第21話 見定める者 ~出会い~
(さて……)
距離を取りジルと向かい合った俺が、さあどうするかと考えようとしたところでジルが口を開く。
「一応言っておく。今回アタシは武器の類は一切使わない。お前は何でも好きに使っていい。全力で来ていいぞ」
「……はい」
その言葉に俺は少しばかりむっとしてしまった。確かに年齢も実力的にもそう言われても仕方のない差があるのは事実なのだろうが、そこまで手加減をされるのも男のプライド的なものが傷つくというものだが……。
(いかんいかん……必要のない感情に理性を任せるな……やるべきことは今彼女が言った通り……全力でやるのみ……)
俺は近くにあった訓練用の木剣を風魔法の応用で引き寄せ掴み、握りしめた。その様子を見たジルの目がますます細くなっていく。敢えて今の俺の魔法に疑問を投げかけなかったのは、そこまで驚きがなかったからか或いは既に戦いは始まっているからということだろうか。
俺は冷や汗が吹き出る手でしっかりと柄を握りしめ、ジルを正面に見据える形で中断に構えた。中段
そして──。
「いきますッッ!!!」
俺は威勢の良い啖呵とともに素早く後退し、剣を掴んだ右手を下げ、逆にジルに向かって左手を突き出す。そして魔法を発動した。
「『水弾・三連』!!!」
すると、重なり合う様にして三つの魔法式が展開され、直後に三つの水弾がジルへ向かって解き放たれた。
──『多重魔法式展開術』
これは王都から戻った後、魔法式の拡張方法を検討するなかで生まれた副産物的な魔法だった。
一つの魔法式に刻める魔紋の数には限度がある。これは新しい魔法を考える中で発見した魔法のルールだった。ある日、実際のところどれだけ魔法式に魔紋を刻めるかを試したところ、七つが限度だった。ならばどうすればより多くの魔紋を……つまりは命令を組み込めるか。
その実験の成果の一つがこの多重魔法式展開術だ。早い話が同一、あるいは異なる魔法式をギリギリ重ならない程度に複数展開させ、ほぼ同時にそれぞれの魔法を行使するという方法であり、種を明かせば単純な話ではある。とはいえ根本的な問題を解決するアンサーではなかったが、それでも戦闘においては実用的だと考えこうして実戦しているというわけだ。
ともかく。
そうして放たれた水の弾丸は、今まさにジルに向かって進んでいく。しかし。
「おもしろいが、児戯だね」
そう言うと彼女は、ふっと一呼吸の間に三つの水弾を全て弾く…というより粉砕してしまった。拳と脚で。といっても、余りの速さだったためほとんど見えなかったためおそらく、という言葉が頭につくわけだが。
(オレグっていう存在がある以上はまぁわかってたけども……)
凡そあの男より非力そうに見える彼女が、もしかしたらかの男よりも簡単そうに水弾をいなしてしまったというのだから、やはりこの世界の肉体の基準は理解できそうにない。
「さて……」
(まずい!)
何事もなかったかのようにこちらを見据えたジルを見て、俺は思わずぞっとする。確実に何かがくるという直感が背筋を駆けあがってくる。
(何が来る……何が……ッッ!?)
瞬間、ほんの瞬き一回のうちに視界からジルが消える。そして直後、右後ろから感じる強烈な威圧感。
(ッ!!)
俺は破れかぶれ、咄嗟に持っていた剣を右側面を守るように構えた。瞬間剣を持った腕と、右肩のあたりに走る途方もない衝撃──。
ドゴォン! という轟音とともに俺の身体は吹っ飛んでいた。
続けて聞こえる、何かにぶつかる衝撃と音。そして後から湧き上がってくる痛み。どうやら俺は、いつの間にか彼女に吹っ飛ばされ、近くにあった大木につっこんでいたようだ。
「……がはっ!」
その状況を脳が理解した途端、止まっていた息がせり出してくる。一緒に胃液も地面にまき散らされた。
「ごほっ、がはッ……はぁ……ぁ…」
遠くで誰かの悲鳴が聞こえる。おそらくノアだろうか。しかしその声にこたえるより今は、目の前の『怪物』への対応を考えなければいけない。
(今までこれほど、『怪物』という言葉が似あう存在を見たことはないな……)
凡そレディに冠するにはかけ離れたその言葉を、俺はそっと飲み込んだ。幸い、まだ体は……動く。正直かなり痺れと痛みがあるが、まだ戦える。一瞬自身がぶつかった木を見やれば、成程立派な大木に大きくめり込んだような窪みが出来上がっていた。むしろこれだけのことをされてまだ戦えるような身体なのは僥倖というべきか、なんというか。
整い切らない息を必死に整え、未だこちらをじっと見つめるジルに向かい合う。先ほど俺の魔法を「児戯」といった割に、彼女の表情は「面白い」といった類のものだった。
「さっきの一撃、よく咄嗟に防いだじゃないか。正直アレの直撃で終わりだとおもってたんだけど」
「……あれだけ、殺気というか気配を出されながら攻撃されたらそりゃ気づきますよ……」
(むしろ、わざと出していたというのが正解なのかもしれないけどな)
そんな俺の答えを聞いたジルは、益々面白いといった様子で更に問いかけてくる。
「今の魔法が、今のお前の限界か?」
「……はい」
「ふゥん……四元魔法式は使えるんだよな?あれは使わないのか?」
まるで使ってきても何ら問題なく対処できるといった口ぶりでそう言う彼女に俺は答える。
「……確かに、アレは強力です。でも、威力の高さが強さの強弱ではないと私は考えています」
「へぇ……つまり?」
「貴方を倒すために必要なもの……それに最も近いものは、周囲を巻き込んで放つ魔法ではなく、貴方個人を確実に仕留められるような、ソレに特化した魔法です。そして今の私にその力は……ない」
そう。物事とは常に結果と、それに伴う代償とを天秤にかけて決めなければいけないものだ。確かに、四元魔法式を使えば彼女に手傷を与えられるかもしれない。しかしそれは同時に、周囲の人間……両親やノア、レーナ達に危害を及ぼす可能性という代償を踏み越えて得られるものだ。
時には、つらい犠牲の先に得なければいけないモノがあるのかもしれない。しかし今はその時ではない。
ならば、今最も合理的・理性的に導き出せる行動の中にある己の限界とは、やはり『多重魔法式展開術』だったんだ──。
(そう。だったんだ)
「ん?」
俺の雰囲気に疑問を感じ取ったのか、ジルは少し訝し気にこちらを見据える。
(言われっぱなしじゃ終われない……しな)
俺は震える足でしっかりと大地を踏みしめ、もう一度立ちなおす。
あの瞬間。ジルに背後に回られ重い一撃を入れられたあの瞬間に、一つの気づき……天啓のようなものを得た。その閃きは普段の生活では何故か思いつかず、思いがけないきっかけで生まれた。
(魔法式を咄嗟に……足元に置いた)
それは、このままやられっぱなしでたまるかという意地が偶然に引き起こした行動だったのかは分からないが、俺はふっとばされる直前、咄嗟に地面に魔法式を展開した。それも、魔法式そのものを《《見えない色で》》描いて。
そもそも、なんで魔法式を展開するときに色があるのか。水魔法なら青、土魔法なら黄色……そんな、当たり前のようにそうしていた概念すら、実のところ俺個人の認識がそうさせていただけだった。
(そう……別に魔法式に、色がある必要なんてない……俺が把握できていれば、たとえ透明の魔法式であっても……問題ない……)
それは言わば見えないトラップのようなものだった。
そして、それを地面に設置する……つまり離れた場所に自身の魔法式を展開したまま維持することすら、偶然、咄嗟に閃き行動した結果の産物だった。
(そのどちらも……ただの思いつきだった。だけどこうして、結果は出た……!)
その閃きの二つが間違いではないことを証明する。
「……怪我、させたらすみません」
もう一度、俺は小声でそう告げた。
「ッ!『水生成』……!」
瞬間、ジルの足元が光輝いた。発動の瞬間がまで不可視の状態を保てるかと思ったが、どうやらそこは読み違えたようだ。しかし問題ない。
続けて土すら飲み込む勢いで水が溢れる。一瞬で、水溜まりとも、ぬかるみともつかないソレに半身までどっぷりとつかったジルに対し、俺は続けざまに魔法を使う。
「『火と風の連矢』!!!」
多重魔法式展開によって俺は、『火矢』の魔法と『風矢』の魔法を続けて放つ。そして火矢は、未だ泥の牢から逃れられないジルに直撃する。そして、間髪入れずに風の矢が突き刺さり、爆風と共に火炎が彼女の周囲を包み込んでごうごうと唸りを上げた。
「はぁ……はぁ……」
俺は息も絶え絶えになりながら、その様子を見守った。少しして息が整い始めた頃に、やりすぎたか……?と不安になったが、次に聞こえた声によってその必要はないことを痛感することになった。
「いやはや……やられた」
その声は、未だ炎渦巻くその中心から聞こえるようだった。そして次の瞬間。
ごう! という音と共に、ジルを包んでいた炎が掻き消える。そしてそこから現れたのは、全身の装備を焦がされながらも肉体自体はほとんど(といっても傷や軽い火傷のようなものが見えたが)無傷のジル=ブラッドだった。
そしてふん、と気合を入れたかと思うとあっさりと泥の牢から飛び上がり、抜け出す。
(もう、水に沈まないうちに次の足を上げれば沈まずに水の上を歩けるって言ってるような少年漫画と同じ類の存在だな)
ここまでくるともう感心というか呆れというか、そんな感情が俺の心を占めていた。
ジルは俺の近くにすたっと着地すると、そのまま俺の元まで歩いてくる。
(完敗だな……)
ここまで来ると今回は負けを認めざるを得ない。このままがむしゃらに勝負を続行する手もあったが、今持てる全てを出して戦った結果なのだ。何よりこれはあくまで手合わせ。なら無意味な引き延ばしもまた無粋だろうと思った。
彼女は俺の前まで来ると、何をするかと思えば、煤汚れた手をぽん、と俺の頭に載せてわしわしと撫でてきた。そして言う。
「なかなか根性のある戦いするじゃねぇか。さっきのアレも、咄嗟の思いつきだろう?にしちゃなかなか上出来だ。よくやったな」
「ありがとう……ございます」
思いがけず素直に褒められた俺は、思わず照れ臭くなり顔を俯かせた。それを見たジルはにししと笑って振り返り、最早呆然といった表情で俺たちの戦いを見つめていたみんなに向けて、こう告げた。
「決めた、コイツは私が鍛える。あ、これは絶対だぜ。勝者の特典ってやつだ」
事前に勝敗の結果のことなど一言も言っていなかっただろ、という突っ込みはさておき、彼女はそう宣言したのだ。
──これがカイル=ウェストラッドの人生の大きな転換点の一つとなることを、この時の俺はまだ知らなかった。




