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第18話 魔法式の秘密

「ダリア王国近衛騎士団、団長のオレグ=フェルダンだ。俺がお相手しよう」


 そう自己紹介してきた目の前の男を、俺はジューダスの話から聞き及んでいた。

 ダリア王国近衛騎士団長オレグ=フェルダン。王国内において質朴剛健という言葉がこれほど似合う男はいないと言えるほどに国民から信頼のある騎士であり、弱きを助け悪しきを挫くその様は、正に王国民にとってのヒーローといえる存在だった。

 純粋な戦闘力で言っても一騎当千、王国どころか大陸全土を見ても有数の実力者であり、魔術師という『抑止力』と並んで王国の秩序を象徴する実力者でもある。


 ちなみに、魔術師というのが(扱う力が大きすぎて)小・中規模戦闘において役に立たないこの世界において主力となるのは剣や槍、騎馬や弓といった装備になってくる。俺はその話を聞いて、元の世界でいうところの中世以前の戦争を正に想像したわけだが、実際のところは違う。


 端的に言えば、この世界の人間は()()()()のだ。


 どういうことかといえば、例えばレーナの全力の一撃は岩を砕くし、簡単に町々の屋根上まで駆け上れる脚力を持つ。これはレーナに限った話ではなく、この世界である程度の力を持つ者ならばごくごく普通だということだ。


 最初に見た時はなんの手品かと思ったものだが、この世界自体が手品みたいなものなので今更深くは考えないことにした。


 というわけで、このオレグという男はそんな超人じみた者が跋扈する世界においてすら強者であるということからも、最早剣の一振りで大地を割れますとか言われても驚かない……それくらいヤバいヤツでも不思議ではない。


(そんな男が今俺の目の前にいるわけだ)


 別に戦うわけではないのだが、目の前の男から放たれる尋常ならざるプレッシャーは正に強者のものであり、ただの魔法の実演だけだというのに先ほどから冷や汗が頬を伝っているのが俺の緊張を雄弁に物語っていた。


「……カイル=ウェストラッドです、宜しくお願いします」

「ふふ、怖がることはないぞ少年。全力でかかってくるがよい」


 いやそんな、まるでこれから戦いますみたいな雰囲気で言われても余計に怖くなってくるのだが。


「オレグよ、これは試合ではない。そう威圧感を出すな」

「む、これは失礼しました陛下。彼のような芯の強い瞳を見るとどうにも血が騒いでしまいましてな」


 ははは、と静かに笑うオレグ。俺も多分今引き攣ったような顔で笑みを浮かべているに違いない。


「では、参ります」

「応、来なさい」


 気を取り直した俺はそう言って、改めてオレグと対峙する。

 そして、


「いきます!『水弾』!」


 俺は目の前のオレグに向かって水弾を飛ばすが、高速で向かってくるソレを、オレグは難なく剣で切り裂いた。


「ほう。魔法式が出た瞬間はひやりとしたが、なるほど牽制用の技としてはかなり使えるな」


(その通りだけど、あの速度と質量の水の塊を事もなげに切り裂くのも相当だと思うんだが)


 そんなことを内心思いながら、俺は一連のやりとりを見ていたランドルフ達を見て言った。


「これが私の魔法です。先ほどの魔道具で使用した魔法とは少し違いますが、皆さんの思い浮かべる魔法との違いは、ご理解いただけたかと思います」

「うむ……しかと見た。しかし、やはり驚きが大きいな。まさかこのような魔法が存在するとは……テオドール、お前はどう見る」


 そう言って、先ほどと同じように魔法有識者であるテオドールに質問するランドルフ。するとテオドールは何か思い出そうとするような素振りを見せ、次の瞬間ハッとした様子で答えた。


「今のを見て、思い出したことがあります。私がロングレイヴの学院に通っていた時にリースタリア公国の知人が出来たのですが、その知人から聞いた話です。かの公国の『氷獄公』は、ある時自身を襲ってきた暗殺者を、地面から生み出した氷の槍によって串刺しにしたという」


 しかも、生み出された氷の槍はその一本のみで、その周辺は何も変化してなかったというのです。とテオドールは続けた。


「極めて限定的な範囲で魔法を使っている点では、カイルのものと近しいな」

「はい、私もあくまで噂程度のものだったのですっかり忘れていたのですが、今の彼の魔法を見るとあながちただの噂ともいえなくなってきましたね」


 二人は同じように腕を組みながら何やら考え込んでいる様子だった。


(いや、それより気になることが二つくらいあるんだが)


 俺はと言うと、そんな二人の様子など頭からすっぽ抜けるほど今の話で出たワードに興味を奪われてしまっていた。そして、その疑問を解消すべく質問する。


「あの、質問よろしいでしょうか?」

「……む、すまないな。なんだカイル」

「今の皇太子殿下のお話で出た、氷の魔法というのは……?この世界には四元魔法式しかないと、私に魔法を教えてくれた人が言っていたのですが……」


(というか本にもそう書いてあったぞ)


「それについては私からお答えしましょう」


 そう言ったのはテオドールだった。


「まずその話をする前に、一つ目の質問からお答えしようと思います。その代価は既に十分見せてもらいましたからね」


 そう言ってにこりと笑うテオドール。一つ目というと……。


(あぁ、魔紋の話か……)


 今の氷の魔法の話ですっかり頭から抜け落ちていたが、確かにその質問は大事だ。


「お、おねがいします」


 思わず言葉に詰まるほど緊張しながら、俺はテオドールにそう伝えた。テオドールもその様子をみて頷くと、俺の質問に答え始めた。


「まず、我々はどうやって四元魔法式にない魔紋を知り得たか……答えは単純です。《《見つけたから》》ですよ」

「魔紋を……ですか?」


 それは一体どこで?と俺が聞くと、テオドールは申し訳なさそうに答える。


「具体的な場所についてはお教えできませんが、この世界には各地にいわゆる古代文明の遺跡のようなものが存在します。そして、その遺跡から時折、魔紋や魔紋の一部が発見されることがあるのですよ」

「なんと……」


 その話は俺にとって衝撃的な話だった。そうであるなら、少なくとも四元魔法式とやらが存在する前から魔法が存在した……あるいは、四元魔法式が生まれた後、一度それ以外の魔紋を使った魔法が生まれ、そしてその文明が滅びた……。

 そういう歴史もあり得るという事実に、俺は何かひっかかるものを感じる。そんな俺の様子を見ながら、テオドールは更に話を続ける。


「その遺跡がいつから存在していたのか、魔紋とは何か、四元魔法式とは何なのか。そしてこの世界はどのような歴史を辿って今に至るのか……。魔術師は、魔法の研究をするという側面もありますが、そういった歴史背景や過去の謎について究明することも、その命題としているのですよ」

「なるほど……正直驚きが大きすぎてすぐには飲み込めそうにありませんね」

「ふふ、まぁこのあたりの話は魔法式がカイルさんの仰る通り、魔術師の命同然といえるほど特別なものであることもあって、世間一般に伝えられていないところではあるので、仕方ないんですがね」


 テオドールは一通り話終えると、ふうと息をついた。そんな彼に俺は、一つの疑問を投げかけた。


「その遺跡で見つかるものというのは、魔紋だけなのですか?魔法式そのものとかはなかったんですか?」

「良い質問ですね。厳密に言えば、()()()()()()はありました。しかし、そのどれもが元の形がわからないほどに壊れてしまっていて、復元もできないようにされているのです。その一部である魔紋だけは、かろうじて回収できることがあるのですがね」


 やはり妙だ、と俺は先ほどの違和感がより強くなっていくのを感じた。


(どれだけ時間が経っているかにもよるだろうが、少なくとも魔紋が読み取れる程度には劣化していないはずの遺跡で、何故魔法式だけがそこまで見つからない?)


 まるで、魔法式を持ち帰らせないように誰かが意図的に壊しているようにすら思えてしまう。


(とはいえ、今それについてどれだけ考えても結論は出ないな。ただ、一つやりたいことは見つかった)


 それは、その遺跡とやらをこの眼で見るということ。

 俺は新たにできた目標に、少しばかり心を踊らせるのだった。


「やはり、カイルさんは面白い方ですね」

「え?」


 不意にテオドールが言う。


「先ほど、過去の解明も魔術師の命題の一つだと言いましたが、大抵の魔術師は如何に強い魔法を生み出すか、その方向にしか熱意を向けないのですよ」


 残念なことですが、とテオドールは愚痴るように言った。


「魔法とはどこからきて、どのようにして今私達の手元にあるのか。もし分かれば、今よりもっと魔法というものを有効に活用できるかもしれない。それこそカイルさんの作った魔道具のように、人々の暮らしのためにね」

「私もそう思います」


 俺はそんなテオドールの言葉に深く共感した。どうやらこの国のトップも、次期トップも、俺の想像していた以上に尊敬すべき人物であったようだった。


「理解者が出来て良かったですわね、お兄様」


 それまで静かに俺達のやりとりを眺めていたシンシア王女は、嬉しそうにそうテオドールに話しかけていた。テオドールも笑顔だ。


「皇太子殿下、では先ほどの氷の魔法についての質問ですが、これはさっきの話の通りということでしょうか?」

「えぇ、おそらくではありますが、かの氷獄公は氷に関連する魔紋を手に入れたのでしょうね。勿論断定はできませんが」

「なるほど、合点がいきました」


 つまりこの世界には、まだ俺の知らない魔紋が……魔法があるということだ。それは何よりおれの興味を掻き立てた。


「っと、話が長くなり過ぎましたね」


 テオドールはそう言って、父ランドルフの方を見る。


「ふむ、なかなか興味深いやりとりを見せてもらった。やはりカイルよ、お主には我々とは違う視点が備わっているようだ。余も息子がこれだけ情熱的に語らう姿は久々に見たわ」

「私もですわ、父上」


 そう言って笑うランドルフとシンシア、そして恥ずかしそうにするテオドール。こうして見るとただの仲の良い親子にしか見えない。


「それではカイルよ、他に質問はあるか?」

「……いえ、大丈夫です。ありがとうございました」

「よいのだ、先ほども言ったがお主のような才覚の持ち主は我が国にとっても財産である。このくらいは安いものよ」


 さて、とランドルフは締めの言葉を発した。


「ジューダス=ウェストラッド、そしてカイル=ウェストラッドよ。此度はご苦労であった。今後とも忠義に励むことを期待するぞ」

「「は!!」」


 俺達はランドルフの言葉に膝を折りながら答える。


「カイルさん、今度機会があればまたお話しましょう。今度はもう少し気軽に、ね」

「私も!私も是非お話したいです!」

「はい、是非に」


 にこやかに笑う二人と、それをほほえましそうに見守るランドルフ。そんな三人を横目に見ながら、俺達は広間を後にするのだった──。

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