第38話 束の間の安息
あの後これまでの旅の話やこの五年間のコスターの様子などひとしきり話しながら盛り上がった俺たちだったが、夜も遅くなったのでお開きとなった。エミリアが宿を探そうとしていたが、当然のことながらうちに客人として滞在してもらうことになった。
俺自身どれくらいコスターに滞在することになるかは未定だが、少なくとも今日明日というわけでもない。
明日から何をするか、そんなことを考えながらその日は眠りについたのだった。
翌朝。
いつもとは違う感触を背中に感じながら目が覚める。
「あー、そっか……。帰ったんだっけか……」
徐々に意識が覚醒し、俺が実家へと帰ってきたことを思い出す。
周囲を見渡せば、五年前のあの頃から全く変わっていない俺の部屋があった。ノアとレーナが、「いつ戻られてもいいように」と欠かさず手入れしてくれていたらしい。
ただただ感謝するばかりだ。
「さて、と!」
俺は起き上がると、リビングへと向かう。その途中でエミリアと鉢合わせになった。
「おはよ、エミリア。よく眠れた?」
「ふぁ……おはようございます。はい……あんなにふかふかのベッドで寝たのはじめてで……」
そう言ってまだこくりこくりとする彼女とともに、俺たちは支度を済ませて家族一緒に朝食をとった。ちなみに朝食の際、俺の横にはエミリアと、そしてミリスがちょこんと座った。
あとから聞いた話だが、普段はマイナの隣が彼女の定位置だったらしく、今日に限っては何故かそこから移動して俺の横で朝食を食べることにしたらしい。
マイナはというと、「あらあら」といいながらそんな兄妹の様子を眺めていたらしかった。
朝食をとった俺は、エミリアと共に家の外へと出た。そして、この後の動きについて伝える。
「とりあえず俺はゴーダンさんのところに行こうと思ってる。昨日ああ言われたし、俺自身魔道具の調子が気になるからね」
「あ、あのドワーフの方ですね。わかりました。……それで、私はどうしたら」
「それなんだけど、せっかくだから一緒に行こう。この前ちらっと話したかもしれないけど、ゴーダンさんは魔道具作りの協力者でさ。この町の魔道具も彼の工房で作ったんだ」
「あ!!そうだったんですね!」
俺はこくりと頷く。
エミリアが本格的に魔道具作成を練習するなら、まずはどういう工程で魔道具が作られるかを一から見たほうがよいだろう。そしてコスターなら俺と魔道具についての知見を共有しているゴーダンが最適だ。
魔法式部分については俺が見本を見せ、それをもとにエミリアが用意するとして、それ以外の部分についてはゴーダンに手伝ってもらうことにしたのだ。
とにかく習うより慣れろということで、俺はエミリアの魔道具作りの練習もかねてゴーダンの工房を訪れるつもりだった。
そうしてさっそく目的地へと向かおうとしたが、ふとこちらを見つめる影を見つけた。
ミリスだ。マイナと一緒にいる。
母のスカートをそっと掴みながら、何か訴えかけるような眼でこちらを見つめていた。
(あぁ……)
俺としたことがまさかこんなことを失念するとは、どうやら久々の故郷で気が逸り過ぎていたらしい。
俺は反省しつつ、ミリスの下へと歩み寄った。そして昨日と同じように彼女の目線の高さまで腰を下ろし、頭に手を置く。
「お兄様……」
ミリスがやはりくすぐったい様子で俺にそう呼びかける。
「ごめんねミリス。今日はやらなきゃいけないことがあってこれからゴーダンさんのところに行かなきゃいけないんだ。だからそのお詫びってわけじゃないけど、明日から目いっぱい遊ぼう。……そうだ! ミリスは魔法に興味ある?」
「うん……、でも私の魔力等級は緑だから、魔法は使えないって……」
鑑定をした人がそう言っていた、と悲しげな表情で答えるミリスの頭をポンポンと撫でる。
「ミリス。君のお兄ちゃんを一体誰だと思ってるの? コスターが生んだ世紀の超天才、カイル=ウェストラッドだよ」
「へへ……なにそれ」
俺の言葉にくすりと笑うミリスを見ながら、俺は続けた。
「……約束しよう。明日はミリスにとって特別な日になる。だから覚えておいて。誰が何といったか知らないけれど、魔法の常識とかいう壁なんて、自分の心次第で乗り越えられるっていうことを」
「わかった……」
「よし、いい子だ!」
俺はそう言って強くミリスを抱きしめた。しばらくそうした後で立ち上がり、「それじゃあ行ってきます」と言ってマイナとミリスに別れを告げた。
ミリスが手を振る横で「もうすっかりお兄ちゃんね」と呟くマイナの声を聞きながら。
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「なるほどな。それで、俺に嬢ちゃんの魔道具作成の補助をしてやれってことか」
「です。お願いできますか?」
「ったく、俺がそういうの断れない性質なの知ってて言ってるだろ?」
「ばれましたか」
「ったく! おめぇ本当にジルのやつに似てきやがったな! まさかアイツの悪いところだけ学んできましたとか言ったら承知しねぇぞ!」
言葉のとげとげしさとは裏腹に豪快に笑いながら、ゴーダンは俺の依頼を快諾してくれた。
俺はというと、これから町中の魔道具の調子を見回りつつ、時間が空いたら旅の最中に作った新しい魔道具用の魔法式が刻まれた部品を作成するつもりだ。
魔法式部分の部品と図面や実物さえあれば、あとはゴーダンでも作れる。
ひとまず俺はエミリアに『水生成』の魔法を教えた。
そしてその魔法式を金属板に刻み込む方法など、当時俺がゴーダンから教わったことを同じように彼に教わり始めるのを見届けつつ、町へと繰り出す。
そんなわけでこの日は魔道具漬けな一日となったのだった。
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翌日。
俺はミリスと共に庭先で話をしていた。エミリアは今日もゴーダンの下で魔道具作成の練習中だ。
「よし、見てろよ」
足を広げて芝生の上に座りながら、俺はミリスにそう語りかける。彼女はというと、俺の足の間にちょうど収まるようにしてちょこんと座っていた。
遠目に、俺たちの様子を見守りながら紅茶を飲んでいるマイナと傍に控えるノアの姿が見えた。
俺は意識を目の前に戻すと、ミリスの顔の前に両手を突き出し、開く。そして、
「『水生成・停滞』」
俺は、『水生成』の魔法式に『停滞』と『弱化』の魔紋を組み込んだ魔法を発動する。すると──。
「わぁっ……」
ミリスの顔の前に水の塊が生み出され、そのまま空中でふわふわと浮き続けていた。
「これ触っても大丈夫?」
「もちろん」
「つんつん……」
ミリスがそう言いながら指先で水の塊をつつくと、それに合わせて指先部分から水の波紋が広がるが、形は球状を保ち続けていた。
「すごーい」
ミリスはそう言いながら水の塊を何度もつつき続けている。どうやらお気に召したようだ。
「それじゃあこれからミリスには今俺がやった魔法を使ってもらおうかな」
「え! できないよ! だって魔力が……」
「ミリス、昨日俺が言ったこと覚えてる?」
「うん……」
「じゃあお兄ちゃんが信じられない?」
「ううん……」
そう言って首を横に振るミリスに俺はやさしく語りかけた。
「大事なのは出来るって信じることだ。最初から諦めるのは、自分の可能性に蓋をしてしまうようなものなんだよ」
「わかった……やってみる……」
「よし、じゃあ魔法式の描き方と魔力の注ぎ方。一つ一つやってみよう」
こうして俺はミリスに魔法を教え始めたのだった。
それからしばらくして──。
「『水生成・停滞』───……あっ」
そう唱えたミリスの手のひらから、水の塊が生成され、俺のものと同じようにぷかぷかと浮かび始めた。
「で、できたっ! お兄様できたっ!」
「よし! よくやったぞミリス!」
きゃー!と思わず抱きしめあう俺たち。そしてミリスはすぐさま、傍で見守っていたマイナとノアの下へと走っていった。
「お母さま! ノアちゃん! 私魔法をつかった!」
「えぇ、ミリス。おめでとう!」
「お嬢様おめでとうございます! うぅ、私感動じまじだ……」
微笑むマイナと、相変わらず涙腺が緩すぎるノアにそう褒められて嬉しそうにするミリス。すると、くるりとこちらへ向き直って再びとてとてと駆け寄ってきた。
そして、
「お兄様、ありがとう!」
そう言って全力でハグされた。
「どういたしまして。これでわかったろうミリス。何事も信じて、選択することから始まるんだ」
「わかった!」
「えらいぞ~」
「えへへ……」
俺たちはこうしてしばらくの間、仲睦まじく兄妹の時間を過ごすのだった。
……ちなみにあの後マイナから、「絶対に秘密にするからお母さんにもあの魔法を教えて頂戴!」と懇願されたので教えることになったのだが、それは置いておくことにしよう。
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