第23話 ゼレスティア遺跡
昨日の問いに対し未だ答えを出せないまま迎えた翌朝。
俺は心に少しばかりもやがかかっていたが、これから行く場所は危険なところだからと一旦そのもやを隅へと追いやる。
(もしかしたら、この探索で何か答えが見つかるかもしれないからな……)
そんな、一抹の予感を感じながら。
町の入り口に着いた俺はそこで、地面に座りながら装備のチェックをしている様子のジルを見かける。
「お、来たな」
「はい。今日は宜しくお願いします」
ジルは俺に答えると、装備や道具をしまい直し、ゆっくりと立ち上がりながら口を開いた。
「ふっ……もう少しもやもやした顔で出てくるかと思ったら存外切替が早いじゃねぇか。ま、それもまた才能ってやつか」
「そう見せてるだけですよ。といってもこれから先猶更気は抜けませんからね」
「そうだな。古代遺跡ってやつは基本的に何が起こるか分からない。もうすでに人の手が入った後とはいえ、決して気は抜かないことだ。基本的にはアタシの近くにいろよ」
「はい」
俺はジルの言葉に改めて気を引き締め直す。そんな様子を見て、彼女はゆっくりと歩き始めた。
ゼレスティア遺跡。
それがここ、コスターの近郊で発見された古代遺跡群の名称である(といっても、徒歩で片道半日程度はかかる距離だが)。
といっても、世界各地にある古代遺跡と比べればその規模はかなり小さいらしい。まるで秘密主義的な者によって作られたが如く……だそうだが、現代の冒険者からすればまぁ比較的価値の低い遺跡であると思われているそうだ。
とはいえ、例えどのような場所であれここが町の外である以上は常に危険が降りかかる可能性があるという意識を持って行動しなければいけないだろう。
我ながら慎重すぎる……ともいえるが、そういう性分なのだから仕方がない。
そんなことを考えつつ、俺達は歩を進めていた。
このあたりは比較的街道も整備され、遺跡までの道のりも野を超え山越えといったものではないのが幸いだ。
そんな時、ふとジルが俺に問いかけてきた。
「そういえばカイル。お前は剣術を誰かにならってるのか?」
「いえ……残念ながらうちには剣術に確かな覚えのある人がいないので。とはいえ父上やレーナなども扱えないわけではないので、基本的なところは二人に教えてもらいました」
「なるほどねぇ。まぁ昨日の最初のアレ、構え方としちゃ様になってたからな。とはいえそれもお前からすれば、アタシに打ち込んでくると思わせるための囮だったんだろうが……」
「はは……お見通しでしたか」
やはり本当の強者ってやつ相手には、素人が思いついた小手先のブラフなど効かないらしかった。
「とはいえ、あれだけの魔法の才があるのはすげぇよ? ただもったいねぇなぁって思うわけだ」
「もったいない……ですか?」
「そうさ、せっかく魔法に関しちゃ上等なんだ。なら剣術だって鍛錬すりゃもっと強くなれるじゃねぇか。一才一殺、二才十殺ってな」
「……仰る通りだと思います。けれどその、いっさいいっさつ……って何ですか?」
そう問いかける俺に、ジルは「あー」と言いながら答えた。
「これはアタシの師匠の受け売りだな。『一つの才に秀でた者は一人の敵を、二つの才に秀でた者は十の敵を葬ることができる』っつー。……まあようは才能ってやつは足し算じゃなくて掛け算ってことだよ。組み合わせればお互いをより強く使えるってことだ」
「なるほど……(えらく物騒な例えだな)」
「あ! 言っておくけどよ、ここでいう『才能』ってやつは別に生まれ持ったものとかそういうことじゃねぇぜ。鍛錬し、己の物にした力もまた、己が己に能えた才ってやつだからな」
ジルは何か勘違いしたのか、そう訂正した。とはいえ確かに彼女のいうことも最もだな……と俺は素直に感心したのだった。
「もし……」
「ん?」
「もし、私がジルさんと旅に出ることを決めたらその時は、私に剣術を教えてくださいますか?」
何となく、そう何となくだが、気づけば俺はそんな仮定の話をジルに投げかけていた。するとジルは二カッと笑って答えた。
「たりめぇじゃねぇか。そん時は剣術だけとは言わねーよ。アタシの全てをお前に叩きこんでやる。つっても、アタシは戦うことしか能がねぇから、教えられることなんて限られてるけどな」
「はは、ありがとうございます」
そんなやりとりをしつつ、ちょうど今朝早く出てからちょうど太陽が頂点に到達した頃。
休みなく歩き続けた俺達は、とうとう目的の場所へと到着した。
街道から外れた森の奥深く。
一度探索済とはいえほとんど人の手が入った痕跡のない茂みをかき分けた先にソレはあった。
それは、古代遺跡というには小規模な、それこそ一軒家くらいの大きさの建築物だった。壁と思しき周囲は草木に覆われ、長い年月が過ぎていることを感じさせる。
どちらかといえば遺跡というより祭壇だった。
(想像より大分小さいな……)
そんな風に考える俺の様子を見て、ジルが笑いながら言った。
「がっかりしたか?」
「まぁ、正直にいえば少し……。遺跡には危険が多いから気をつけろといったような話をされたので、それ相応には大きいものかと思っていましたが、この程度だと大規模な仕掛けや大勢の魔獣……みたいなものはありそうもないですね」
「おっと、そう油断するにはまだ早いぜ。なんせこういう古代遺跡ってやつには、突然何もないところから魔獣みたいなもんを出現させる古の魔法や、かすり傷でも死に至らしめる毒を塗りたくった針仕掛けなんかもあるんだからな」
「へぇ……まるで経験したみたいな様子ですね」
「経験したからな」
なるほど、やっぱりこの女性は身にまとう雰囲気に能わず場数を踏んでいるようだった。
「経験者の助言は聞かないとですね……慎重に探索していこうと思います」
「おう、安心しろ。何かあってもアタシが守ってやる」
なんか女性にそんな風に言われると男として情けなくなる気もするが、そんな役に立たないプライドはそっと捨て置くことにして、俺は「よろしくおねがいします」とだけ告げた。
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垂れかかった草をかき分けて入り口をくぐり俺達は遺跡の内部に入った。
内部は薄暗く一寸先を見通すこともできなかったので、持ってきた松明に火をつける。
そこで見た光景に俺が最初に思い浮かべた言葉は、「物寂しい」の一言であった。
灯りに照らされた空間には飾り気の一切ない、ぱっと見でも精巧で緻密に組み上げられた石造りの壁床が続いている。そしてそんな空間の中心にだけ、何やら小さな台座と、同じく小さな石碑のようなものが佇むのみだった。
俺はジルに合図すると、彼女もそれに合わせてゆっくりとその台座に向けて近づく。
そうして目の前までやってきた時、ジルがそっと説明を始めた。
「アタシも聞いた話だから確かじゃないが、ここの遺跡は少し特殊だったらしくてよ。何でも今アタシ達が見ている通り、最初からここには何もなかったらしいんだよ」
「何もなかった……ですか?」
「そ、他所の遺跡なんかを見てみるとよ、どこかに生活の痕跡であったり、埋葬品みたいなものであったり……そういう、『人の痕跡』みたいなのがあるらしいんだけどな。この遺跡だけはそういうのが一切なかったんだそうだ。まるでここだけは、人に作られたわけでなく最初からそこにあったみたいに」
ジルの説明に俺は首を傾げた。
「でも、現にこうしてこの遺跡と、目の前には台座と石碑っていう明らかに人の痕跡といえるものがあるような……」
そう俺が問いかけると、ジルも「うーん」と頭を掻きながら答えた。
「確かにカイルの言う通りなんだよ。ただここは、アタシの知り合い……あ、ここを最初に調べたのはアタシの知り合いの研究者なんだけどな。ソイツ曰く、ここは『完璧すぎる』んだと」
「なる……ほど?」
「そんな眼で見るなって。アタシだってその意味が正しく分かるわけじゃねぇんだ。専門家でもねーしな。ただまぁ、言わんとしてることは分からんでもない…と、今実際にここを見てみて思ったりはしたな」
「実際にどのあたりがそう感じたんですか?」
「ふ、じゃあ逆に聞いてみるけどよ、カイルはここら辺を見てどう思う。もう一度見直して見な」
ジルはふっと笑うと、俺にそう促した。俺も言われるまま、もう一度周囲を確認する。
(うーん)
ぱっと見はやはりおかしいところは感じない。
おそらく立法体に限りなく近く作られた真四角の部屋に、部屋の中心に設えられた台座と石碑。それぞれが周りにかかる草や苔によって時の流れを感じさせはするものの、それを差し引いてみても見れば見る程完璧な作りの空間だった。
(いや……あるいは)
俺はふと湧き出た直感を、そのままジルに伝えてみる。
「しいて言うならさきほどのジルさんの言葉通り、『完璧すぎる』かなとは、思います……とはいえ、一流の職人が作ればあるいは、とも思いますが」
「だから言ったろ? ここは人が作ったにしちゃ『完璧すぎる』ってな。言葉にするのは難しいが、それこそ直感ってやつだ」
「まぁ、そうですね……そう言われてみるとそうかもしれないです。あくまで可能性の話ですけどね」
「だな」
(もしこれが、人が作ったものでないというのなら、心当たりがないわけでは……ないか)
例えば、俺をこの世界に送りこんだ何者か。
例えば、王都の路地裏で見えた謎の女性。
(とはいえ、今は答えの出ない問いに頭を悩ませていても仕方がない、か。一旦は目の前のことに集中しよう)
俺はそう頭を切り替えて、改めて台座の前に立った。
台座の上には何もない。あるいは何かを置くために作られた様子もない。ただそこにあるだけだった。
俺は続けて、隣にある石碑を見た。見たこともない文字で書かれている。
するとジルが、隣で補足を始めた。
「そいつは、古代文字ってやつらしい。世界中の研究家がこの文字の解読に躍起になっているらしいが、如何せん現代の文字とソレとを紐づけられるような資料みたいなもんが全くというほど残ってないらしくてな。今も古代文字はほとんど解読できてないらしいぜ」
「そうなんですね」
俺はジルの話を聞きながら、改めてその石碑に刻まれた文字を見る。
確かに読めない。
(一応もう少し調べるが、この分だと無駄足に終わりそうだな……)
俺がそう思い、石碑から目を話そうとしたその時──
「ぐっ!?」
不意に両目の奥が灼けるように熱くなる。そして続けて、視界に入る石碑の文字が……その意味が脳裏にはっきりと浮かんできた。
(これは……はじめて魔法式を見た時とお……なじッ…)
俺は思わず倒れそうになりながらも踏ん張り、この『眼』の力が発動しているうちに石碑を読み解く作業にかかった。
隣でジルが「おい! 大丈夫か!」と声をかけてくれているが、今は反応している時間が惜しい。
俺は自分の記憶に刻み付けるため、もう一度しっかりと言葉に出して石碑の内容を覚える。
「『我……来たるべき刻に備え……此処に天雷の秘奥への道を遺す……道を繋ぐ者よ……台座に手をかざし念じよ……己が秘奥へ至らんとする理由を……』」
「おい! 大丈夫かよ! カイル!」
「ぐっ……ン…カハッ……はぁ……だ、大丈夫です……すみません」
俺の肩を持って心配そうに呼びかけてくるジルに俺は未だズキズキと疼く両目を抑えながら辛うじてそう答えた。
前回もそうだったが、この眼を使用した時の疲労の蓄積が尋常ではない。これがもし本当に神とやらが与えた権能だというなら、確かに人の身には余るものだと納得もできるが……ともかく。
「ジルさん、今から俺がすることを見ていてもらえますか。そしてできれば何が起こってもいいように警戒していてほしい」
「お前……石碑が読めたのか……?」
「……はい、生まれつき、そういう力があるみたいなんです。といっても今のところ、任意で使えるというよりは今みたいに突然使えるようになるといった感じではありますが……」
一部始終を見られていた以上、何より本気でこちらを心配してくれている相手に対して嘘をつき続けることはできないと判断した俺は、正直にそう告げた。
するとジルは、「そうか」と言ったきりしばらく黙り込んでいたが、しばらくして
「お前さんにどんな事情があるかは知らねぇが、まずは正直に話してくれてありがとな。それと、やっぱり昨日の話、アレは真剣に考えておいて欲しいぜ。今後のお前自身のためにもな」
「そう……ですね」
俺はジルにそう答えると、ジルににかっと笑って続けた。
「まぁ、今はそれより目の前のことだな! いやぁ、わくわくするぜ。これからどんなことが起こってくれるんだろうな!」
「すごい楽しそうですね」
「そりゃそうだろ、未知が目の前にあるんだぜ。冒険者なら興奮して当然ってもんだろ!」
「はは、確かに……私も、少しわくわくしています」
そう言って俺はジルの見守る中、石碑に刻まれた文字の通り、台座にゆっくりと手をかざした。そして心の中で念じる。
(俺は、俺の力で以て、隣にいる誰かを、周りにいる誰かを、そしてその人たちの大切な人を……人々が当たり前に幸せに生きられる世界を目指す……もしそれを阻む者がいるなら……)
それはこの世界に来る前、自称神とやらとの別れ際に決意したこと。
この世界での俺の決意。
(そんな不要な存在がいるなら……たとえ神でも殺して見せるさ)
「! カイルッ!!」
後ろでジルの声が聞こえる。
そう思った瞬間、瞼をとじていて黒く塗りつぶされていたはずの視界が、不意に真っ白に塗り替えされた──。




