第37話 帰郷と紹介と妹と
「ここが……カイルさんの故郷」
「あぁ……なんだかすごく懐かしい気分だ」
あれから俺たちは深い森を抜けてようやくコスター領の目印ともいえる、一面に広がる牧草地帯へと出た。遠目には方々で領民が家畜の世話をしているのも見える。そしてなんといっても、魔道散水機がくるくると回りながら周囲に水を撒く様子だ。
どうやらあれから五年、魔道具は問題なく動いているらしい。
(まぁ、魔法式部分以外の保全はゴーダンがきっとやってくれていたんだろうな……)
そんなことを思いながら道を歩き、放牧地帯を抜けて家々の並ぶ中心地までやってきた。
「それにしても、魔道具……こんなふうに使われているんですね」
「まぁ、俺が旅に出る前くらいには『魔道具の町』なんて呼ばれてたからね」
「ほへ~~~」
あたりをきょろきょろと見渡しながらそんなことを言い合っているうちに、顔見知りの人物がこちらへと歩いてきた。俯きながら、何やら図面らしきものを見てぶつぶつ言いながらこちらへとやってくる。どうやら俺には気づいていないようだった。
「ゴーダンさん!」
「あぁ!? こっちは今手が離せねぇんだ! 修理の依頼ならあと……で……」
そう怒鳴ろうとした毛むくじゃらの男は、ハッとしてこちらを見る。そして
「か、カイルじゃねぇか!! お前このやろう! 戻ってたのかよ!」
「先ほど戻りました」
「な、なんてこった! おめぇ驚かすんじゃねぇよ! 俺が驚きのあまりぽっくり逝っちまったらどうすんだ」
「そういうタマでもないでしょうに」
「……カ!ガハハハハ!! おめぇ言うようになったじゃねぇか! 流石にあのジルの阿呆の下で旅してただけあるわな!」
そう言って笑いながら俺の背中をバシバシと叩いてくるゴーダン。
あの頃との違いといえば、彼より俺の背丈のほうが一回り大きくなったことだろう。
と、ゴーダンは不意に俺の隣……エミリアの方を見てにやりとした。
「ははぁ~ん……」
「言っておきますけど、ゴーダンさんの考えてることは見当違いですよ」
「なんだぁ? 嫁さん連れて故郷に凱旋したんじゃねぇのか?」
「よ、嫁さんだなんてそんな恐れ多いですよ!!!」
ゴーダンの的外れな指摘に、エミリアは少しずれた否定をする。
そしてお互いの自己紹介が終わると、ゴーダンは改めて俺に聞いてきた。
「カカカ! まぁええわな! それで、これからジューダスのとこに行くのかよ?」
「えぇ。早く妹にも会わないとそろそろ兄として認識されなくなってしまいそうですしね」
「あぁ! ミリスちゃんのことか。たしかにそりゃ急がねぇとまずいな! それとよ、ひと段落したら工房の方に顔だしちゃくんねぇか。魔道具の件で相談があってよ」
「わかりました。それじゃあ」
「おうよ!」
そう言ってゴーダンに別れを告げた俺たちは、そのまま五年ぶりの故郷を懐かしみながら実家へと戻るのだった。
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「ただいま、ノア」
「──……」
ウェストラッド家にて。
庭先で洗濯物を干していたノアにそう声をかけると、彼女は幽霊か何かを見るかのように茫然とした表情で俺を見つめた……かと思うと。
「か、カイルぼっちゃまーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
「ごわぁっ!?」
長年の旅で鍛え上げた体幹ですら思わずふらつくほどの勢いで突進……もとい抱き着かれた。
「おわっ! ちょっとノア!」
「うわぁぁぁぁあぁん! 本物だぁぁ!!!」
「当たり前だろ!」
そう言ってぎゅむりと抱きしめられ続ける俺。そしてその様子を何が起こってるかわからないといった顔で眺めるエミリア。我ながら謎の光景だった。
「坊ちゃん……」
そんなことをしていると、横から声をかけられる。
「や、やあレーナ。ただいま」
「……姉さんが騒いでいたから何事かと思ったら、お戻りになられたのですね」
「うん。まぁそろそろ顔出さないと忘れられちゃいそうだったらからね」
「坊ちゃんを忘れるはずないじゃないですか。全くもう」
やれやれとそう言ったレーナだったが、クールな顔の、口元の部分だけが優し気に見えたのはきっと気のせいじゃないだろう。
エルフの双子と再会を喜び合った俺は、彼女たちにエミリアを紹介した。
案の定ノアなど
「ぼ、ぼっちゃまが彼女をつれてきたぁぁあーーーーーー!?!?!?」
などと騒いだので、無視することにした。エミリアが否定しておいてくれるだろうしな。
そのあと、俺の帰郷を伝えるから待っていてくれと言われた俺たちは、言われた通りに庭先で待つ。その後すぐに戻ってきた二人とともに、ようやく実家へと足を踏み入れたのだった。
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「おかえり、カイル」
「おかえりなさい、カイル!」
「ただいま戻りました。父上、母上」
玄関先で出迎えてくれたジューダス、マイナ、ノアとレーナ、そして、もう一人の小さな女の子に向かって俺は改めて挨拶する。
「もう。帰るなら帰るとそういってくれないと、お祝いの準備ができないじゃないの」
「あはは、すみません母上。結構バタバタやって来てしまったもので」
「いいのよ。貴方が無事に帰ってこれた。それだけで十分」
そう言って俺の頭を優しくなでてくれるマイナ。
十五になり、旅をして成長したと自負している俺だったが、まだまだ母からすれば子供なのだろう。くすぐったいが、その気持ちがうれしかった。
「カイルよ。ジルさんはどうされたのだ?」
「はい。五年間の旅を経て、師匠……ジルさんから正式に一人で旅に出る許可をもらいました。なのでまずはうちに帰って顔を見せようと思ったんです」
「なるほどな。しかしまさかあのジルさんに認められるとは、いよいよお前が遠い存在になっていくようだな……」
ジューダスは、この五年で少しばかり皺の増えた顔を緩め、マイナと同じように俺の頭をなでてくれた。そして、最後に自らの後ろに隠れている少女を前へと立たせた。
「ほらミリス。お前の兄のカイルだ。挨拶しなさい」
「あ……え、えっと……」
そう言ってもじもじする少女。
彼女こそが俺が旅に出ている間に生まれた、俺の妹のミリス=ウェストラッドだった。
腰まで伸びた綺麗な茶色の髪と澄んだ青色の瞳はまさしく血のつながりを連想させ、まだ幼いその顔は……こういうと兄馬鹿かもしれないが将来美人になることを確信させる整った目鼻立ちをしている。
俺は言葉を詰まらせているミリスの前に立つと、目線を合わせるためにゆっくりとしゃがむ。そして自身が両親からそうされたように、彼女の頭をなでた。
「はじめまして。カイルっていいます。今までずっと会えなくてごめんね、ミリス」
「う、うん……お、お兄様………」
「ははっ、なんだかそういう風に言われるとくすぐったいな。とはいえありがとうミリス」
そういって彼女の頭をしばらく撫で続ける。ミリスはくすぐったそうにしていたが、その顔は決していやだとは言っていなかった。周りの人々も、俺がそうしているのを暫し見守り続けるのだった──。
「さて、それでカイルよ。そちらの方だが──」
そう言ってみたのは、俺の横にいたエミリアだ。
家族に見つめられた彼女は、まるで機械仕掛けのような動きでずいっと前に立つと、自己紹介を始めた。
「は、は、はじめまして! ノアード王国出身で冒険者のえ、エミリア=フォーセットと申します! カイルさんにはその、よくしていただいています!」
「補足すると、俺は彼女に魔法と魔道具について教えてるんだ」
「はい! 師弟関係にありますです!」
「そんな大層なものじゃないけどね」
そんな俺たちのテンポの良い漫才のようなやり取りを見ていた家族だったが、マイナが突如「ふふっ」と吹き出した。
「あらあら、とても可愛らしいお嬢さんだこと。そんなに緊張しないでエミリアちゃん。カイルのお仲間っていうなら私たちにとっても家族同然なんだから。ね、あなた」
「あぁ。エミリアさん、どうぞ肩の力を抜いてください。我らウェストラッド家一同貴方のことを歓迎いたしますよ」
「あ、あう……ありがとうございます」
そういって縮こまるエミリアを、微笑みながら見つめる家族一同。
このやりとりを見ただけでもエミリアという少女がどういう人かはまぁ大体伝わったことだろう。
そんなことを思う俺をにやにやと見ながら、マイナは俺に話しかけてきた。
「それでぇ? カイル、この子とはどういう関係……」
「師弟関係ですよ、母上」
「ぶー」
……何故女性というのはこういう話が好きなんだろうか。
俺の答えに不満げなマイナは、ノアとひそひそと「怪しいわよね」「怪しいです」などと話していたが、ジューダスに窘められた。
そんなこんなで、俺は無事我が家へと帰ったのだった──。




