第28話 一人きりの旅立ち
あれから。
戦いで負った怪我を手当てし、なんとか両腕ともに動かせるようになった俺は、ジルと話を続けていた。
ジルはというと、戦いが始まる前に運んできた大きな荷物……というよりカゴ?を俺の前まで持ってきた。カゴらしきものは丸々と包み込むように布で覆われている。
俺は腕の調子を確かめながらジルに問いかけた。
「それで、結局その荷物の中身ってなんなのさ」
「ふふふ、見て驚けよ! じゃーん!」
「……ってうお!」
ジルがばさりと布を取っ払うと、中にいたのは鳥型の生物だった。
その体毛は純白の中にうっすらと白銀を感じさせる神秘的な色合いをしている。
「これってもしかしなくても、魔交鳥?」
「正解だ。ま、お前も必要になるだろうと思ってな。アタシ手ずから捕まえてきてやったのよ」
「キュルル……」
ジルの言葉に心なしか項垂れたような様子で鳴くこの生き物は通称『マナバード』と呼ばれる鳥の一種で、その特殊な生態からこの世界で……特に旅人の間ではとても重宝されている存在だ。
この鳥は主に大陸内における連絡手段として使われている。イメージとしては伝書鳩だ。ただこの鳥の一番の特徴は、その名前が示す通り魔……つまりは特定の魔力を覚える習性をもっている点だ。
人は誰しもが大なり小なり魔力を持っているが、実はその魔力にはそれぞれ特徴……例えるなら匂いや色のようなものがあるらしく、この鳥はそれらを覚えることでその相手の元までたどり着けるというわけだ。それもかなりの広範囲を探知可能であり、優秀なマナバードであればそれこそ大陸全土をその範囲とするとも言われている。
とはいえ移動速度自体は極々普通なので遠いければ遠いほど時間はかかるが、とはいえ人が届けるソレとは雲泥の差であることは言うまでもない。
と、ここまでマナバードが如何に便利かを述べてきたが、当然デメリットも存在する。
まず何よりも一番に上げられるのが、この鳥が人の言葉を理解するほどに非常に賢いことだろう。どういうことかといえば、簡単に言ってこの鳥は自分の認めた主人にしか懐かず、かつ懐くほどに信頼されるには相当の関係性を構築しなければいけない。そのため、捕まえてきてハイこれからよろしく……とはいかないわけだ。
第二に、これは当然と言えば当然だがこの鳥は一度覚えた匂いのもとまでしか行くことができない。だから例えば今から俺が家族あてに手紙を出そうとしても、家族の魔力が分からないのだから届けようがないのである。
といった諸々のデメリットもあって、例えば国と国を結ぶ大規模連絡網のような使い方には不向きであり、どちらかといえば冒険者や旅人といった人々が利用するものというのが、このマナバードとの付き合い方だった。
余談だがこのマナバードにも様々な種類がおり、ジルも自前の朱色のマナバードを飼っている。
「それで、この子はどこから攫ってきたの?」
「おいおいおい、何だよ人を悪人みたいに言いやがって」
「だって師匠のことだからどうせ無理やり捕まえたんだろうなって……」
「お前……アタシのことそんな風に思ってたのかよ……ショックだぜ」
「はいはい」
ジルがわざとらしく「よよよ……」と泣くのを無視して俺は適当に返事をした。するとジルは心外そうに説明してきた。
曰く、何処かに野良のマナバードはいないものかと探していたところ、魔獣に襲われていたこの子を見つけたらしい。どうやら親鳥とはぐれたか、あるいは捨てられたか……どちらにせよ他の仲間も見当たらなかったのでジルが助けてあげたらしい。
……問題は、必死に逃げるこの子の目の前で魔獣を真っ二つに叩き斬ってやったせいで、返り血がジルとマナバードにべったりとつき、真っ白な体毛が真っ赤に染まってしまったことだろうか。多分めちゃくちゃに怖がられていた。
「おーよしよし……怖かったね」
「キュウ……」
手招きすると、パタパタとこちらへと寄ってきた。まだ子供なせいか、あるいはこの目の前の怪物に酷くトラウマを植え付けられたせいか、こちらにぴったりとくっついてくる。
「んだよどいつもこいつも……」
ジルは若干いじけていた。
「ともかく、この子を探している親鳥とかはいなさそうだったんですか?」
「あぁ、流石に家族がいるのに捕まえちゃ可哀そうだからよ、ある程度は探したしそいつにも聞いてみたが、どうやらそうらしかったんだ。だから連れて来たんだよ」
「なるほどです……で、せっかくだから俺の連れにしようって?」
「あぁ、同じ独り身同士仲良くできそうじゃねぇか。ヒヨッコなのも同じだしな」
「まったく……」
心遣いは嬉しいのだが、ジルのやりかたは何でもかんでも破天荒だし荒々しいので何故か素直に喜べない自分がいた。
とはいえ自分のマナバードがいる、というのは旅をする上で非常に便利だ。ここは素直に受け取っておくことにした。
「これからよろしくしてくれるかい?」
「キュルル……!」
羽根をぱたぱたと羽ばたかせながら飛び跳ねている。雰囲気的にはOKのようだ。
まぁ、実際に連絡を頼んだり、何かを仕込むにしてもまだまだこれからだろう。
「せっかくだから名前つけてやれよ。お前のマナバードなんだからな」
「そうだね……」
俺はその言葉に同意しつつどうしたものかと暫し考え、口を開いた。
「じゃあ、今日から君は『シロ』だ」
「キュイ!」
「……そのまんまだな」
「そこ、うるさいよ」
「へーい」
そんなやりとりをして、こうして俺はマナバード『シロ』を仲間にしたのだった──。
---
「で、だ」
一通り話を終え、ジルが話を切り出してきた。
「改めていうが、お前は強い。なんせこのアタシから一本とりかけたんだからな」
「結局負けたけどね」
「あほ。その歳で聖銀の冒険者とまともに戦えてる時点でやべぇんだよ。だからこそ気をつけろよ。強さってやつは自分や仲間を守るための力ではあるが、同時に面倒事を持ってくる呪いにもなるもんだ」
「まぁ、そういうものなのかな」
「そういうもんだ。まぁ今のお前なら滅多なことでもなきゃ大丈夫だろ」
そういってジルが背中をバシッとたたいてくる。
そんな激励に、俺は照れ臭くなりながらも感謝を口にした。
「まぁ、今までありがと……正直師匠がいなかったら今の俺はいなかっただろうし」
「んだよやけに殊勝じゃねぇか。いつもそれくらい素直になりゃ少しくらい可愛げもあるのによ」
「うるさいよ、まったく……」
やっぱりこの人とは辛気臭い雰囲気は合わない。
「それじゃ、行くよ」
「おう、アタシも別の大陸でもいくかねぇ」
「いいじゃん……それじゃあ」
「おう」
これくらいで丁度いいのだ。
俺達は互いに背を向けながら、反対の方向へと進み始めた。
俺は中央大陸を北へ進むべく。ジルはおそらく別の大陸……つまりは南端にある港町を目指すのだろう。
もう言葉はない。互いに伝えるべきことはこの五年間の旅で十分に伝えあった。
これまでの旅路が不意に脳裏を駆け目頭が熱くなるが、我慢して歩を進める。
ここで泣いたらまたジルに笑われる気がしてならなかった。
「ありがとう」
俺は誰に伝わるでもなくそう口に出す。言葉は空に溶けていく。
こうして、俺の旅が再び始まったのだった。




