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第33話 戦いの跡地にて

 明朝。

 俺は昨晩と変わらずじっと周囲の警戒を続けていた。


 徐々に木々の隙間から木漏れ日が差し込み、小鳥のさえずりが聞こえ始める。昨日の戦いが嘘だったかのように平穏な朝だった。まぁ、すぐ近くにはマーダーウルフの死体が横たわっているため雰囲気としては微妙だが。


「ん……んぅ……」


 差し込む光に顔を照らされたせいか、エミリアがゆっくりと目覚める。


「おはようございます。よく眠れましたか?」

「ん……あっ! は、はい! おかげさまで」


 まだ少し寝ぼけ眼になりながらも昨日の出来事を思い出したのか、エミリアはがばっと起き上がりそう答える。そんな様子を見て俺も「大丈夫そうだ」と言いながら苦笑した。


「足の具合は?」

「あ……」


 そういって彼女は自身の足をおそるおそる動かした。


「多少痛みはありますが、昨晩よりだいぶよくなりました。これなら歩けそうです」

「そうですか、それはよかった」

「治療から夜の番まで……本当にありがとうございます」

「いえいえ。それよりこの後のことですが」


 そういって俺はゆっくりと腰をあげた。


「一応救助が来ることになってはいるんですが、とりあえず彼らもまずは森の道……普段人が通る場所を中心に捜索するでしょうし、まずは何とかそこまで戻りましょうか」

「そうですね。私も、夜だと難しかったですが今なら多少はお力になれそうです」


 そう言ってゆっくりと立ち上がるエミリアを見て、俺も野宿の後始末を始めた。

 それから少しして、俺たちは森を再び歩き始めるのだった。



 ---



「お、これは」

「道ですね!」


 しばらく歩くと、ようやく道らしきものが続く場所まで出ることができた。そのことで俺たちが喜びあっていると、不意に遠くから声が聞こえた。


「おーーーーーーーーーーーい!!!」

「あっ、もしかして!」

「みたいですね」


 見れば、騎士や冒険者、様々な装いの人々を引き連れながら駆け寄ってくる男が見えた。昨日俺を案内してくれた冒険者だ。


「お前ら! 無事だったんだな!」


 この二人が件の。と男は引き連れていた人々に説明しつつ俺たちの無事を喜んでくれた。

 すると、横から一人の騎士が前へと出てきた。


「お初におめにかかる。私の名前はアルバート=ライズボロー。ノアード王国騎士団に所属する者です」


 そう自らを紹介してきたのは、銀色の甲冑に身を包んだ壮年の男だった。顔には古傷とともに深いしわが刻まれ、さながら歴戦の勇士としての雰囲気を身にまとっている。


「はじめまして、カイル=ウェストラッドと申します。それでこっちが」

「え、エミリア=フォーセットです! この度はご迷惑をおかけしました!」


 そう言ってぺこりと頭を下げるエミリアに、アルバートはにこやかに微笑みながら答えた。


「いいえ、むしろお二人の窮状に駆け付けるのが遅くなってしまったのはノアード王国の治安を預かる我ら騎士団の失態といえる。本当に申し訳ない」


 そして深々と頭を下げるアルバートに、後ろにいた幾人かの騎士団も頭を下げた。

 するとエミリアは慌てたように「と、とんでもないです!」といって同じように何度もぺこぺこしていた。


 そんなやりとりをしている横で、俺は冒険者の男に状況の説明を求められていた。

 ちなみに昨日は急いでいたために名を聞きそびれてしまっていたが、彼の名前はエリオットというらしかった。


「……マジか? マーダーウルフをやったって」


 一通り状況を説明すると、エリオットと、そしていつの間にかこちらの話を聞いていたアルバートらがじっと俺を見つめていた。


「はい。なんとか、ですが」

「何とかなんてものじゃないですよ! カイルさん、すごかったんです。マーダーウルフをちょちょいって倒して!」

「実際は緊張しっぱなしだったけどね」


 この五年間で場数は踏んできているが、流石に命のやり取りともなるといつになっても慣れない。


「ふむ……」


 そんな俺の話を聞いていたアルバートは、考え込むように手を顎に当てる。しばらくそうしていたが、やがて口を開いた。


「カイル殿、一つお願いがあります。我ら騎士団としては周囲の安全確認のためにも、件のマーダーウルフの死体を確認させていただきたい。ついては、そこまでの道案内を頼みたいのですが」

「ええ、一応戦闘があった場所からここまでの道に印はつけておいたので、問題ないですよ」

「えっ!? い、いつの間に……」


 エミリアが驚いた様子でこちらを見ているので、俺は苦笑しながら答えた。


「茂みを切って進んでいるときに、近くの木にこっそりとね」

「気づかなかった……」


 まぁ、こうなることは予想できていたことなので特段驚きはなかった。とはいえだ。


「であればエミリアさんのことですが……」

「えぇ。エミリア殿についてはほかの騎士団員が責任をもってルダスの街まで送り届けましょう」

「助かります」


 そんなやりとりをして、一旦俺とアルバート、そしてこのあたりの地理に詳しいエリオットの三人でマーダーウルフの確認を。残りの人間がエミリアを送り届けることになった。


 別れ際、エミリアが遠ざかりながら俺に声をかけてきた。


「カイルさん! 街に戻ったら改めてお礼をさせてください!」


 俺はその言葉に笑顔で手を振って応じると、彼女も同じようにしながら徐々に遠ざかっていったのだった。


 その様子を見届けると、さっそく俺たちは件の魔獣の元へと向かうことにした。



 ---



「驚いたな……そりゃ、疑ってたわけじゃねぇがマジのマーダーウルフじゃねぇか。実物を見たのはこれが初めてだが、こんなやつを本当にお前が?」

「運がよかっただけですよ」


 再び戻った戦いの跡地で、先ほどまでと変わらず横たわるマーダーウルフを見つけたエリオットとそんなやりとりをする。その横では、アルバートがその死体に近づき、生死を改めて確認していた。そしてゆっくりと立ち上がる。


「うむ。やはりこいつはマーダーウルフで間違いないし、死亡も確認できた。もう脅威は去ったと言ってよいだろう」

「よかったぜ……」

「ええ、本当に」


 アルバートの言葉に肩をなでおろすエリオットに俺は同調する。


「しかし、魔石が取り出された形跡がありますな」

「あ、すいません。それは俺ですね。一応討伐したので戦利品としてもらっておこうかと。何かまずかったですか?」


 するとアルバートは笑い声をあげながら答えた。


「はははっ! いえいえ何も問題ありません。むしろ、これだけの相手と戦い、かつ負傷者の警護を一晩続けるという状況の中でそれだけ冷静に行動できていることに関心いたしました」

「ほんとだぜ……お前本当にただの旅人か……?」

「そうですよ」


 それにしても、とアルバートが続ける。


「この傷跡……目の傷は剣による裂傷だというのはわかりますが、この、おそらく致命傷となったであろう頭部の一撃、これもカイル殿が?」

「あぁー……」


(そうだった。どうやって倒したかについて聞かれる可能性を失念していたな……)


 勿論、最終的にマーダーウルフを仕留めたのは『雷電槍』の魔法なわけだが、それをそのまま説明するかどうかを俺は悩んだ。

 なにせこの世界における魔法観は特殊だ。ダリア王国でテオドール皇太子に聞いた『氷獄公』はともかく、魔法というのは大規模・大威力が常識。その常識にのっとって言うなら、俺が使ったこの魔法は明らかに普通ではないと言える。


 俺がどういうべきか悩んでいると、アルバートはそっと口をひらいた。


「もしかして、魔法、ですかな?」

「!!」


 不意に図星をつかれ、思わず動揺を顔に出してしまう。そんな俺の様子を見てアルバートは「やはりな」と言いながら俺の目を見据えた。


「なぜ、わかったんですか?」

「ふむ……理由はいくつかありますが、一番の理由は私が『こういった戦い方をする魔術師を知っているから』ですかな。まぁアレを魔術師といっていいかは些か疑問ですが。とはいえこれほど正確に魔獣の脳天を貫くような繊細な魔法ではないですな……」


(なんてこった)


 思いもよらぬ情報に俺は混乱しそうになる頭を必死で整理して答える。


「一体それはどなたの……どういった魔法なのでしょう?」

「お答えしてもよいが、その前に先ほどの私の答えは合っておりましたかな?」

「あ、あぁ……失礼しました。おっしゃる通り、これは俺の使った魔法です」

「やはり……」


 そんなやりとりをしている俺たちを傍で見ていたエリオットだったが、申し訳なさそうに手をあげた。


「あー……その、なんだ。俺は魔法のことはからっきしだが、その様子だと結構込み入った話になりそうか? それならこんな場所じゃなくて、一度街に戻ってから腰を据えて話したほうがお互いよさそうだなって思うが」

「そ、そうですね。申し訳ないです。アルバートさんもそれでよろしいですか?」

「えぇ、異存ありませんな」


 俺たちは互いにそう頷きあうと、マーダーウルフの一部……牙や毛皮といったものを手早くはぎ取り、持ってきた袋に詰め込んだ。

 これは討伐の証でもあるし、先ほどはエミリアの護衛もあるのであまり持ち物を増やせなかった都合でなくなく断念していた素材たちだった。売ればお金の足しになる。


「これくらいあれば大丈夫かな」


 俺はひとしきり素材を集め終わると、傍で待たせていたアルバートとエリオットに「お待たせしました」と言いながら歩き始めた。


 そうして、無事マーダーウルフの討伐を確認できた俺たちは、足早にルダスの街へと戻るのだった──。

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