によるものだろう。決して俺が原因ではないはずだ。
めでたしめでたし。
「君、僕のギルドの中でなかなか派手にやってくれたじゃないか」
……とは、いかないようだった──。
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「……さすがに今回ばかりは私も擁護できませんからね、カイルさん」
「やっぱりあの人のやり方はいらぬ争いを生むね。反省反省」
「まるで反省している様子がない……」
がくりと項垂れるエミリアと俺は今、先ほど声をかけられた人物に冒険者ギルド内のとある一室へと連れられ、その室内にあるソファに腰掛けていた。
そして俺らを連れてきた当の本人は、「ちょっと用事があるので待っていてくれ。すぐ戻る」といって部屋を出ていった。
なのでこうしてエミリアと二人手持無沙汰になりながら待っているわけである。
「いやね、でもあそこはああするしかなかったんだよ」
「……どういうことですか」
ジト目でこちらを見つめるエミリアに俺は説明する。
「あの手の輩は中途半端に追い返すと絶対に根に持って後から付け回してくるんだよ。だから大切なのは、初っ端で格付けを済ませちゃうこと。心の底から『二度とコイツらには近づきたくない。近づいたらヤバイ』って思わせれば安心でしょ?」
「それ、つまり私たちがヤバイ奴って思われたってことですよね」
「まぁ、そうかもね!」
あはは! と笑いながらそう答える俺を見てエミリアは落ちていた肩を更にガクリと下げて項垂れた。どうやらもう何も言えないらしい。
(ジルもよく『冒険者は舐められたら負けだ!』ってよく言ってたしな)
聖銀級冒険者という大先輩であるジルの言葉を信じて行動しただけなので、何かあったら今度文句でも言えばいい。そう言い訳しながら俺は件の人物を待ち続けるのだった。




