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第20話 手繰り寄せた出会いと偶然

 王都から帰還して早数か月。

 何かが動き出したような予感とは裏腹に、日々は至って平和に過ぎていった。俺は日課の魔道具作りに精を出しながら、これからのことについて考えていた。


 目下の課題としては、これからの魔道具のこと。

 俺としてはこの魔道具というものを広く普及させることができればそれに越したことはないと思っている。しかし現状、この道具は俺にしか作ることが出来ない。であれば誰かに魔道具の作成方法を教えられるようになればよいのだが──。


(取り組むべきか、という問題がなぁ……)


 この魔道具は誰もが本来の用途の通りに使えば問題がないだろうが、悪戯に広めれば本来の用途とはずれた力として悪用される可能性は十分にある。

 だからこそ、魔道具の作成方法……つまりは俺の魔法式を誰かに共有することに《《取り組む労力》》を割くべきかという悩みがあった。


(まだ俺自身、この世界について……何よりこの魔法というものについて知らなすぎる。こんな状態でホイホイ自分の知ってる知識を共有していたら、いつかどこかで厄介なことになるのはある意味目に見えているよな……)


 正にこの前の王都での謁見式で、テオドールに魔紋について教えてもらったばかりだ。この世界には、魔法の成り立ちにはまだまだ知らない、知らなければいけないことが多すぎる。自分の手を離れたモノが、どこかで手に負えないものになって帰ってきたりしたらそれこそ目も当てられない。


(となれば、今は周りの人のためではなく、自分自身への投資が先決か……)


 それが目指したい目的への最短距離になるはずだ、と俺は結論付けた。


「となれば、次にやるべきことはやっぱりアレ、だよな」


 やるべきこと……あるいはやりたいことといってもいいソレは、ただ一つ。

『新しい魔法の習得』だ。

 先日の王都での一件から、どうやらこの世界にはまだ俺の……この世界に住む人々も知らない魔法が眠っているかもしれないという情報を得ていた俺は、それを見つけることを一つの目標とすることにしていた。

 とはいえ、テオドール曰くこれらは一般に世界各地に眠る遺跡にかろうじてその痕跡を残すばかりという話もあったように、まずはその遺跡とやらを見つけなければいけない。


 とはいえ朗報もあった。

 後からジューダスに聞いた話だが、この遺跡群は世界各地に無数に点在しているようで、割と珍しいものでもないらしい。つまり遺跡を見つけるだけならそこまで難しいことではないということだ。現にコスターの近くにも一つ、小規模な遺跡群があるらしいことを教えてもらった。まぁ、如何せん俺が生まれるより前に見つかった遺跡で、既に人々によって探索し尽されたということではあったが……。


「ただ、実際に実物を見てみるに越したことはないしな」


 百聞は一見に如かず。これから本格的に魔法を探すことになったとしても、実際遺跡というのがどういうものなのかを知る意味で俺はこのコスター近くの遺跡の探索をジューダスに願い出ていた。

 勿論既に探索された遺跡だとしてもどんな危険があるか分からない。

 ジューダスは付き添いとして、偶々近くに寄っていたらしい自身の知り合いを同行させることを条件に俺の探索を許可し、マイナも賛同してくれた。


 とはいえあの過保護な二人が付き添い一人を付けるだけで……言ってしまえば命の危険もある探索を許可するのは何故かとそれとなく聞いてみると、


「「あの人なら大丈夫」」


 と口をそろえていったのだから、俺は遺跡よりもその知り合いとやらに興味が湧いてしまった。そして、両親のその言葉の意味を俺はすぐに知ることになるのだった。



 ---



 そんなやりとりがあってから幾日か過ぎて、昼頃。

 俺が裏庭で道具をいじっていると、かなり離れているはずの表門からはっきりと聞こえるほどの声量で、女性の声が響き渡った。


「よォ、ジューダス! 元気にしてたかぁ?」


 えらく気風の良い声と、ジューダスを呼び捨てにするような人物。おれはどんな怪傑なんだと少しばかり緊張する。

 しばらくして、ジューダスと件の女性がこちらへと歩いてくるのが見えた。俺も腰を上げ、目の前まで来た二人に会釈をした。


「はじめまして。えーっと……」

「ふっ、ジルだ。ジル=ブラッド」


 そう言った彼女の容姿は、正直俺が想像していたような、歴戦の古傷残るゴリゴリの大巨漢……みたいなものとはかけ離れたものだった。

 身長はジューダスと同じくらい。整った、大人びた顔立ち、おそらくほどいたら肩先まで伸びるであろう深紅の髪を後ろに結い上げ、射貫くような細い瞳もその熱情を示すがごとく赤々と燃えあがっている。

 そんな綺麗な顔立ちに反して装いは全てがその豊富な経験を示すかのように使い込まれ、その間から覗く四肢や腹筋は細身ながらも芸術的といえるほどにまで鍛えこまれていることが窺えた。

 その姿は、戦いというものと無縁の世界で生きてきた俺が見ても、はっきりと『強い』と確信させるような雰囲気を纏っていた。


 そんな考えを巡らせながらぽーっと彼女のことを見ていた俺を、ジルは値踏みするような目で見つめ返していた。それに気づいた俺はハッとして、言葉を発する。


「す、すみません。強そうな方だなとおも……じゃない! 綺麗な方だと思って思わず見惚れてしまいました」


(いや何を言ってるんだ俺は)


 動揺のあまり頓珍漢な事を言ってしまった俺を見てジルは、くつくつと笑いをこらえていたが、やがて端を切ったように笑い出した。


「あはははは! こいつぁ嬉しいことを言うじゃねぇか。おいジューダス。お前こんな年端もいかないガキにもう女の扱い方を仕込んでるのか?」

「な、なななわけないでしょう! カイルは並外れて頭が回る子なんですよ……多分今のはただのお世じいてててててててっ」

「あ゛ぁ~? 最後のは余計じゃねぇか……?」


 口を滑らしたジューダスの腕を掴み、そんなことを言うジル。ジューダスはというと、ミシリミシリと音を立てるほどに強く自身の腕を掴むジルの手を振りほどき、こりごりと言わんばかりの表情で言った。


「ごほん……。あらためて、カイルよ。こちらのジルさんは私の古くからの知り合いで、私もマイナもよくお世話になってきた方だ。勿論実力も一流、冒険者として最高位である『聖銀ミスリル』の称号を持つほどだ。そんな方に付き添って頂けるのだから、くれぐれも粗相のないようにな」

「は、はい(ミスリルってなんだ……まぁ実力がすごいってことだけ分かればいいか)。ジルさん、この度は依頼を受けて頂きありがとうございました。どうぞ宜しくお願いします」


 俺は内心でそんなことを思いながら、ジルに深々と頭を下げた。

 ジルはそんな俺の様子をしばらくじっと見つめ、そしていきなり言い放った。


「おい小僧。アタシと勝負しろ」

「「へ?」」


 唐突な一言に、俺達親子は揃って変な声を出してしまう。


「勝負……ですか?」

「そうだ。この超一流のアタシと古代遺跡デートと洒落込みたいんだろ? なら相応のエスコートができるかどうかを見極めてやるよ」


(そんな無茶苦茶な……)


 しかし、横目にジューダスを見ると、「やれやれ始まってしまった」とばかりに目元を抑えながら押し黙っていた。どうやら彼女の突飛さは今に始まったことではないらしい。


「ジルさん。カイルがその申し出を受けるのなら私は止めませんが、くれぐれも大怪我をさせないでくださいね」

「ンだよジューダス。傷は男の勲章だろ? それにこれくらいこなしてくれなきゃどのみち遺跡に行くのは無理ってもんだよ」


 そんなやりとりをした後、ジューダスはこちらを見て言う。


「カイル。お前ももうすぐ十歳になる。お前は頭が良いから理解できているかもしれないが、お前ももう自分の言葉に責任を持って行動できる歳だ。そしてこれから先の道はお前自身がその誇りに基づいて選び取り、進んでいく必要がある。ならばもう私からお前に対してあれこれと指図をするのも無粋というものだ」


 意味は分かるな?とジューダスは続けた。


「はい」


 俺はその問いをすぐに肯定した。

 十歳にしてもう独り立ちの責任について諭されるあたりは、この世界の世情や生活に表れているのかもしれないな、などとそっと思ったりもした。ちなみにそんなことを言ったジューダスのことを、ジルは「お前も立派なことを言うようになったじゃないか」と笑っていた。


 とにかく、ジューダスに言われるまでもなく俺の考えは決まっている。


「ジルさん、お願いします」

「へぇ……」


 俺がそう返事をすると、ジルは面白いといった表情で俺を見据えた。


「十歳……まだ九歳か。その歳でそんな眼ができるのは素直に驚きだわ。これは楽しめそうね」

「やるからには全力でいきます。怪我をさせたら申し訳ありません」

「ははッ!! いいね! そういう見栄の切り方は嫌いじゃない!」


 そんなやりとりを交わした俺達は、誰に言われるでもなく互いに間合いを取る。

 幸いにも(?)ここは裏庭で、周囲も開けているためやるにはうってつけの場所だった。気づけばジューダスだけでなくマイナ、ノアやレーナ達までもが顔を出し、心配そうに見守っている。普段過保護な彼女たちが何も言わないあたりは、俺の意思を尊重してくれたのだと思うことにしよう……。


 そうして、彼女との実戦がはじまろうとしていた。

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