第11話 はじめての魔道具作成
魔道具(仮称)の練習を始めて一か月が過ぎた。俺は魔兵器について教わってから来る日も来る日も「魔法式を刻む→魔力をこめて発動するか試す」の繰り返しの日々を送っている。
あの後ゴーダンに教えられたことだが、魔道具……というより魔兵器における魔法式には、発動元となる魔法式とその魔法式に魔力を繋ぐための通路となる印のようなものが必要らしい。これを『接続式』という。
これも多人数発動を前提とした際には必須となるものではあったが、俺としてはこの教えから新たに、「魔法式に遠隔で魔力を送る方法がある」ことを知ったのだった。
それはそれとして、俺はこの日とうとう目的だったモノの完成にこぎつけることが出来た。
「発動、したな」
俺の作った魔道具がしっかり魔法を発動させていることを確認したゴーダンがそう呟いている。
「はい、なんとか第一関門突破と言った感じですが」
「いや、正直舐めていたぜ。たしかに魔兵器……じゃねぇんだったな。ともかく魔法式を刻むこと自体は難しくはねぇとはいったが、それはあくまで刻むだけならって話だ。実際に発動させられるほど歪みのない魔法式を刻めるようになるのは早くても一年はかかると思ってたぜ」
「まぁ、細かい作業は得意なので」
「そういう問題かぁ……?」
ゴーダンが呆れ顔でそう言ってくる。
魔法を初めて使ったときもそうだったが、最近俺は周りの人間に呆れ顔をされることが増えてきている気がする。何言ってるんだコイツは、みたいな。
「ともかくよ、ここまでできりゃ正直もうあとは実際につくりてぇ道具の形に成形したものに対して同じことをするだけだぜ」
「その件なのですが」
「ん、なんだ坊主」
「成形、お願いできませんか?」
「おいおいおい、せっかくここまでできるようになったのに、鍛冶は御免ってか? 鍛冶職人としては聞き捨てならねぇ話だぜえ」
ゴーダンは少し不満顔になる。
(とはいっても、俺は別に鍛冶職人になるわけではないしなぁ……)
鍛冶は鍛冶、本職に任せた方が効率的だと思うのだ。魔法式を刻む作業自体は、この魔法式が俺独自のモノであるのと、一応魔術師の雛みたいなものであるから担当の範囲だが。
俺はしばらくの間少しふてくされたような様子のゴーダンに対して釈明しつつ、なんとか成形作業はゴーダンに行ってもらう方向で固まることとなった。
「んで、これが設計図だな」
「まぁ、子供の落書きですが」
なにせ俺は設計図面など書いたことがない。イメージ図のようなものなら資料作成で何度かやる機会はあったが、内部構造の厳密な仕様なぞ描けない。
「どれどれ……こりゃなんだ?鉄のオブジェみてぇだが」
俺のイメージ図を見て、首を傾げるゴーダン。そう、俺が書いたのはポンプ……イメージとしては中世の鉄水ポンプのようなものだった。当然、用途は水を出すことだ。
俺はその旨をゴーダンに説明する。するとゴーダンは分かったような分からないような表情でとりあえず分かった、とだけ言った。
「内部構造については、魔法でどうにかしているだけなので気にしないでください。魔法式をここに刻む予定なので、ここからポン……この魔道具の口のようなところまで水の通り道となる空洞さえ作ってもらえればあとは大丈夫です。なるべく保全性が高いように細かいところなんかは適宜ゴーダンさんが良いと思った形に変えてもらえれば」
「変えてもらえればってお前よぉ、そんなホイホイできるもんかよ。こういうのは試行錯誤だ、だろ?」
「まぁ、そうですよね……すみません気持ちが逸りました。まずはこのイメージ図通りに作成をお願いします」
俺がそういうと「応よ」といってゴーダンが立ち上がる。さっそく準備にとりかかるらしい。すると、ふとゴーダンがこちらを見て聞いてきた。
「そういや、魔〝道具〟っていうくらいだからもっとちいせぇモノを想像したが、こいつは結構でけぇな。町にある井戸よりは小さいが」
「あぁ……それは主に俺の技術的な問題ですね」
「どういうこった?」
俺が今回この魔道給水機(仮称)を作るにあたり用いる魔法式は、〝水〟の魔紋だけを刻んだ魔法式。ポンプの持ち手に刻んだ印から魔力を遠隔でこの魔法式に送り、発動させることで水を生成する。
補足すると、魔法の練習をする中で分かったあることから俺はこの道具を作ることに決めたという経緯がある。
それはどういうことかというと、魔法というモノは、厳密には魔法式に刻まれた魔紋《《以外の要素》》でもその在り様を変える点だ。
本来魔法とは、魔法式に一定の魔力を注ぐことで発動させることができる。では逆に、一定以上の魔力を、絶え間なく流し続けたらどうなるのか。
例えば今回使う『水生成』の魔法式に一定の魔力を注ぐと、水の塊が生成された後、下にボトリと落ちた。しかし、そこで魔力を注ぐことをやめずに流し続けると今度は水の塊ではなく水が生成され続けた。まるで蛇口から捻って出る水のように。
ちなみに、水生成の魔法はほんの少ししか魔力を消費しない。そのため魔力等級の低い人々でも使える想定でもある。そのことからポンプのことを思いついたわけだが……その話は一旦置いておこう。
ともかく俺はこの魔道具の作成にあたり、これ以上威力の低い魔法式を書けなかった、という話だ。先ほどの水生成の魔法式は、強化などの『強めるため』の魔紋は一切用いていない。しかし実際に生成される水は正直言ってかなりの量になる。
仮に水道の蛇口くらいのサイズにしたとして、今の魔法式のまま使えば生成される水の量に魔道具が耐えられずに壊れるかもしれない。
そのため、ソレに耐えられる想定となるサイズがたまたまポンプくらいの大きさだった、という話だ。
(威力を弱める魔紋なんてものがあったんなら、よかったんだがなぁ……)
残念ながら俺はまだ四元魔法式から得た魔紋以外にはまだ習得していない。今後そういった魔紋に出逢えることはあるかもしれないが、ともかく今は手持ちの武器で戦うしかない。
そんな話を所々端折りながらゴーダンに説明すると、やっぱりゴーダンはよくわからんといった表情で早々に話を切り上げたのだった。相変わらず何言ってるんだコイツはといった顔をされたが、もう慣れた。
(ともかく、だ!)
これで準備は整った。
ゴーダン曰く、俺の用意した土台を組み込んでこの魔道具を作るのに一か月はかかる、ということらしかった。
正直もっとかかるかと思っていたのだが、ゴーダンがやけにこの魔道具作りに乗り気になっており、三十徹(夜)でもしそうな雰囲気を感じたが、職人の情熱に水を差すことはすまいと俺はよろしくお願いしますとだけ言って工房を後にすることにしたのだった。
先ずは、第一歩。
俺が、俺の力でできる異世界改革の第一歩。
今静かに、その幕が上がろうとしているのだった──。