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第25話 幼少期の終わりと新たなるはじまり

「ふう……」

「ったく……改めて聞くが、怪我とかはしてねぇんだな?」

「はい、危険な目には合っていたわけではなかったので……」

「ふーん……危険な目には合ってないが、おかしな目には合ったってツラだな」

「……はい」


 あれから遺跡の外に出た俺は、ジルにあの時遺跡で起こった事を説明してもらった。

 曰く、俺が台座の前にたって少しした次の瞬間、遺跡全体が眩い光に包まれ、光がおさまったと思ったら俺が消えていたらしい。

 罠による転移の痕跡も敵の気配も感じなかったため、この状況にどう対処すべきかと悩んだ彼女だったが、次の瞬間また遺跡に光が放たれたかと思うと再び俺が気を失った状態で現れたらしい。

 しかしその間の時間経過は一、二分あるかないかだったという。どうやら俺があそこで過ごした体感の時間と、現実の経過時間にはかなりの乖離がありそうだった。


 ともあれお互いの無事を確認できた俺達は、急ぎ森を抜け元来た街道沿いまで戻ったのだった。いくら無事だったとはいえあのような異常事態が起こった遺跡だ。まだ他に危険やトラブルがあるかもしれない。ジルは、俺がまだ子供であり守るべき対象である故に一刻も早い離脱を指示し、俺もそれに従ったのだった。


「あの遺跡でお前さんが『何か』にあったのはその顔を見れば察しはつく。だがそれについて説明するのは帰ってからでも遅くはねぇ。今は何よりもまず安全な場所でゆっくりと整理する。そのほうが却って思考もすっきりするはずだ」

「そうですね、行きましょう」


 ジルの言葉に頷いた俺は、彼女と共にコスターの町へと歩き始めたのだった。

 空を見れば既に陽が傾き始めている。到着は、暮れになりそうだった──。



 ---



「おかえりなさい! 坊ちゃま、ジル様!」


 陽もすっかり落ち込んだ頃、俺達はようやく家へとたどり着いた。そして敷地へ入るなり、ずっと俺達の帰りを待っていたらしいノアに出迎えられた。

 その言葉を聞いて俺は、急に足が鉛のように重くなり、思わずどさりと地面へとへたりこんでしまった。


「坊ちゃま!?」


 俺の様子にノアが慌てて駆け寄ってくる。隣のジルの方を見れば、とても一日歩き通しだったとは思えないほどに平気な顔をして立っている。そして俺の方を見て、「ま、初めての冒険じゃそんなもんだ」と言いながら手を振って先に家へと向かっていったのだった。


 それからノアに介抱されつつ帰宅し、周りの人達からえらく心配されながらもひと段落着いた頃。

 家の一室に一同がそろい、今回の探索の結果を聞く場が設けられ、当然俺もその場に同席していた。


「さて……まずは二人とも、大事なかったようで何よりだ。本当に」


 そう言って心から安堵の表情を浮かべそう言ったのはジューダスだった。マイナや他の皆もうんうんと頷いている。

 そんな中、ジルだけはこれまでの豪放磊落な雰囲気とは違う、とても真剣な表情で瞳を閉じ、沈黙を保っていた。


 さて、とジューダスが切り出し、俺へと話が回ってくる。


「カイル。ジルさんから事のあらましのおおよそは聞いている。だがあの遺跡でお前が体験したという『何か』……それについて説明してくれるか?」

「はい、わかりました」


 俺はジューダスに促されると、事前に整理した内容をそのまま皆へと伝えた。『眼』のことや魔紋のこと、そして謎の女性のことについても(俺が、自身が転生者だと分からないようにぼかしながらも)話したのだった。

 正直、どこまで話すべきか直前まで悩んでいた。しかしノアやレーナを含む家族は勿論、傍に立つジルという女性も、この真実を話すだけの信頼に足る人物達だという己の直感を信じて話すことに決めたのだった。


 一通り話し終えると、ジューダス達は神妙な面持ちでしばらく沈黙を保っていた。

 しばらくして、まずはジューダスが口火を切った。


「カイル。まずは正直に話をしてくれてありがとう」

「いえ、むしろこれまでこの『眼』のことを話していなくてごめんなさい……」

「いや、良いんだ。お前にもお前の考えがあったのだろう。お前は賢く優しい子だから、きっと私達を巻き込みたくなかったのだろうことは想像がつく」

「……」


 未だ、転生という事実を隠していることに申し訳なさを感じつつも、こうして俺を信頼して話をしてくれるジューダスに、改めて父としての威厳や器の大きさを感じずにはいられなかった。


「あ、あの、皆さまよろしいでしょうか?」


 すると、ノアがおずおずと手を上げた。その視線を見ると家長であるジューダスの方を向いている。ジューダスが「好きに話しなさい」と答えると、ノアはゆっくりと聞いてきた。


「坊ちゃまが今まで御作りになっていた魔道具というものに刻まれた魔法式や、ジル様との戦いでお使いになった魔法も、その眼の力で作ったのですか?」

「そうだね……厳密には、この眼は魔法式に刻まれた魔紋の『意味』を理解できるだけなんだ。だから、僕が魔法を作るときは更にもう一つの工程……つまりは意味を組み替えたり、入れ替える作業が必要になる。とはいえ眼がないことにはできなかったことだから、ノアの理解は概ね正しいよ」

「ほはぁ~……」


 俺がそう説明すると、ノアは驚嘆とも呆けているともつかない声を出しながら、じっと俺の方を見つめていた。しかしすぐに嬉しそう顔をして、


「やっぱり坊ちゃまは天才だったんですね! 私とレーナの誇りですね! えへへ」


 そんな風に隣のレーナと手を取り合ってはしゃぎはじめた。そういうレーナの方も、「もう」と呆れた表情をしながらも、どこか嬉しそうに姉の手を握っているのだった。


 それから更に皆からの様々な質問に答えた後。

 ひとしきり話終え、皆も納得した。という雰囲気が漂う中で、これまでずっと沈黙を保ってきたジルが口を開いた。


「なるほどねぇ、最初の腕試しの時からガキの発想や力じゃねぇとは思っていたが、まさかここまでとは流石のアタシも想像してなかったぜ」

「ありがとう……ございます?」

「馬っ鹿お前、この一流冒険者のジル様が褒めてやってるんだからもっと無邪気に喜べっての。本当に子供っぽくないヤツだな……」

「流石我が子、と代わりに自慢しても良いですかな。ジルさん」

「うっせーやいジューダス。ったく」


 そんな軽口を挟みながらも、ジルは改めて真剣な顔をして俺に問いかけてきた。


「なあ、カイル。昨日アタシが質問した内容を覚えてるか?」

「……はい」

「そうか。……アタシは昨日ああ聞いたけどよ、正直あの時の返事が断りだったとしてもそれはそれで良しかなと思ってたんだ。確かに魔道具や魔法の才はあるが、それでもまだ子供。今しかできない経験や家族と過ごす時間を捨ててまで、世界を知る道を選ぶ必要はないだろうってな」


 だが、とジルは続ける。


「どうやら世界ってやつは、アタシが思っている以上にお前にお熱なようだ。その眼のこと然り、何より今日あの場所で得たという『魔紋』然り、だ」


 俺も、そして家族の皆も黙ってその言葉を聞いている。彼女の言葉には、口を挟まずに聞いてしまうだけの『重さ』だったり、『凄み』のような何かがあったのは確かだった。

 それが実体験なのか、誰かの言葉なのかを知る術は、今の俺にはないが……。


 そんな俺達の様子を見ながらジルはふぅ、と息を吐き、そしてゆっくりとあの時の問いを、再び俺に投げかけてきた。


「カイル。もう一度聞くぜ。お前はどうしたい? ……いや違うな、どうすべきだと考える?」


 それは昨日とは少しだけ違う問い。すべきかという、どこか強い意志を確かめさせる言葉に代わった。

 俺はゆっくりと思考を深め、これまでのことを、そしてこれから自分がどうしていきたいかを考える。

 そしてしばらくして、口を開いた。


「今の私は、この世界のことを何も知らないです」


 そう、今の俺はあまりにも無知で、弱い存在だった。そしてもしもこのままでいれば、きっと俺は運命という濁流の渦に巻き込まれて消える。そんな直感が、今の俺の心を占めているのは確かな事実だった。


「だから、知らなければいけない。この世界や、人々、魔法、歴史……その全てを」


 でないときっと、いずれ俺や、俺の周りの人々を脅威から守ることが出来なくなる。両親、ノアやレーナ……今は片手で数えられるだけの人々だが、これから先の人生を歩むほどにこの数は増えていくかもしれない。

 そしてそれらを守るだけの力は、今の俺にはなかった。

 今の俺は()()、カミサマという存在の操る舞台で踊る道化に過ぎないのかもしれない。


 けれど。

 だからこそ挑まなければいけないのだ。

 運命が振りかざす理不尽に。悪意に。


 そのために今の俺が導き出せる……やるべき、合理的かつ確かな選択肢は、唯一つだった。


「だから私は世界を歩きたいです。ジルさんの言葉を借りるなら、世界に負けないように」

「そうか」


 ジルは俺の言葉を黙って聞いていた。アタシは了解した、という表情だ。

 そう。俺はジル以外にも了承を得なければいけない人がいる。


「父上、母上。それにノアやレーナも」

「……」


 俺は改めて家族が並ぶ方向に顔を向けた。皆一様に黙って俺の言葉を待ってくれている。


「私は、ジルさんと旅に出たい。自分のためだけでなく、皆のためにも。今自分が持つ力に振り回されて、誰かを傷つけないように」


 だから。


「どうか、旅を認めてください」


 俺はそう言って、頭を下げた。

 どれくらいそうしていただろう。やはり、口火を切ったのはジューダスだった。


「カイルよ」

「はい」

「私は正直、昨日ジルさんからああいわれていた時点ではお前の旅など認める気はなかった」

「……はい」

「だが、お前は……私が思ってたよりずっと多くの物を既にその身に背負い、それでもなお強くこの地に立っていた。そう、お前は私が思うよりずっと強い子だった」


 俺は言葉を返すことが出来ずにいる。そんな俺にジューダスは、ゆっくりと言葉をかけ続ける。


「危険な旅だ。それを認めるのは親として失格だと言われてしまうかもしれないが……」


 それでも、とジューダスは続ける。


「お前が、必要だと確信して決めたならば、ソレを認めないこともまた、私は親として恥ずべき行為だと考える」

「父上……」

「行ってこいカイル。お前が為すべきことを果たすために旅が必要だというのならば。ただし手ぶらは許さん。必ず成長して帰ってこい」

「……はい!」


 俺がそう答えると、ジューダスはもう何も言うまいと口を結んだ。そして、そんな様子を見て横にいたマイナが口を開いた。


「カイル、こちらへいらっしゃい」

「? はい」


 俺は、マイナに手招きされるままに彼女の近くへと寄る。すると手を引かれ、優しく抱き締められた。


「は、母上……」

「ごめんなさい。でももうしばらくだけ……」


 そうして、ゆっくりと、何かを確かめるように抱き締められ続ける。

 やがて、その手がそっとどけられた。俺もそれに合わせてもう一度マイナの前に立ちなおす。

 それを待って彼女は、一言だけ俺に告げた。


「いってらっしゃい」


 一言だが、全てがこもったようなそんな一言だった。

 伝えるべきことはきっと、ジューダスが全て伝えてくれたのだろう。そんな二人の無言の信頼を垣間見た気がした。


 ノアはというと、やはりというか若干……いやかなり涙目だった。でも、


「ぼ、ぼっぢゃまが決めたなら、私はじ、しだがいますっ! でも必ず無事にかえってきてくださ、さいね……! 絶対……! 約束ですからね……!」


 と、快く(?)送り出してくれた。


 レーナの方も、俺の手をそっと握りしめ、


「旅のご無事を、お祈りしております」


 と、そっと声をかけてくれたのだった。


 こうして、俺の旅立ちが決まったのだった。



 ---



 それから幾日か過ぎて、迎えた旅立ちの日。


 魔道具作成のための道具や、この日のためにジューダスが用意してくれた上等な剣、身軽な旅装束などを身に着けて、俺は今、両親やノア・レーナ、そして町の人々に見送られながら、コスターの町の入り口を出ようとしているところだった。

 ゴーダンをはじめ、魔道具作成のなかで知り合った人々や家族も、俺の旅立ちを聞いて見送りに来てくれている。この町には、俺が思っていた以上に関わりがあった人々がいたのだと、この時改めて実感していた。


 見れば、ノアは既に大泣きしている。レーナも、遠目にもすこしだけ目元が光っていた。マイナも、ジューダスに抱き寄せられるようにしながら俺のことを見守っている。


「寂しいか?」


 そんな様子を見ていたジルが、俺にそう聞いてくる。


「申し訳なさと、寂しさと……なんかそういう感じです」

「そうか。アタシも初めて村を出た時はそんな気分だった」

「ジルさんの故郷ってどこなんですか?」

「こっから遠く遠く北の方さ」


 そうして歩き続け、やがてコスターの町が遠くに見えるようなった頃。


 ジルがもう一度、俺に告げた。


「カイル。これからアタシが、お前を鍛える」

「はい」

「血反吐吐くくらいしんどい思いをするかもしれない。けどその時は、今見た光景を忘れんなよ。お前には、お前の帰りを待ってくれている人が。無事を祈ってくれている人があれだけいるんだ。自分のためじゃなくていい、誰かのためにふんばってみせろ」

「……はい!」


 そうして、俺の旅が始まった。






 ──これが、俺、カイル=ウェストラッドという男の本当の始まりであり。


 ───運命を乗り越えるための長い長い旅路の、始まりだった。



 ~第1章 転生編~ 了

これにて第一章完結となります。

ここまでお読み頂きありがとうございました。


また、面白いと感じて頂けましたら★評価やブクマ、ご意見ご感想等頂けますと幸いです。執筆の励みとさせて頂ければと思いますのでどうぞよろしくお願いいたします。

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