第26話 カイルという青年
この異世界に生れ落ち、様々な驚きと出会いがあって。
両親やノア、レーナ。そしてジルと出会い、故郷であるコスターを発って……。
気づけば五年という歳月が流れていた。
「よっ!」
俺は今、森の中を木から木へと飛び移りながら移動していた。少しして目の前に目的の獲物……ブルックボアと呼ばれるイノシシのような魔獣を発見する。
普通のイノシシより一回り大きな図体と、一メートルほどはある大きな牙が特徴の魔獣だが、その肉は食用としても重宝され、それゆえ今晩の晩飯として狙いを定めていた獲物だった。
俺はブルックボアから少し離れた位置に立ち、手を銃の形に構えて指先を対象の脳に合わせる。そして『風矢』の魔法を展開する。そして。
シュン! という鋭い風切り音ともに風で生み出された矢が、一直線に対象の脳天を貫く。次の瞬間にはどさりと重い音を響かせながらその巨体が地面に倒れる音が聞こえた。
「ま、こんなもんかな」
大分魔法の精度や展開速度も上がったものだと自分を誉めながら、俺は倒れたブルックボアに近づく。そして完全に死んでいることを確認すると、手早く背負っていたロープを巻き付けると、そのままロープの先をもってずるずると引きずって歩き出した。
「もしかしてもうこういうやり方をしなくてもそのまま担げたりしないかな?」
などと独り言を言いながら、歩を進める。
「まぁいいや、とにかく運ぼう」
目的地は師匠がいる簡易キャンプだ。俺は足早に目的地へと急ぐのだった。
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「師匠、戻ったよ」
「おー! カイル! いやぁご苦労ご苦労」
「全く……なんか最近師匠色々さぼってない? 何でも俺がやってる気がするんだけど」
「んなこたぁねえよ。アタシにはアタシの仕事があるんだよ。たぶん」
そう言いながら倒れた木の上に寝そべりながら答えたのは、俺の師匠であるジルだった。
コスターを発ってから五年。
俺達は、主に中央大陸南部を旅して回っていた。中央大陸というのは、ダリア王国や故郷コスターなどをはじめ数多くの国、街々が点在する世界でも有数の大陸である。そのため南部、と一言に言ってもべらぼうに広く、また同じ地域にも何度か寄ったし、必要があれば長い期間一部の場所に留まることもよくあったためその全てを回り切れているわけではなかった。
ちなみに肝心の旅についてだが、優しい師匠は、俺の成長に合わせて行く場所を決めていた。「お前はお前のペースで成長すればいいんだ」と俺の頭を撫でながら語り掛けてくれた。
…などという綺麗な思い出など微塵もなかった。この旅のどれもが死と隣り合わせだったことを俺は魂レベルで覚えている。
ある時は魔獣の群れに放り込まれ、「よし全部狩れ」などと言われたり。
ある時は行商を襲う野盗相手にジルが「まてぇい!」と毅然の名乗ったかと思えば、その殺気をひらりと躱しながら「あとは任せた」といって全部押し付けてきたりした。ちなみにその時が、人を殺めた初めての日だった。
なんせ当時は、うまく『生かせる』ほどの余裕はとてもなかったし、確かな殺意を持って向かってくる相手に対してかける余裕なども当然なかった。結果として、俺は全力で立ち向かい、相手は死んだ。
それからしばらくは流石の俺も気分が落ちたが、同時に、ようやく『この世界の普通』が肌身で分かった日でもあったのは確かだった。
この世界は元の世界、国とは違う。一歩町の外に出れば魔獣を始めとした多くの危険が……命のやりとりが当たり前に存在し、自らもまたその世界に立っているのだ。決して『甘え』が許される環境ではない。
頭ではわかっていても、心と体がついてきていなかった。それがその時がっちりとハマった気がしたのだ。
とはいえジルがそこまで計算していたかどうかは甚だ疑問ではあるが……。
ともかく、そんな経験を五年も続けていれば、当然俺自身色々と変化があった。
まずは勿論、肉体だ。今の俺はこの前十五歳を迎えたばかりだが、もう肉体的には青年に差し掛かった、それにふさわしい体付きへと成長していた。加えて旅の中での戦いや、ジルとの鍛錬などを経験してきたこともあって、一般的な青年よりかは幾分か屈強な体になったと思っている。
そうはいっても元々の顔が女性ぽかったせいか、筋肉自体はしっかりあるが比較的芯が細めなのはそのままだったが……。
次に精神的な部分だが……これは正直何とも言えない。
何せ元々が転生者だったのだ。自分自身転生前の記憶にもやがかかったようになっているのは事実だったがそれでもまぁ成人済くらいの思考回路はもっているつもりだったし、今更五年経ったところで……とも思ったが、どうやらそうでもなかった。
簡単に言ってしまうと身近な人物……つまりはジルの影響を多分に受けてしまった感は否めない。
粗野で大雑把、遊び好きで豪放磊落(そのくせここ一番で見せる思考や直感には剣のような鋭さをみせる)。
そんな彼女と一緒に過ごしているうちに口調や態度が似てしまったのか、俺もかなりフランクな雰囲気で人と接するようになった。
ジルは「若干軽い感じするな」などと宣った。甚だ心外である。
そして最後に、魔法だ。
これがある意味最も変わったところだろう。
俺はこの旅の中で、二つの魔紋を手に入れていた。そのどれもが遺跡探索から持ち帰ったものであることは言うまでもない。これに関してはジルの人脈や『聖銀』冒険者としての名声のおかげで探せたという他ないだろう。
俺はこれまで、四元魔法式とコスターの遺跡から得た地/水/火/風、そして雷(=天雷)という五つの属性魔紋と、強化/拡散/収束/直進の魔紋(俺は便宜上、『処理魔紋』と呼んでいる)を知っていたが、それに加えて新たに『弱化』・『停滞』の魔紋を手に入れていた。
それ故に魔法の幅にもかなり幅ができ、更には奥の手であり俺の専売特許である『雷』魔法は奥の手中の奥の手として、色々な魔法を開発していた。
総じて、魔法や体術、戦術などの面でもコスターを旅立った頃とは比べ物にならないほどに成長できている、という自負はあった。
何はともかく、そうした多くの経験をこの五年で積んでくることができた。
ならば次は何をすべきか……最近俺はそんなことをよく考えるようになっていた──。
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「ねぇ、師匠」
夜。
俺は焚火を挟んで向い合せに座り、こんがり焼けたブルックボアの肉を頬張っているジルに向けて話しかけた。
「んむぅ? どうした」
「師匠が肉を飲み込んだら話すよ」
「んぐっ……んだよ神妙な顔してよ」
俺の言葉にごくっと肉を胃に収めると、ジルは物珍しそうに俺の方を見据えた。
「もうこの旅を始めて五年くらい経つでしょ?」
「おー、そういやもうそれくらいになるな」
「どう、俺」
「あ? そりゃあれか? イケてるかイケてないかって話か?」
「まぁ、そんな感じかな」
「んー……」
俺のそんなふんわりとした問いにジルは少し黙ってから、答えた。
「少なくともお前と同世代のガキどもよりはイケてるんじゃねぇのか? ま、アタシからすればまだまだだけどな」
「はいはい」
そんな軽口を言いながら、俺は本題に入った。
「師匠、俺さ、そろそろ『次』に行きたいって思ってるんだ」
「へぇ……」
俺がそう言うと、ジルはにやりと笑ってそうこぼした。そして続ける。
「この旅を始めた頃の見立てじゃ、もうあと三年くらいはこの旅を続けるもんかとも思ったけど、想像より大分早くその考えに行きついたじゃねぇか」
「……てことは師匠は俺が遅かれ早かれこれを言い出すのを待ってた?」
「待ってたってわけじゃねぇさ。まぁお前が言わなきゃアタシが言ってただけのことだ。まぁお前ならきっと自分から切り出すってのは半ば確信してたけどよ」
どうやら俺が何を考えているかは全てお見通しだったようだ。伊達に五年も師弟をやっていたわけではないらしい。
俺がそんなことを考えていると、ジルは続けた。
「まぁ、良いんじゃねぇか? アタシとしちゃ、お前が独り立ちするために必要な技術・知識は叩き込んだつもりだ。つってもまだまだ半人前だがよ」
「よくもわるくも、ね」
「んだよ? 旅の仕方から遊びのコツまでこのジル様がみっちりと教えてやっただろうが。まったく不満そうな顔しやがって」
「後半は別にいらなかったんじゃない?」
「ばっかお前、人生ってのはゆとりが大事なんだぜ? ゆとりってのは言い換えりゃソイツの人としての『幅』さ。幅の広いやつは余裕もあるし、機転も利く。思考にも行動にもゆとりができればその分だけ選択肢が増えることにも繋がんだよ」
「まぁ、そういうことにしておくよ」
俺達はそんな話をして、少し黙る。
あの旅が始まってから五年、多分ここからが俺の旅の始まりになる予感を感じながら。
「カイル」
すると、ジルがそっと俺の名を呼んだ。俺が顔を彼女の方へ向けると目が合う。
「明日、朝、勝負だ。お前が本当に一人でやっていけるかどうか試してやる」
「……わかった」
「よし。……んじゃ支度しとけ。よっと」
俺の答えを聞いた師匠は、いつの間にか食べ終わっていた食事の跡を片付けると立ち上がり、ゆっくりと森の奥へ歩いて行った。
「どこいくの?」
「決まってんだろ、準備だよ準備」
ジルは手をひらひらと振りながらそう言って、森の奥へと消えていった。




