第41話 国王の死と暗躍する影
ここから第3章がはじまります。
引き続きどうぞよろしくお願いいたします。
「国王陛下がお亡くなりになるとは……」
報告を受けた後、伝令に承知した旨を伝え帰したジューダスとそれを見守っていた俺たちは、リビングに集まっていた。
「たしかに、最近は国王陛下も体調を崩しがちだったと聞きますし、何よりもう随分なお歳でいらっしゃいましたから仕方ないのかもしれませんが……」
横でそう呟くマイナにジューダスも頷いた。
「あぁ。最近は表に出ての政務はテオドール王子に任せて、自身が表に出ることはなかったといえばなかったが……やはり、いざこのような話を聞くと信じがたい気持ちが大きい」
──ランドルフ=フォン=ダリア。
ダリア王国の国王にして、『賢王』の異名で知られる名君。
俺も幼少の時に魔道具の件で会ったことはあったが、その第一印象は異名通りの切れ者で理性的な人物といったものだった。
俺はふと疑問を両親に向かって投げかけた。
「しかし実際、現在の政務はテオドール王子がなされているということはそこまで市井に混乱や不安が広がるということもないのでは? 実際私が知るテオドール王子も国王陛下と同じくかなり優れた人物だった印象ですが」
「え、カイルさんって王子と知り合いなんですか?」と冷や汗をかきながら隣のレーナに聞いているエミリアを後目に、ジューダスが答える。
「その認識は間違いないだろう。実際私も王子はよくやっていると思うし、政務の引継ぎも問題なく行っていたという話を王宮の知人に聞いていた。……ただ、問題はかの王の名声やその存在にあるだろうな」
「というと?」
「簡単に言ってしまえば国王陛下は周辺国からも一目置かれる存在だったのだ。過去に起きた数多の戦を経てなお、今日の中央大陸諸国がある程度まとまっていたのは、かの王の力によるものが大きい」
それは確かに憂慮すべきことだと俺も思った。
補足すると、この世界には代表的なものだけで言えば大きく四つの大陸がある。
まずはダリア王国を含めた諸国が存在する、世界最大の大陸である『中央大陸』
二つ目が、主に獣人族と呼ばれる種族が治める国が点在する、東部の『アケイア大陸』。
三つ目が、この世界における最大宗教、『カーナ教』の総本山がある南東部の『ルナール大陸』。
そして最後、魔獣や魔人と呼ばれる凶悪な存在が跳梁跋扈する未知の大陸……北東に位置する『魔大陸』。
他にも小さな大陸はいくつかあるが、政治的、地政学的な影響を相互に受けあっているのは大きく分けてこの四大陸だろう。
そして、ランドルフ=フォン=ダリアという存在は、そんな他大陸からの干渉に対して中央大陸で結束し対抗するための、あるいはジューダスの言うように過去の確執を超えて中央大陸の諸国がまとまるための中心人物だったというわけだ。
それに他大陸からの脅威という点でパッと今思いつくだけでも、魔大陸からやってくる魔獣の脅威の対処などが挙げられるだろうしな。
とはいえ、他にも俺の知らない問題はあるだろう。
そしてそんな中で御旗を失ったとなれば……。
「今まで影を潜めて機会を窺っていた勢力が、一斉に動き出す……」
「その可能性も、考えられるな。とはいえ喫緊の脅威といえるのは魔大陸からの脅威への対処あたりになるだろう。中央大陸北東にあるダルガナ……魔大陸からの脅威に対抗する最前線は、各国合同での戦いだからな。そのとりまとめがどうなるか……」
いやはやまた難儀なものだ、とジューダスはこめかみを抑えながらうなった。確かにこれからしばらくは、かなり繊細な時期が続くことになることは俺でも想像できる。
とはいえ、このような事態が起こってしまったからには俺たちの今後の動きも見直す必要がある。というのも……
「あ……話は変わっちゃうんですが、国王陛下がお亡くなりになられたということはそのご葬儀や王子様の王位継承の儀式のようなものが近いうちに執り行われるのですかね?」
エミリアが俺の疑問を代弁してくれ、その質問にジューダスが頷く。
「その通りですな。おそらく近いうちに改めて王国全土に知らせが届くことになるでしょう。当然臣下たる我らも同席すべきです。おそらく過去の歴史を鑑みるに、今から準備をしても良いくらいには早くにも」
「ということは……」
どうしましょう? といった表情でこちらを見るエミリアに俺は答えた。
「予定変更だね。さすがに参加しないのは外聞も悪いし、何より俺自身国王陛下やテオドール様にはお世話になったことがあるから」
「やっぱりカイルさんって何者ですか……?」
ますます目が点になるエミリアをよそに、俺はこれからの予定について再び考え始めるのだった──。
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それから幾日か過ぎて、ジューダスの言葉通り使者から改めて式の開催を通達された俺たちは王都へと向かっていた。
今回は、以前俺が王都へ行った際とは違い家族総出での出立となった。
ちなみにノアとレーナは従者として、エミリアは流石に一人で残すのもアレなのでウェストラッド家の客人として今回の行事に同行することになった。
とはいえ流石に何日も領地を開けることもできないのは前回と同じなので、一連の行事が終わり次第家族はコスターへと戻り、俺とエミリアはそれに同行せずそのまま別れを告げて北へと向かう予定だ。
そんなわけで今現在、俺たちはガタガタと馬車に体を揺られながら王都への道を進んでいる。
(そういえば初めて馬車に乗ったときはしんどかったなぁ)
あの時は手持無沙汰になりながらも尻の痛みに耐えかねて何度も重心を左右に変えていた記憶がある。流石に今はそんなのは慣れたものなのだが。
とはいえ他の面子も(ミリスを除いて)慣れた顔つきで各々くつろいでいた。ミリスは先ほどからずっとうずうずとしていたが、それに気づいたマイナが自身の膝の上に彼女を乗せていた。
(ジューダスよ、これが母の優しさというやつだぞ)
などと見当違いの恨み言を心の中で呟きつつ、俺は馬車の外を眺めた。
そうして馬車を走らせてしばらく。
俺たちは再び王都ローゼンの地へと降り立つこととなった……。
▼
カイル達がローゼンを訪れるより幾日か前。世闇がすっかり王都を支配したころ。
とある路地にある酒場で酔っ払いたちによる、議論とも口論ともつかない言葉の応酬が飛び交っていた。
その内容とは、「ランドルフ国王はテオドール王子によって殺害された」というおよそ真実とも思えぬ陰謀論について。
ランドルフの死去と共に僅かばかり広まったその噂話は、しかしあまりの現実味のなさゆえにすぐに多くの人々の間から忘れ去られていた。
しかし国王の知名度や人気ゆえか、あの王がただ死んだとは思いたくない者たちは、こうして答えの出ない問いについて話しあっていたのだ。
「やっぱりよぉ、俺ぁあの国王陛下がただ死ぬなんてわけねぇと思うんだよ! きっと何かの謀略によって陥れられたに決まってんだ!」
「だからそんなわけねぇだろうが。ほっといてもあのまま王子が国王になってたのにそんなことを……」
「だぁから! 一刻も早くその座につきたいがための生き急ぎだっつってんだよ!」
そんな噂話を信じ、真実だと言って憚らない男と、それを宥める男。その議論は、宥めていた男が投げ出す形で終了することになった。
「ったく、話にならねぇ。お前も酔い過ぎだ。今日はお開き! 家で頭冷やしてこい」
「んだとぉ?」
納得いかないと食って掛かろうとする男をひらりとかわして、宥めていた男は去っていく。
「ちっ……どいつもこいつも騙されやがって……」
しかし男は酔ってはいたがこの噂は真実だと信じて疑っていなかった。その理由は彼自身がランドルフという存在に対して妄信に近い感情を持っていたからという他ないだろう。
男が誰もいない路地を歩く。だが、何故だか今日は酒で火照っているはずの体が芯から凍るようなそんな空気がする。
「ちっ……」
気味の悪さを感じながら舌打ちした男が、覚束ない足取りで路地を足早に駆け抜けようとしたその時だった。
「──貴方のおっしゃっていることは真実ですよ」
「……は?」
不意に後ろから男の声がする。振り返ればそこには、柔和な笑みを浮かべた青年が立っていた。
王都の夜の、薄汚い路地に全く似つかわしくない清潔感のあるその青年は、もう一度確かめるように繰り返す。
「貴方のおっしゃっていることは真実です。私は貴方のことを信じております」
「な、なにいってんだ……」
思わずたじろぐ男に青年は続ける。
「何を驚いていらっしゃるのです。かの偉大なりしランドルフ国王が最愛の息子テオドール王子に裏切られ殺された……。その話をこの王都の愚かな民衆たちは誰も信じませんが、私だけは、貴方の言っていることが正しいと理解しています」
その言葉は、まるで蛇のようにするりと男の心の中に入り込んでいった。
青年は続ける。
「かの王がただ死ぬ? そんなことがあるはずがないのです! あの方は偉大なる生き様を刻み、偉大なる死を遂げる運命を背負ったお方だ。にも関わらずこのような呆気ない……これは何者かの策謀に違いない!」
青年が大きく手を広げ、確信を持った顔つきでそう嘯く。
「そ、そうだ! ようやく俺の話をまともに聞いてくれる奴が出てきやがったぜ!」
「えぇ、えぇ……私は貴方のただ一人の理解者ですとも」
「そ、そうか………」
気づけば男は、完全に青年のことを信じ切っていた。
本来であればこんな場所で、こんな時間に現れた不審な輩のことなど信用するはずもないのに。
とはいえ所詮はただ陰謀を信じる者が一人から二人に増えただけ。
精々議論の相手が一人ふえただけだ、と。男はそう思っていた。
しかし。
「ねぇ、知っていますか?」
「な、なんだ……?」
「近いうち、国賊テオドールがランドルフ国王の葬儀と王位の継承を執り行うそうです」
「あ、あぁ……そうらしいな……」
「黙ってみておられるおつもりですか?」
「え……?」
それは悪魔のささやきだった。決して乗ってはいけない言葉、耳を貸してはいけない言葉。
「どういうことだ……?」
男は聞いてしまう。まるでそうせざるを得なかったかのように。
「この王国にはもはや、テオドールを疑う者など誰一人としていない。否、貴方だけなのです。貴方だけが、国賊テオドールの野望を止め、ランドルフ国王の無念を晴らすことができるのです」
「な、何を言ってやがる……第一そんなこと俺にできるわけが………」
すると、青年の口元が微かに歪んだように見えたが、次の瞬間にはその口元は元の柔和なものへと戻っていた。
「できると言ったら?」
「え……?」
「それを可能とする力を、私が貴方にお与えできると言ったら?」
「あ………」
お前こそが逆賊の魔の手から愛しい祖国を救う、救国の英雄になるのだと。
そのための力を与えると、そういわれた男は。
「……どうすればいいんだ?」
虚ろな狂気を孕んだ瞳で、青年の手を握りしめていた。
そして青年は、その手に自身の手をそっと重ねて答える。
「えぇ、お答えしましょう──」
そうして二人は、王都の夜よりも深い闇の中へと消えていった。
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