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第34話 ルダスへの帰還

「あ! カイルさん! それに皆さんも!」

「ただいま戻りました」


 あれから俺たちは急ぎルダスの街へと舞い戻り、そのままその足で冒険者ギルドへと向かった。ギルドに入ってみると、状況を説明している騎士団やエミリアたちの姿が見える。エミリアは俺の方に気づき、手を振ってこちらへと駆け寄ってきた。


「お怪我はありませんか?」

「えぇ、もうあの森に危険はなさそうですし、横には二人の強力な助っ人がいらっしゃいましたしね」

「俺を含めるんじゃねーよ」


 俺の言葉にエリオットがそうツッコむと あはは、と笑い声が飛び交った。

 エミリアももうすっかり元気を取り戻したようだ。

 そんな俺たちの方へもう一人、冒険者ギルドのマスターであるバッカスが歩み寄ってきた。


「改めて、二人とも無事でよかった。それにカイル、よくエミリアを助けてくれたな」

「いえ、俺の勝手にやったことですからそんな風に畏まられるとかえって気恥ずかしいですよ」

「がはは、そうか。分かった。……それで、魔獣のほうは」

「そこからは私が説明しましょう」


 そう言って名乗り出たのはアルバートだった。俺も黙って彼に説明を任せることにした。正体不明の旅人よりも騎士団の人間の言葉のほうがより伝わりやすいだろう。


「……と、いうことで現場の状況も確認しました。周囲に他の魔獣の痕跡も見当たりませんでしたし、ひとまず危機は去ったという認識でよいかと思われます。とはいえ、念のため少しの間森への立ち入りを封鎖し、改めて騎士団による見回りを行いたいと考えているが、いかがですかな?」

「わかった。その件については俺の方から市長にも話を通しておこう。よろしく頼む」


 バッカスとアルバートは、それから諸々今後のことについての確認のための話し合いを続けていた。


 俺はというと、この話し合いには自身は不要だろうと思いギルドに併設されている酒場のカウンターに座り食事を注文していた。我ながら今ここで? とも思ったが、昨日から何も食べていなかったし、何より周囲はエミリアの帰還を喜びあっている。リリアンなどは泣きながらエミリアに抱き着いていた。

 そんなわけで、「お祝い」の雰囲気ならまぁ別に食事しても文句は言われないだろうといった気持ちで俺は出された食事を黙々と食べることにした。


「うん、久々に食べるまともな食事はやはりうまい」


 そのまま喧噪の中、もぐもぐと食事をとっていると、そっと横に座ってきた人物がいた。エミリアだ。


「? エミリアさん。いいんですか? あちらは」

「あー……あはは、はい。皆さん私が無事だったことを喜んでくれて、うれしかったんですけど、ちょっと恥ずかしくなっちゃったのでこちらに来ちゃいました」

「そうですか」


 それきり口を閉じ、エミリアはしばらくの間俺が食事をするのを見つめていた。


「はい、エミリアちゃん。これ、アタシからのサービスよ」

「あ、ありがとうございます!」


 そう言ってウェイトレスの女性からジュースと軽めの食事を受け取るエミリア。彼女はジュースをくぴくぴと飲み、そのままコップを抱えたままで俺に話しかけてきた。


「あの、もう何度も言っていていい加減しつこいかもしれませんが、改めて。本当に今回はありがとうございました」

「ふふっ、いいんですよ。むしろあそこでエミリアさんを見捨てる選択肢をしていた方が俺は一生後悔していたでしょうしね」

「優しい方なんですね、カイルさんは」

「自分にできることはやらないと気が済まない性質たちなだけですよ」


 ふふふ、と笑うエミリア。直後ハッとした表情で口を開いた。


「そういえば、カイルさんは普段どなたにも敬語でいらっしゃるんですか?」

「? いや、そんなことはないですよ」

「でしたら、私にももっと気楽に話していただいて大丈夫ですよ。同い年ですし」


「まぁ、私はいつもこの口調なのでこのままで勘弁していただきたいですけど」と頬を掻きながらエミリアはそうお願いしてきた。


「わかった、改めてよろしくね。エミリア」

「はい!」


 そう言ってしばらく雑談をして過ごし、ちょうどお互いの食事が片付いたころ。

 エミリアが意を決したようにして話しかけてきた。


「あの、カイルさん。こんなに良くしていただいたのに、申し訳ないんですが……一つだけ、お願いをしてもよろしいでしょうか?」

「? どんなこと?」


 俺の言葉を聞いたエミリアは、目を閉じて俺にその願いを告げてきた。


「わ、私を弟子にしてもらえないでしょうか!!」

「……………へ?」


(でし……デシ……で、弟子!?)


 全く想定していなかったそのお願いに一瞬思考が止まりかけたが、何とか踏みとどまる。そして、その理由について慌てながら聞き返した。


「弟子になりたいって、理由をきいてもいい?」

「は、はい……」


 そういうと、エミリアはぽつぽつと話し始めた。


「理由は二つあるんです。一つは、もっと強くならないといけないって思ったこと……。情けない話ですけど、今回マーダーウルフに殺されそうになったときにはじめて、心の底から自分が未熟だったんだなって痛感したんです。それまでは何となく依頼を受けて、お金を稼いで、凶悪な魔獣は図鑑やお話では聞いていたけど、どこか他人事で」


 無理からぬことだろう、と正直に思った。

 死の危険、戦いの実感、恐怖……。結局そういうのは、実際に自分が遭遇してみない限りはその実感を得ることなどできない。ましてエミリアのように、採集などの危険度の低い依頼を生業にする冒険者は別に珍しいことではない。

 そして、たいていの場合そういった冒険者がエミリアのような実感を得るときには、そのままその生涯を終える……そういうことの方が多いのだ。


 そんなことを考えている横で、エミリアは話を続ける。


「二つ目は、その、カイルさんが森で使っていた魔道具。あれを私も作れるようになったらって思ったからです」

「……そっか」


 これもまた、あり得る理由だと思う。魔道具は、自分で言うのもなんだがこの世界の技術力から見ればかなり可能性を持った道具だ。だが反面、その可能性を望まない方向に広げたくないというのも偽らざる本音だった。


 俺はエミリアに問いかける。


「なんで、魔道具が作りたいの?」

「それは……」


 俺の問いにエミリアは暫く黙り込んでいたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「その、そんなことのためにって思われちゃうかもしれないんですけど……。故郷の家族のため、です……。私の故郷って、すごい小さな村で、土地もあまり良くないから作物もそんなに取れなくて。それに、水汲み一つにしても近くの井戸が枯れちゃったせいで遠くの川から汲んでくるしかなかったりして」


 総じて不便な土地なんです、とエミリアは言う。


「それでも慣れ親しんだ土地でみんな頑張ってる。そんな人たちのおかげで今こうして私は元気に冒険者ができてるって思ってるんです。だから、そういう人たちのために何か恩返しができればって思って始めたのが冒険者だったんですけど……」

「そうだったんだ」


 俺はエミリアの話にうなづいた。その様子を見たエミリアは、更に続けた。


「だから、もし魔道具を私が作れるようになったら、きっと村の暮らしも今より良くなるんじゃないかってそう思ったんです。それが、理由です」

「なるほどね……」


 俺がそう返すと、エミリアは苦笑いしながら答えた。


「すみません……。ほんとに我ながら自分の周りの人のことしか考えられなくて。きっとこの魔道具も、もっと広く世のため人のため……そういう大きな目線で作られたんだろうなって、カイルさんを見てて思うんです。だから、あくまで身近な人のためだけっていう私の考えは……」

「そんなことないんじゃないかな」

「え?」


 エミリアがそう自身を卑下しようとする言葉を遮って、俺は答えた。


「俺だってそんな大局的なこと考えたりできないよ。それに、誰だって最初はそんなものだと思う。隣人のために、大切なだれかのためにって。エミリアの言ってる、『世のため人のため』っていうのは、そんな大切な、守るべき何かを少しずつ増やしていった人がようやく持てる視座なんじゃないかな」

「あ……」


 エミリアはハッとした表情で俺の言葉を聞いていた。


「それに、今の話で俺が一番驚いたことって何だかわかる?」

「え、え? 驚いたことですか?」

「そっ」

「えー……な、何でしょう。分からないかもです……」

「それはさ、『魔法』を誰かのために使いたいって思えたことだよ」


 この世界の魔法は、誰かを傷つけるために用いられるのが当たり前だとされる力だ。大規模に、広範囲に、無差別に人を殺し得る破壊兵器。

 それが、魔法という存在の常識。


 だがエミリアは、そんな魔法の常識を捨てて純粋に『誰かのために』その力を使えたらと話した。そういう()()を持てる人間になら、この知識を伝えてもきっと大丈夫。俺の直感はそう告げていた。


「あの……」


 考え込む素振りを見せる俺を、エミリアが不安げな表情で覗き込んでくる。俺は、彼女に向き直ると改めて確認した。


「一つだけ約束してほしいんだ」

「は、はい」


 俺の真剣な表情に、エミリアは背筋をピンとはってそう答える。


「一つ、魔法は人を傷つけるために使わないこと。勿論、自分の身に危険が迫っている時は別だよ? あくまで悪意をもって使わないこと」

「も、もちろんです!」

「そして、魔道具について。これも、誰かを傷つけるようなものを作らないこと。所謂、魔兵器って呼ばれるやつだね。あれに転用するようなことだけはしないこと」

「……絶対に、約束します」


 俺の問いに、エミリアは強い覚悟を感じさせる声でそう応えた。その表情を見れば、もう十分だ。


「これからよろしく、エミリア」


 そう言って俺は手を差し出した。


「はい! よろしくおねがいします師匠!!!」

「……師匠はやめてほしいかな」

「は、はい……」


 そんなどこか締まらないやりとりをして、握手を交わす。

 こうして俺に、仲間ができたのだった。

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