第39話 動き始める世界
それからあっという間にふた月ほどの月日が経った。
あれからエミリアも随分家族と仲良くなり、ミリスからはお姉様と呼ばれるようにまでなっていた。ジューダスやマイナ、ノアやレーナも、エミリアの持つ人の良さを非常に好いているようだった。
また魔道具作成の方も順調で、彼女は既に魔道給水機や魔道焚火台といった魔道具の作成方法についても覚えていた。彼女自身おっちょこちょいなところはあるが決して飲み込みが遅いわけではない……というよりかなり良い。
教えているゴーダンも、「さすがおめぇの弟子なだけあるぜ」と笑いながら褒めていた。あまり素直に褒められている気もしなかったが気のせいということにしておこう。
更に驚きだったのは、エミリアがレーナから弓を習い始めたことだ。
はじめはお試し程度の気持ちだったのだが、予想以上にエミリアと弓との相性が良かったらしく、弓の名手でもあるレーナが本格的にエミリアに弓術について教え始めたのだ。
今ではかなり形になっている。
対する俺のほうはというと、旅の中で見つけた『弱化』の魔紋のおかげで『水生成』で生み出す水量を抑えることが出来るようになっていたため、魔道給水機の小型化に取り組んでいた。
今はそれこそ井戸のように町中の広場のような場所に設置しているソレだが、この小型化によって家々に個別に設置できる程度の大きさにすることができた。
とはいえコスター全体に行き渡らせるのはまだまだ時間がかかるので、取り急ぎテストケースとして新型の魔道給水機をウェストラッド家を含むいくつかの人々に配布し、使い心地を試してもらっているところだ。
エミリアの鍛錬、魔道具の作成、家族との交流。
この五年間バタバタとした旅を送っていた俺は、久しぶりに訪れた平穏な日々を満喫していたのだった。
そんなある日、ふと家の庭先でエミリアに今後の予定について聞かれた。
彼女は外にあるベンチに腰掛け、手元で魔道具用の図面と睨めっこしながら。俺はこの前ゴーダンに新たに拵えてもらった、現在の自身の背丈に合った剣の切り心地を試しながら。
(元々使っていた剣も長さ的に予備として腰に差すのに丁度よかったので、引き続き装備している)
「そうだなぁ」
俺はエミリアの問いに頭を悩ませる。
勿論そう遠くないうちにここを発つ予定ではあったのだが、行先というと「とりあえず北へ」くらいしか考えていなかった。
と、改めて思い直した時にふと頭にある記憶がよみがえってきた。
「──『氷獄公』、か」
「ひょ、ひょうごく……?」
首をかしげるエミリアに、俺が以前ダリア王国の王都ローゼンでテオドールから聞かされた噂話について説明した。
一通り話し終えると、エミリアが不思議そうな表情で口を開く。
「リースタリア公国にそんな人が……」
「まぁ、テオドール王子も噂程度っていう感じで話していたから、どこまで本当かは分からないけどね」
とはいえ、ついこの前会ったノアード王国のアルバートという騎士から、闇の魔法を使う人物についての話を聞いたばかりだ。それを踏まえると、あながち噂だからと気にしないでもいられないだろう。
「となると、行き先は……」
「リースタリア公国、かな」
──リースタリア公国。
アベルという名の大英雄を建国の父に持ち、大陸北部一帯を支配するかの国は、国土の四割ほどを山岳地帯が占める。そして、中央大陸でもっとも堅牢といわれる大山脈、通称『アベル山脈』の中心に首都『アベイオニス』がある。
特に山脈付近は一年のうちの多くを雪と共に過ごし、他国からは『氷の国』などと呼ばれることもある過酷な土地だ。
ある意味、『氷獄公』の噂が出るのも分かる場所ではあった。
「となると、ダリア王国を通って北上していく感じでしょうか?」
エミリアが、俺の思っていることを代弁してくれる。
「そうなるね。ただ大陸北部はその環境の厳しさから、南部や中央に比べても……フォーリア大密林みたいな例外を除いてだけど、危険は多い。しっかりと準備しながら行かないとね」
「ですね!」
そうと決まればゆっくりしてられないです! と、エミリアはこれからに備えて何を準備するか考え始めている。
気が早いな、と内心苦笑したが、とはいえ危険がある以上はどんな備えであれやり過ぎということもない。
俺もエミリアを見習うことにして、これからの旅に必要な準備を始めるのだった──。
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それから更に幾日か過ぎて。
このあたりは四季が豊かであるが、それに例えるなら今は秋ごろになるだろう。
枯れ草が徐々に目立ち始め、街道の木々についた葉は赤く染まっている。
「もうそろそろ、だな」
冬が本格的に始まる前にはリースタリア公国に入っておきたい。そう考えた俺は、今日の夜にでも家族に話をすることにした。
幸い魔道具の整備や新たな魔道具の普及、それにエミリアの訓練と、この地でやれることは粗方片付いていたので、あとはいつ発つかを待つのみとなっていた。
「よし」
俺は気合を入れ、改めて窓の外を見やる。
庭先では相変わらず仲の良い、まるで姉妹のようにすら見えるエミリアとミリスが、覚えたての魔法をお互いに披露しあっていた。
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「もう少ししたら、また旅に出ようと思っています」
夕食の晩、俺は食事をとりながら家族に対してそう告げた。
マイナとノア、それにミリスは驚いたような表情。対してジューダスとレーナはそこまで大きく反応はしなかった。
「もう行っちゃうの?」
沈黙に耐えられなくなったミリスがそう問いかけてくる。
「うん。ごめんねミリス、お兄ちゃんにはまだやらないといけないことがあるんだ」
「そっか……」
いつの間にか定位置となった俺の横で、ミリスはぎゅっと俺の服のすそを掴む。
「それで、次は何処に行くつもりなんだ?」
そんなミリスに変わってジューダスが口を開いた。
「リースタリアに向かうつもりです。本格的に冬が始まる前にかの地に入っておきたくて」
「なるほどな。であれば早い方がよいだろう。あの土地の冬はこのあたりとは比べ物にならないほどに過酷と聞く」
「はい」
そんなやり取りをして、また再び静寂が周囲を包む。
だが、そんな雰囲気を変えるようにノアが声を上げた。
「今生の別れってわけじゃないですから!ね!ね! レーナもそう思うよね!」
「うん。ただ姉さんの言い方って何か、逆に今生の別れになりそうだからやめたほうがいいかもね」
「え゛」
(人それを死亡フラグという)
レーナと俺に、それぞれ口と内心で突っ込まれたノアは「そんなつもりじゃないんでずううう!」とレーナに泣きついた。レーナも微かに笑いながら「はいはい」とノアの頭をなでている。
「まぁ、なんだ」
少しだけ明るくなった雰囲気の中で、仕切りなおすようにジューダスが口を開く。
「カイル。お前ももう一人前の男だから私も余計なことは言わん。だがこれだけは約束しなさい。……必ず無事にまた帰ってくること、そしてエミリアさんを傷つけないこと」
「……一個めに関しては約束するけど、二個目のは何か別の意味で言ってますか?」
「何を言う。ウェストラッド家の男たるもの女性の一人や二人守れないでどうする」
「父上も昔は一人や二人余裕だったと」
「当たり前だ……あ、いや違うんだマイナ。これは言葉の綾というやつだ」
俺の言葉に思わず口をすべらしたジューダスだが、隣から発せられる殺気に気づきすぐに発言を訂正した。
そうして何とかマイナの機嫌をとると、咳払いをして、今度はエミリアの方をみて頭を下げた。
「エミリアさん。こんな息子ですが、どうかこれからも見捨てないでやってください」
「え、えぇ!? そんな頭なんて下げないでください! むしろ私の方が見捨てないでくださいって頼みたいくらいなのに」
「はいはい二人とも、そこまで」
これ以上放置すると収集がつかなくなるといわんばかりに、マイナが手をパンパンと叩いた。そして続ける。
「ともかくカイル、エミリアちゃんも。必ず元気で戻ってくること! 分かったら返事!」
「「は、はい!」」
「よろしい!」
そうしてマイナによってきっちり話題を締められた後、俺たちは旅に出るまでの共に過ごす残り僅かな日々を、いつもと同じように過ごすことに決めたのだった。
──そう。決めたはずだった。
「お伝えいたします!」
旅に出るまであと数日と迫ったある雨の日。
いつものように家族で夕食をとっていると、王宮からの使者らしき人物が必死の形相で飛び込んできた。
「何事ですかな」
すぐに領主の顔に切り替わり使者の言葉を聞くジューダス。しかしその次に出てきた事実に、俺たちは騒然とすることになる。
「ランドルフ=フォン=ダリア国王陛下が、ご逝去なされました」
──そして世界は静かに動き始めることになる。
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