第29話 ルダスの街
「とりあえず、寄り道しながら中央を目指すかなぁ」
先ほどジルと別れた俺は、これからの予定について考えていた。
よくよく振り返ってみると、この五年間ほとんどの時間をジルとの修行や旅に費やしてきたために、改めて一人で各地を巡ることについては強い憧れがあった。
とはいえその前に長い期間留守にしてきた故郷に顔を出さなきゃいけないなというのもわかっていたので、コスターがある大陸中央……ダリア王国を目指して旅を続けることをひとまずの目標とすることとした。
今俺は中央大陸南部に位置しダリア王国とは北方で隣接する国『ノアード王国』にいるのでこのまま北上して幾つかの街に立ち寄りつつ進むことになる。
ちなみに、この五年間で全く故郷の状況について知らなかったわけではない。というのもジルには自前のマナバードがおり、たまに両親たちと手紙で連絡を取り合っていたのを間接的に状況を教えてもらっていたのだ。
そのなかで一番の出来事といえば、どうやら俺が旅に出た後で妹が生まれたらしいことだ。まだ実際に会ったことがないのであまり実感が湧かないが、それでも新しい家族に顔を見せておかないと今後一生兄と認識してもらえないかもしれない……。それは何ともしても避けたい。
「とりあえずここからだとルダスに行ってもう一度準備を整える必要があるかなぁ。あとはついでに冒険者登録もするか……」
最近はもうほとんど旅に必要な準備は自分で行えるようになっていたが、それでもジルもいない初めての一人旅だ。色々と足りないものもあるかもしれないと考え、まだ登録していなかった冒険者になるというサブ目標も込みでこのあたりでそこそこの大きさの街であるルダスを目指すことにしたのだった。
……『冒険者』について補足しておくと、彼らは冒険者ギルドと呼ばれる組織に登録された人々のことを指している。主に魔獣の討伐や採集……戦闘から雑用まで依頼があれば(法にのっとり)何でもやるのが冒険者という職業だ。
また冒険者にも格付けのようなものがあり、青銅からはじまり、銅・鉄・銀・金・白金・聖銀までの等級が存在する。各依頼の難度はこれら等級に応じてあてはめられ、自身の実力に見合った依頼を受けられるようなシステムになっているわけだ。
ちなみにジルは最高位の聖銀級冒険者である。むしろあれ以上の怪物がうようよいてもらっては困るので妥当だととても強く思っている。
そんな俺はというと、実はまだ冒険者として登録をしていない。
というのも、ジルとの旅の中で「冒険者登録をしたい」という話はしたのだが彼女曰く、
「今お前が冒険者になってよ、アタシと一緒に依頼を受けてく中で等級が上がったとするだろ? そうしたら周りの奴らはどう思う? アイツは所詮聖銀級冒険者のオコボレを頂いてるだけの野郎だって舐められるかもしれねぇ。勿論お前がそんな軟弱野郎じゃないことはアタシがよくわかってるが、他人はそうは見てくれねぇだろ。だから冒険者になるなら、独り立ちした後で、自分の力で登っていくほうがいいぜ」
とのことだった。
まぁ彼女の言うことも一理あるかなと思った俺は、その場は納得してあきらめることにしたのだ。だが流石に一人旅とそうも言ってはいられない。旅の路銀を稼がなければいけないし、稼ぐ方法で自分に一番合ってるとしたらソレはやっぱり冒険者だからだ。
そんなわけで、俺は背中にぶら下げた荷物をよいしょと抱えなおし、マナバードのシロとともにルダスを目指すのだった……。
▼
同時刻。中央大陸南部に位置するノアード王国、その最北端にある街『ルダス』にて──。
「こんにちわー!」
「あら、エミリアちゃん。今日も依頼?」
「はい! 今日も採集系の依頼ってありますか?」
「あるわよ~。こういっちゃなんだけど、この辺りは危険な魔獣も出ないせいか簡単な仕事だけは山のように来るのよねぇ」
「あはは、私としてはすごいありがたいので何も言えませんけどね」
冒険者ギルド内、受付嬢と親しげに話しているのは駆け出し冒険者のエミリア=フォーセットという少女だった。
明るく照らされた黄金色の髪は肩の高さで切り揃えられており、翡翠色の瞳はこの少女の純粋さを表すが如くに澄み渡っている。
彼女はノアード王国内にあるとある村落の出身であり、故郷への仕送りのために冒険者として身を立て始めたばかりだった。
といっても、魔獣討伐などの危険な依頼は受けずに危険性の低い採集依頼などを中心に受けるタイプの冒険者だ。
そんな彼女は今日も元気に依頼を受けに来ていたのだった。
「はいこれ、モコイオス草の採集依頼。どう?」
「はい! うけます! 場所はいつも通り『モコイオスの森』に行こうと思います」
そういって受けたのは、軟膏の原料となるモコイオス草と呼ばれる薬草の採集依頼だった。とはいっても割と多くの場所で見かける種類の薬草であるため、採集難度自体は低い。
そして、『モコイオスの森』はここルダスから西へ少しいったところにある小さな森であり、特に名前はないのだがモコイオス草が多く自生しているためにこのような名前で呼ばれているのだった。
彼女自身これまでに何度もかの地に足を運んだ経験があったので、勝手知ったるといった様子でその依頼を受けることにしたのだった。
「よっし、今日もがんばるぞー!」
冒険者ギルドを出たエミリアは大きく背伸びをして、高く上がった太陽を背に歩き始めたのだった。
▼
「意外と近かったな」
あれから一日程かけてぶっ通しで歩き続けた俺は、無事ルダスの街へとたどり着いた。旅の荷物を抱えながら平気で一日歩き続ける自分は確実にジルと同じ「ぶっ飛んでる」やつになりつつある気がして少々悲しくなった。
とくに入口で検査があるわけでもなく、とりあえずすんなりと街へは入ることができた。コスターと比べてみても明らかに人が多く、またダリア王国との国境近いこともあってか行き交う行商人の数も段違いに多い。大通りには露店が立ち並び、少しばかりローゼンの大通りを思い出した。
「でもなんか雰囲気が……?」
しかしその喧噪の中には「賑わい」というよりも、「動揺」といったほうがいい雰囲気を含んでいた。
俺は気になって、ちょうど目の前を通りかかった町の住人らしき男に声をかける。
「すみません、何かあったんですか?」
「ん? あぁアンタよその人か? 今来たばかりか」
「そうなんですよね、なんかバタバタしてるように見えて」
すると男は、深刻そうな表情で頭を掻きながら答えた。
「いやな、実はここから西にある森で『マーダーウルフ』が出たらしいんだよ。なんでもフォーリア大密林からはぐれてこっちへ来たらしい」
マーダーウルフ。
それは魔獣の一種であり、大型……全長約七メートルほどにもなる巨大な狼型の生物だ。その名に冠する通り非常に残忍な気性をしており、遭遇した場合は即時退避することを推奨されている。最も、とても俊敏な魔獣のため逃げなければいけないような力量で相対した場合に逃げ切れるかどうかは甚だ疑問ではあるが。
冒険者ギルドの位置づけとしては金級冒険者のパーティが適正とされるため、仮に討伐依頼があったとしたならそこそこに難度の高い依頼となるだろう。
フォーリア大密林という場所はこのノアード王国の最西端にある超巨大森林地帯であり、中央大陸でも屈指の危険地帯とされている場所だ。
そこには未だ手つかずの森林が広がり、また弱肉強食を体現したかのような生態系の影響か非常に凶悪な魔獣が溢れているらしい。
そして時折その生存競争に溢れて別の地へと移動しようとする魔獣がおり、そうはいってもソイツもまた凶悪な魔獣であることに変わりはないため冒険者、あるいは王国の騎士団などがこれの討伐にあたっていたりする。
今回はたまたまそういったやつが逃げ延びたのだろう。
「それで、被害が?」
俺がそう聞くと、男はふるふると首を横に振ってこたえた。
「《《まだ》》出てないっていうのが正しいな。なんでもその森……地元の人間は『モコイオスの森』っていってる場所なんだが、そこに採集依頼で向かった冒険者がいるらしくてよ。運悪く発見報告と入れ違いになっちまったらしい。しかも採集依頼をするくらいだからわかるだろうが冒険者としての等級も低いときた。だから救助に向かうべきかどうかで今冒険者ギルドで話し合いをしていてな……」
「? 何か迎えない理由が……?」
俺は至極当たり前のことを聞いたつもりだったが、男は深刻そうな顔でつづけた。
「単純さ。人がいねぇんだよこの街には。マーダーウルフと戦えるレベルのやつが」
「騎士団や他の冒険者は?」
「騎士団のなかでも、マーダーウルフ級の魔獣を相手するとなるとかなり選りすぐりのやつでないと厳しい。そういうやつを今呼びに行ってはいるらしいが、少なくともすぐ来れるような状況でないのは確からしい。冒険者に至っては完全に不運だな。元々ここはダリア王国との通り道として重宝されてはきたが、逆に言えばここに留まる冒険者は少ない。そして今、そういった中でも実力のあるやつらはいないのさ……」
「それは何とも……」
不運、としか言いようがなかった。
流石に万が一街に魔獣がやってくることも考えたら衛兵を駆り出すわけにもいかないだろうし、頼みは騎士団か冒険者。だがそのどちらもすぐには救助に行けない状況……か。
「だから無理を承知で志願者を募って救助に向かうか、それとも騎士団や冒険者の到着を待つかで喧々諤々ってわけさ。とはいえ俺も待つほうに賛成だがね……」
その冒険者にはかわいそうだけどよ、と付け加えながら男は言い、そのまま去っていった。
「さて……」
まさか一人旅が始まって早々こんな状況に出くわすとは想定していなかった。まだこのあたりの地理もそこまで詳しいわけではない。
「とはいえ、放っておくわけにもいかないか……」
俺はどうすべきかと考えながら、自然と冒険者ギルドの方へと足を進めていくのだった。




