第30話 救援要請
「だから、今すぐにでもエミリアちゃんを助けに行かないと!!」
「落ち着けリリアン。お前の気持ちも分かるが、ここで無闇に捜索隊や討伐隊を出したところで余計に被害を拡大させかねないんだ」
「で、でも……だからってそんな……」
ここはルダスの冒険者ギルド内。話をしているのは数人の男女だ。
ギルドの受付嬢リリアンは、自分が依頼を進めてしまったばかりにという強い後悔の念から、自分が捜索に加わると言い出しかねない勢いでエミリアの救出を提案していた。しかしここルダスの冒険者ギルドマスターである男……バッカスは冷静に状況を説明する。
他にも冒険者、騎士団員などが集まりながら、喧々諤々と議論を続けていた。
「既に本件に対応できる騎士団員への救援要請は行っております。しかしながら早馬を飛ばしたとしてもおそらく到着は明日早朝になるかと……」
騎士団の男は、深刻そうな表情をしながらそう告げた。だが誰もその男に、「なぜお前が助けに行かないのか」などとはいわない。当然だ。相手は金級冒険者でさえ手を焼く魔獣……生半可な存在ではないからだ。
「冒険者の伝手をあたっちゃみたが、こちらも同じような状況だ。端的に言ってマーダーウルフを相手できるような実力者がこのあたりにいない。今この街にいるやつで一番実力があるやつでも銀級……。それでもパーティというには少ないし、相手は金級冒険者がパーティを組んで挑んでやっとの相手。言い方は悪いが雑魚が束になったところで勝てるような甘い相手じゃねぇ」
そう付け加えたのは冒険者の男だった。自身もまた銀級冒険者である男は、その経験からマーダーウルフという魔獣の脅威をよく理解しているがゆえに、自分たちで手に負える相手ではないという結論を下していた。
「状況は最悪、か……」
バッカスはそう口を開く。
それでも幸か不幸か、このタイミングでモコイオスの森に入った冒険者は把握してる限りではエミリア=フォーセットという駆け出しの銅級冒険者一人だけ。
無理やりな救出を試みた時に出かねない人的被害や、魔獣の意識を街の方角へと向けてしまった際の被害を考慮すると、彼女一人のためだけに今の状態で救助に向かうのはこの街の冒険者ギルドを纏める者として到底できる判断ではなかった。
ギルドの受付嬢……看板娘のリリアンはいつもの明るい表情が消えうせ、深刻そうな表情を隠すこともできていなかった。
それもそうだろう。自分が何の気無しに勧めた依頼のせいで(といってもリリアンのせいだということは全くないが)彼女とも親しかった少女が危険に晒されてしまっている……そう考えれば今のこの表情も無理からぬことだった。
「やはりここは増援が来るのを待つほかない、か……」
「そんな……」
非情な言葉。だがバッカスの言葉に誰も否定的な言葉をかける者はいない……否、できるはずもなかった。
周囲に重苦しい空気と、何処か諦めさえ含んだ雰囲気が漂い始めたその時だった。
「あのー、今どんな状況でしょう? あと、ついでに冒険者登録もしておきたいんですが」
まるで空気の読めない軽い雰囲気の男が、ギルドへと入ってきたのは。
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とりあえず冒険者ギルドへとついた俺は、酷く重苦しい雰囲気が漂う室内に向けて声をかけた。
「あのー、今どんな状況でしょう? あと、ついでに冒険者登録もしておきたいんですが」
するとそこにいた幾人かの男女がこちらにゆっくりと顔を向け、「なんだこいつは」と言わんばかりの表情で見つめてきた。
俺がどうしたもんかと悩んでいると、その男女の中でも大柄な男が近づいてきた。
「すまねぇな。俺はここルダスの冒険者ギルドマスターのバッカスという者だ。悪いが今取り込み中でな、冒険者登録については待ってくれねぇか。あと状況についてだが、その様子だとお前さんも街である程度状況は知っているようだが?」
(こんな差し迫った状況であれば何様だおまえ!なんて激高されるかとも思ったけど、ここのマスターはかなり冷静な人間だな。すごい好感がもてる)
どんな状況であれ、相手には常に敬意を払って接する。「地位ある者。これ常に品位あれ」……。これは実家にいた時にジューダスから口をすっぱくするほど言っていたことだが、その意図はともかく、常に余裕を持ち、相手に敬意を持つ。内心がどうであれ、態度は余裕を演じること。
そういった「余裕」は、たとえそれが形から入ったものであったとしても徐々に思考にもゆとりをもたせてくれる。
(冷静な話し合いはできそうだ)
そう認識した俺は、素直に彼の言葉にうなづいた。
「えぇ。冒険者の方が依頼で向かった森にマーダーウルフが出た……と」
「その通りだ。そしてその救助のための人間を今集めてるとこだ。少なくとも今この街にいる人間には難しい……そう、結論づけた」
歯痒そうにそう告げるバッカスに、俺は質問した。
「地図はありますか? モコイオスの森という場所の具体的な位置を教えて頂きたいです」
「え? 何だってそんな……」
「まぁまぁ」
「まさかお前さん、救助に行くつもりか? ……やめておけ。冒険者にすらなってないようなヒヨッコが行ったところで犠牲が増えるだけだ。第一そんなこと俺が認め……」
「自己責任」
俺は、バッカスが俺のやろうとしていることを察し良心から止めてくれようとした言葉を遮ってそう口を開いた。
「冒険者っていうのはどこまでも自己責任が基本、ですよね? だから俺がこれからやることも自己責任です。勿論皆さんに迷惑をかけるつもりはありません。もし仮に俺が戻らないままこのあと救助隊が森に入った人間を救助することになったら、俺のことは放っておいてもらって大丈夫です」
「放っておいてもらって大丈夫ですって、お前なぁ……!」
俺の言葉に動揺を隠しきれないままにそう返すバッカス。しかしそんな彼の後ろから、一人の女性が声をかけてきた。
「エミリアちゃんを……助けてくれますか……?」
「お、おいリリアン! 何を馬鹿なことを言って……!」
「絶対、なんて無責任なことは言えませんけど、やってみますよ」
「お願いしますッ……! どうか……どうか………」
「リリアン……」
リリアンと呼ばれた女性は、泣き崩れながら俺にそう頼み込んできた。後ろにいた男たちも、彼女の悲痛な様子を見てつらそうな表情をしている。
するとバッカスがそんな彼らの代わりに俺に話しかけた。
「まず名前を聞いてなかったな……お前さん名は?」
「カイル。カイル=ウェストラッドといいます」
「カイルか……。いいかカイル、さっきお前さんにも行ったが、現状俺たちではエミリア……モコイオスの森に取り残された冒険者のことだが、そいつを助けられるだけの戦力がない。だからこそギルドマスターとして、戦力が到着するまでは待つという判断をした」
「至極当然な判断だと思います」
合理的、かつ理性的な判断だ。ギルドマスター……上に立つ者としてはあまりに当然の判断といえた。
「だからこそ、もし仮にお前さんが助けに行くといっても現状俺たちから戦力面で支援できない。そして仮に単独で救助に向かうとなっても、すべて自己責任ってことになる。さっきお前さん自身で言った通りな」
「はい」
「……それでも行くのか?」
「そうですね。動けるのに動かないでいるのは主義じゃないので。それに、この場で自由に動けるのは俺くらいでしょうし行ってみますよ」
あっけらかんと、まるでどこかに出かけるような口調でそうのたまう俺を見て「本当に大丈夫なのかこいつは」と少し心配そうな目をするバッカス。
だがすぐに顔を切り替えて問いかけてきた。
「出発はいつ?」
「今すぐに」
「戦力は無理だが、ほかに必要な支援は?」
「その冒険者が負傷している可能性もあるので、治療用の器材を一式」
「リリアン! 聞いてたな。今すぐ近くの医院に行って一式もらってこい。金はギルドの名義で建て替えておけ!」
「わ、わかりました!」
バッカスがリリアンにそう指示すると、彼女は慌ててギルドの外へと駆け出して行った。
「アンタ、『足』はあるのか?」
続けて冒険者風の男がそう俺に話しかけてきた。
「いや、ここまでは徒歩できました」
「わかった。なら俺は足の用意をしてくる。準備が済んだら街の入り口に来な」
そう言うと男はリリアンに続くようにしてギルドを後にするのだった。
それを見届けたバッカスは改めて俺に向き直り、話を始めた。
「とりあえずはリリアンが戻ってくるまでに改めての現状説明と、モコイオスの森の位置。それにマーダーウルフって魔獣についての説明をしておくぞ」
「お願いします」
そういって俺とバッカスは、リリアンが戻るまでの間に諸々の整理を始めるのだった──。




