第35話 思いもよらぬ存在
エミリアとそんなやりとりをした後。
俺は、ひとまず疲れを癒してくれというバッカスの言葉に甘え、彼の用意してくれた宿屋で一晩を過ごした。おそらくその間に各所への報告や森に騎士団を送る件の調整などを行っていたのだろう。
(ご苦労様です……)
人の好さそうな彼に内心そんなことを思いながら、俺は眠りについたのだった。
そして今朝。
俺は今こうして冒険者ギルドにて、無事冒険者登録を完了させたのだった。
「カイルさん、お待たせいたしました。こちらが冒険者としての身分を証明するためのプレートになります」
そう言って、ギルドの受付嬢であるリリアンから青銅のプレートを受け取る。
「ありがとうございます。いやぁこれでようやく俺も冒険者になったって実感が湧いてきましたよ」
「ふふ、そういえばミリエラちゃんも同じようなこと言ってたよね」
「そ、そうでしたっけ?」
「そうよ、まぁミリエラちゃんの場合今も昔も初々しいけどね」
「ちょ、もう!」
そういって笑いあう二人の女性を俺はなんとも侵しがたい神聖さを感じながら眺めていた。尊い。
俺がそんなことを思っていると、リリアンがこちらへと向き直り申し訳なさそうな顔で謝罪してきた。
「それと、ごめんなさいね。本当ならマーダーウルフを単独で仕留めるような実力者のカイルさんにはもっと高い等級が相応しいはずなのに」
「いいんですよ。あくまであの時の俺は冒険者じゃなかったんですから。それが規則である以上は粛々と受け止めるだけです」
「ふふ、本当に考え方も大人びてるわね。ギルドマスターやアルバートさんが目をかけているのも納得だわ」
「え、そうなんですか?」
「そうよぉ、昨日あなたが宿に行った後で、彼は逸材だ~とか是非騎士団に~とか、いやいや冒険者になってもらわないと困る~とか。もう五月蠅かったんだから」
「あはは……」
知らぬ間に俺の話題が上がっていたようだ。
あまり目立ちすぎて良からぬところにまで目を付けられるのは避けたいが、今回ばかりは致し方ない。
「おうカイル! 今日からお前も同業者ってわけか」
後ろからそう声をかけてきたのはエリオットだった。今となっては彼は先輩となったわけだ。
「はい、まぁのんびりと冒険者稼業をやっていくことにしますよ」
「ははは! まぁお前さんくらいの実力があれば金級なんてあっという間だろ」
「まぁ、ほどほどにがんばります」
「おう!」
そういうとエリオットは次の依頼があるらしくそのままギルドを後にした。どうやら俺の顔を見に来ただけのようだ。
すると、入れ違いで今度はバッカスがギルドに入ってきた。
「おう、きっとエリオットの野郎が同じこと言ってそうだが、お前も今日から一端の冒険者か」
「はい、おかげさまで」
俺は苦笑しながらその質問に答える。するとバッカスは申し訳なさそうな顔しながら先ほどのリリアンと同じことを言ってきたため、俺も同じように「大丈夫ですよ」と返すのだった。
「ところで、このあとはどうするつもりなんだ?」
「とりあえずは昨日の話の続きをするためにアルバートさんのところに行こうと思います」
「あー……魔法のことだったっけか。俺にはてんで想像もつかないが」
「ですね。そのあとは、とりあえず一旦ダリア王国に戻ろうと思ってます」
とりあえずの今の目的は、コスターに帰り、家族に顔を見せることだ。そのあとのことについては、まぁエミリアのこともあるので道中考えながら進もうと思っていた。
少なくとも今日明日に着くわけではないし、気ままに行こう。
俺はそんなことを考えながら、バッカスと話をつづけた。
しばらくして、
「それじゃあカイル、また近くにきたら絶対寄れよ! そん時は飯くらいは奢ってやる」
「はい! それじゃあみなさんお元気で」
「エミリアちゃーん! がんばってねー! 無理しちゃだめよー!」
「あはは! はーーーい!!」
俺とエミリアは、ギルドの面々に見送られながらその場を後にするのだった。
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「ここが騎士団宿舎か」
「ですね、騎士団員の皆さんはルダスに滞在中はこちらにお住まいになられています」
「よし、いくか」
「はい!」
そうして俺は宿舎の戸をたたく。
すると、中から凛々しい青年が顔をだした。昨晩捜索隊にいたうちの一人だ。
「よくいらっしゃいました、カイル殿とエミリア殿。お話は伺っております。どうぞこちらへ」
俺とエミリアは軽く会釈しながら、彼に言われるままに客間らしき場所へと通される。そして、「しばらくおまちください」という言葉を受けた。
それからしばらくして。
「お待たせした。昨日ぶりだなお二方」
「おはようございます、アルバートさん」
「お、おはようございます!」
横を見るとエミリアは若干緊張しているようだ。アルバートの持つ雰囲気に圧倒されているのだろうか。
アルバートが対面の席に腰を下ろすのを確認すると、俺はさっそく話を切り出した。
「さっそくではありますが、昨日のお話について詳しくお伺いしてもいいですか?」
するとアルバートはうなずいて、続けてエミリアを見た。俺は彼の言わんとするところを察し、補足する。
「彼女は昨日、俺のでし……パーティを組むことになりました。なのである程度は情報も共有したくて。だめでしたか?」
「とんでもない。カイル殿がよければ私としても何の問題もありますまいよ」
「よかったです」
そんな俺の反応を待って、アルバートは俺に昨日の件について説明を始めた。
「で、話というのは昨日の件……『他にもカイル殿のような魔術師を知っている』ことについてで間違いなかったですかな」
「えぇ。俺もあくまで噂レベルでそういった魔術師の話を聞いたことがあるのですが、如何せん噂レベルだったので詳しいところを知りたくて」
「ふむ……まぁカイル殿のおっしゃっている御仁と私の知っている人物が同一人物かはさておき、昨日のマーダーウルフとの戦いのような、白兵戦で魔法を使う人物という点では共通しているのでしょうな」
「えぇ」
俺はそう言ってアルバートの話を一つ一つ確認していく。対するアルバートはさて何から話したものか、といった表情で、言葉を選びながら話を続けた。
「まずその人物についてですが、名をマティアス=シュタインベルク。我らと同じノアード王国騎士団に所属する騎士です」
「なるほど、身内の方というわけですか」
「その通り。そのため彼……男なのですが、あやつとは普段から仕事を共にしているので魔法を使うところもよく見ているのですよ」
(だからマーダーウルフの殺し方を見た時も、それほど驚かなかったわけか)
俺がそんなことを考えていると、アルバートは「とはいえ」と補足する。
「私たち騎士団としても殊更にあやつの存在をひけらかすような真似はしておらず、まして一般市民や部外者の前で魔法を使うこともないので、あまり知られてはおりませんがね」
「なるほど……今更こんなことを聞くのもなんですが、そんな情報を俺に教えても大丈夫だったんですか?」
「ははは、問題ありますまい。広めているわけではないだけで、秘密にしているわけではないですからな。それにカイル殿は昨晩の行動やその身分からも十分に信頼できる人物だと我々も判断しております故」
「流石に俺のことは既に把握済でしたか」
俺がアルバートにそう言うと、彼はやや申し訳なさそうな顔をしながら答えた。
「失礼とは思いましたが、我々も国を守る立場故、関係者の身元は正確に把握しなければなりませんのでな。ご不快にさせたなら申し訳ない」
「いえ、こちらこそ余計な手間をかけてしまい申し訳ないです」
「えっえっ……」
俺とアルバートの会話の意味が分からず、エミリアがあたふたしていた。
「ふむ、エミリア殿にはまだお話になられてないので?」
「あー……そういえばそうだった。まぁ別に大した話じゃないからそういう話題が出たら話せばいいかくらいで考えていましたね」
「ははは! なるほど。やはり話していて良くわかりますが、カイル殿は地位や名誉といったものにあまり頓着しない性格なのですかな」
「まぁそうかもしれないですね……」
こんなことを言っていたらジューダスに叱られそうだが、事実そういったものに(大切だというのは分かるが)執着はなかったので素直に頷くことにした。
するとアルバートはエミリアに俺のことについて説明してくれた。
一通り俺の身の上を聞いたエミリアは、驚愕の表情で俺を問い詰めてきた。
「か、カイルさん! どうしてそんな大切なこと教えてくれなかったんですか!りょ、領主の息子って偉い人じゃないですか!! 私変な口聞いちゃいましたか? つ、罪とかに問われたりします?」
「そんなわけないじゃない。それに領主っていっても辺境の小さな領地だよ。そんなに大したことじゃないし、そんなこと気にされて話しかけづらいって思われてもやだなぁ」
「そ、そんなことはないですよ! ちょっと意外だったなぁっていうか何というか……」
どういう意味で意外だったのかはじっくり聞きたいところではあるがこのままだと話が脱線しっぱなしになってしまうので、俺はコホンと咳払いを一つしてアルバートとの会話に戻った。
「それでそのマティアスさん……という方も、俺と同じように魔法を……?」
「えぇ。ただあやつの使う魔法は特殊……まぁ白兵戦で魔法を使うこと自体既に特殊なのですが、輪をかけて異色なのが、あやつの扱う魔法は『闇』の属性なのですよ」
「や、闇ですか……」
想像の斜め上の話に俺は一瞬戸惑う。
(いやファンタジーの常識として、光と闇、なんてのは定番っちゃ定番だけども……)
とはいえ下手な先入観で考えを偏らせたくはない。まずは主観ではなく客観で事実を整理していこう。
そう考えた俺はマティアスの話の続きを黙って聞き続けたのだった──。
「──というのが、私の知る魔法についての情報ですな。お役に立ちましたかな?」
「えぇ、とても参考になりました。重要なお話を聞かせて頂きありがとうございます」
「良いのですよ。我々としても、カイル殿のような将来有望な人材と交友を結べたという成果もあるわけですしな」
「そんな風に煽てられてもそちらの騎士団には入らないですよ」
一応自身の領地があるので、というとアルバートも「これは失敗した」と笑いながら答える。
そんな会話をひとしきりした後、時間となった。
「それでは次があるのでこれにて失礼いたします。カイル殿、エミリア殿。もし次こちらの方に来ることがあれば是非ノアード王国の首都であるソドニアにいらしてください。平時であれば我らもソドニアを拠点に活動する機会が多いのでお会いできるかもしれませんしな」
「えぇ、是非」
「はい!」
それでは、と会釈をしてアルバートが退室する。俺たちもそれを見送った後、騎士団員に案内される形で宿舎を後にするのだった。
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「すごい興味深いお話をお伺いできましたね!」
「そうだね。正直俺以外にも同じような魔法……っていっても闇の魔法なんて使えないけど、そういう魔法の使い方をする人間がいることがはっきりしたのは収穫だった」
宿舎での会話でアルバートから聞いた話を整理するとこうだ。
ノアード王国騎士団には、闇の魔法式を持つ騎士団員がおり、名をマティアス=シュタインベルクという。
彼は普段から剣と魔法を用いて魔獣などと戦っており、その実力も騎士団上位の存在。とはいえその特殊性から街の警備などというよりは、凶悪な魔獣の討伐などの危険度の高い任務に駆り出されることが多いため一般人は姿を見かけることが少ない……。
これがアルバートの話から整理した情報だった。今後ノアード王国を再び訪れることになった際には参考になるだろう。
ひとまずこの街でやるべきことはすべて終わらせた。
俺は偶然の出会いと収穫に満足しつつ、エミリアとともに本格的に出立の準備を始めるのだった。




