第36話 ゼロから始める魔法講座
「ふぅ……ふぅ……」
「今日はここまでにしておこうか」
「は、はい……すみません」
アルバートとの話を終えた俺たちは、あの後旅の準備を整えてルダスの街を発った。そのまま道なりに進み続けてはや半日。ノアード王国の国境を越えてダリア王国領内へと足を踏み入れたのがつい先ほどのことだ。
エミリアの方はというと曲がりなりにも冒険者なだけあって、割とハイペースでここまで歩いてきたにも関わらず音をあげることもなくついてきた。とはいえそろそろ疲労の色が濃い。
それに太陽は既にその半身を地平へと沈め、もう少しすれば完全に夜となるだろう。俺たちは今日のところはここで休息をとることにしたのだった。
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夜。
魔道焚火台からチリチリと燃え上がる火を挟みながら、俺とエミリアは夕飯をとっていた。夕飯といってもルダスの街で仕入れた塩漬けにした干し肉だけなので何とも味気ない。とはいえ味も素っ気もないブルックボアの姿焼きなどよりは大分マシな味なのだが。
「それにしても、ここがダリア王国ですか~。周りの景色とかはほとんどノアード王国と変わりませんね」
「まぁまだまだ国境近くだってのもあるしね。それでも確かに両国の産業とか技術力的な差異はほとんどないからそういう意味でも似てるのかもね」
違いがあるとすればノアードには海港都市ロズウェルという、大陸南部における海上交通の要となる大都市があるくらいだろうか。対するダリアは海に面していない国のため、海上に絡む産業は発展していない。
「なるほど……。私実はノアードから出たことがなかったので、何だか少し緊張してしまいます」
「確かに俺も初めてノアードの土地をまたいだ時は何があるのか期待やら興奮やら不安やらあったな」
「………カイルさんもそういう感情を持つんですね」
そんなことを言いながらこちらをぼーっと見つめるエミリア。
「アルバートさんとの会話で出た俺の出自の話の時の反応もそうだけど、エミリアは一体俺を何だと思ってるの?」
「いやーあはは……なんでしょう。実際に会ったことはないんですけど、領主さんとか偉い方ってもっとこう、厳しいというか、家柄を重んじるというか、そういう印象があったので……」
「あー……まぁ、わからんでもないかな……」
そんな俺の様子を見てエミリアはくすりと笑った。
「でも、私はそういうカイルさんの方が好きで……いや好きっていうのは印象が良いっていうことです! あの、全然その、好意っていうアレとかではなくてその」
「そういう時は素直に好きですって言ってあげた方が男は喜ぶし、何かと得だよ」
「……それをなんで男のカイルさんが言ってるんですか……」
「俺なら好きな子は損得勘定抜きで全力で守るし、嫌いなやつなら今後の利用価値を秤にかけて守るか決めるからね」
「く、黒い……」
エミリアは若干びびりながらそう答えた。
まぁ、半分くらいは冗談なのでこれくらいにしておこう。
そうしてしばらくゆらゆらと揺れる火を眺めながらゆっくりしていた俺たちだったが、そういえば一つ話しておかないといけないことがあったのを思い出した。
「エミリア、今ちょっといい?」
「はい? なんですか?」
明日に備えて装備を点検を行っていたエミリアがこちらに顔を向ける。
「いきなりだけど、ギルドで約束した、鍛錬と魔道具の件覚えてる?」
「は、はい! もちろんですよ!!」
「よし。まだ夜もまだ早いしせっかくだから基礎的な部分を勉強していこうか」
「はい!」
良い返事だ。
実際、当たり前の話だが『基礎』というのは全てを通して大切な要素だ。これから先エミリアに俺の魔法式や魔道具といったものを教えるにあたっても、『そもそも魔法とは何か』という最も基礎にして大切な部分を理解しているか。その認識を合わせないと、どこかで必ず魔法への理解に対して齟齬が生じる。
俺も、エミリアに教えるといった以上は(カミサマや眼のことは伏せるとして)できる限りきちんと教えようと思っているし、そうしても良いと、エミリアという人間の人柄を見て判断したから。だからこうして同行してもらっているのだから。
俺は改めて気合を入れると、「よし!」といってエミリアに魔法について教え始めるのだった……。
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「な、なるほど……」
「理解が追い付かなかったところはある?」
「い、いえ! 大丈夫です。ただちょっと驚いたというか……やっぱりカイルさんって視点……?が他の人と違いますよね」
「あー……『魔法とは強ければ強いほどすごい』みたいなやつ?」
「ですです」
それはジルとの旅の中でも幾度も聞かれた、この世界の常識だった。
魔法とは強力、凶悪なものであり、それならばその凶悪さをより深く・強めることこそが魔術師にとっての本懐であり魔法の価値であるというふざけた常識。
だが俺はこの考えについて、今にして思えばそう考えてしまっても仕方がないと理解を示すようになっていた。その理由は、
この世界の魔法の法則だ。
コスターを発ち、様々な場所を巡りながら検証を重ねるなかで俺は当時持っていた疑問を解決していった。そのなかで整理した、魔法の法則というのが以下だ。
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(1)魔法の行使には大きく分けて、『魔法式の構築』と『魔法の発動』の二つの工程がある。原則として魔法というものは使用する魔紋の意味を理解していなければその構築・発動ができない。
(2)四元魔法式とよばれる四つの魔法式及び、その魔法式をベースとした魔法に関しては、魔紋の意味を理解していなくても『構築』と『発動』ができる。
(3)四元魔法式から魔紋を『削った』場合は、上記の『意味を理解していなくても構築/発動できる』という性質が消失する。逆に魔紋を『増やす』だけならば、その性質は保たれる。
(4)魔紋の意味さえ理解していれば魔法式を一から構築し、行使することができる。(試しにジルに『火生成』の魔法式に刻まれた魔紋の意味を教えたら、その魔法を構築・発動できたのを確認済)
(5)但し魔紋を理解している者が構築した魔法式を通してならば、その意味を理解していない別の人間でも発動ができる(『魔道具』がその例である)。
つまり俺が魔道具に『構築し』、道具を使う人間が『発動する』という、魔法式の『構築』と、魔法の『発動』をする人間が違う場合のみ起こりえる例外的な法則がある。
***
とはいえ、そもそもこの世界において魔紋は古代の遺跡から極まれに発見されるものであり、合わせてその意味が記されているようなことなど更に少ない。
更にはその貴重な情報ですら、己の権力や一族のために秘匿とするのが魔術師という存在なのだ。
そんな世界だからこそ、魔紋の意味が未だ周知されず、四元魔法式が『侵されざる魔法』などと呼ばれてしまっているのも頷ける。
俺はこうした魔法の法則をエミリアに一つずつ教えていった。そして──。
「『火よ』……わぁっ!!」
まずは一番簡単な『火生成』の魔法式について教えてみると、彼女は問題なくその魔法を行使することができたのだった。
実際のところ口上はいらないのだが、まぁ俺自身言ってるしツッコむのも野暮というものだろう。
「すごい……これが魔法だなんて信じられないです………」
「俺の師匠も初めて見た時はそんなことを言ってたよ。俺からするとむしろこれくらいが魔法だなぁって思うんだけどね」
「あはは……でも、私でも魔法が使えるって分かってなんというか、すごい……興奮してます」
エミリアの魔力等級は『青』だ。
四元魔法式のような莫大な魔力を使用する魔法式ならいざ知らず、『火生成』で使う魔力は限りなく小さいものであったため問題なく行使できたのだろう。
ひとまず成功したという事実に俺はそっと胸をなでおろすのだった。
俺たちはそうしてその後も魔法についての話をしたり、これらの知識を前提として魔道具がどうやって作られているかについて話したり……俺はこれまでの自身の人生の中で学んだことを振り返りながらエミリアに話した。
そして気づけば夜もかなり深くなっていたので、俺たちは互いに見張りを交代しながら仮眠をとることにしたのだった──。




