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大家さんシリーズ①事故物件って何?――怖くて悲しいお話したちより

作者: 天野秀作
掲載日:2021/05/10

短編読み切りです。今回は大家さんシリーズからの抜粋です。怖いお話ではありません。ちょっと心が温かくなる怪談噺です。

  事故物件って?




  実は私、賃貸マンションのオーナーをやっております。今年でもう28年目になります。


 最近、やたらとあちこちで「事故物件」と言う言葉が独り歩きしております。


 大家に取ってこれはとても迷惑な話ですよ。誰も好き好んで事故物件なんて作りません。この言葉にあやかって収益を上げる各方面の人たちに問いたい。


 いったいどれだけの経済的損失を被ると思っているんでしょうね。これでマンション自体が経営難になって破産するオーナーもたくさんいます。これはね、ある意味大家イジメですよ。


 世の中、毎日たくさんの人が様々な理由で亡くなっておりますが、亡くなる場所なんて、決まっていたりしません。たまたま亡くなった場所が賃貸物件だっただけなんです。


 そんなこと言ったら、病院なんてほぼすべてが事故物件じゃないですか。なのに、この病院は、事故物件の病院ですとは言わない。どっちも亡くなっているのなら同じだと思うのですがね。


 ああ、大家の愚痴でした。すみません。 




 さて、本題です。うちのマンションは築28年になりますが、有難いことにまだ事故物件は出ておりません。まあマンションと言っても4階建てで全戸数16戸ほどの小規模な賃貸マンションですから、そうそう事故が起こることもないのでしょう。


 とは言え、少子高齢化の波は否応なくうちのような小さな物件にも押し寄せてまいりまして、うちには1DKタイプが全部で6戸ありますが、そのほとんどが高齢者です。




 かつて3階に75才になるS森さんと言う男性が入居されていました。

 この方、入居されてもう16年。当たり前ですが、16年前、うちに入られた時は60才でしたので、仕事も現役で毎日、3階までの階段の上り下りも余裕綽々でありました。


 ところが70才を越えたあたりで神経の難病に罹り、徐々に足腰が衰え始め、残念ながらうちはエレベーターがなかったものですから、一人では自室まで帰れない状態になりました。


 もちろん部屋から階下に降りることもできません。

 それでもヘルパーさんや私もお手伝いして、車椅子で何とか生活をされておりましたが、大家の私としましては、そういうご老人が入居されていることは不安でなりません。


 それで役所の福祉の方とも相談して、1階に空きのある賃貸住宅を探していただきました。これはもちろんうちの自衛手段ですが、本人のためでもあります。


 ある日、三階の廊下でS森さんにたまたま会った時、私はS森さんにこう言いました。

「すみません、S森さん、申し訳ないのですが、3階では生活できないと思いますので、福祉課の方とS森さんが楽に生活できるように1階にお部屋を見つけました」

 S森さんは暗い顔で返事もあいまいです。しかし体は不自由ですが、この時S森さんは頭の方は至って元気でした。

「つまり、僕に出て行ってくれと?」

「ええ、申し訳ないですが」

「まあそうやな。大家さんも商売やろうから。んー、僕ここへ来てもう何年になるかな」

「今年で16年になります」

「ああ、もうそんなになるのか。早いものやな」 

 その時、S森さんは私の顔を見ずに、青い空の下に広がる街並みに、遠い視線を向けて、静かにこう言いました。

「階段三階はこの体には厳しいけれど、僕、ここが好きなんですよ。このマンションも部屋も、この街もね」

 私は素直に嬉しかった。確かにここに住んでいる人はみんなここが気に入っています。だからここを出て行く時に、ほとんどの人が名残惜しいと言います。これは自慢でも何でもなく、私自身もここは住み良い処だと思っていますので。


「よっしゃ。わかった。迷惑かけれんもんね」

「すみません……」

「あやまらんでいいよ。大家さんは悪くない。けど、僕、このマンションもあの3階の部屋もホンマに好きやったんやけどなあ。残念や」


 そう言ってS森さんは惜しみながら出て行かれた。

 こんなこと言うのは心苦しいが、内心ほっとしていた。ほかの部屋の住人さんからもよろけながら歩くS森さんを見掛ける度に心配だと言われていたからだ。


 S森さんが出た後、なかなか次に借り手がなかったが、半年ぐらいしてS森さんが私の夢によく出て来るようになり、不思議に思った私は福祉課に尋ねたところ、あれから病気が悪化して、とうとう入院され、つい先日亡くなられたとのこと。


 胸が痛むが、内心、ぎりぎりセーフ! と呟いた。これが虫の知らせと言うやつか。

 時を同じくして、ようやく借り手が見つかった。

 応募された方は40代の女性で、住居ではなくそこで商売をするので借りたいと言う。

 店舗か……。客が出入りするのか。私は多少の躊躇はあったけれど、早く埋まって欲しかったのでOKした。


 その方が入られてしばらくして私にこんなことを言う。

「前に入られていた方って足の悪いおじいさんですか?」


 どこからそんな情報が漏れたのだろう? 不動産屋はそんなこと言うはずはないし、少なくとも事故物件ではないが……。


「あの、それ、どこかでお聞きになりましたか?」

「いいえ、聞くも何も、ずっと部屋にいてはります」

「ええっ!? ほんまですか?」

「ええ。でもまあ、いい方ですよ。あの部屋が気に入られてるとかで、そのおかげかどうかはわかりませんが、逆にうちのお客さん増えたみたいですよ。座敷わらしならぬ座敷お爺さんですよ。私は全然オッケーです。迷惑はしていませんよ」


 内心、ホンマかいな、と耳を疑う。

「ああ大家さん、もし私の仕事の邪魔になるようなら祓いますのでどうぞご心配なく」

 微笑みをうかべながらその女性は言う。


 実は、その方は、けっこう名のある占い師で部屋は彼女のサロンだった。

 これも縁なのか。私が引き寄せたのか、あるいはこの占い師の女性が引き寄せたのか。

 まあ、自信たっぷりに言うだけあって、もし何か障りがあるなら自分で何とでもできるのだろう。 


 良かったやら悪かったやら、私は3階の部屋でのんびりくつろぐS森さんの顔を思い浮かべる。

 でも、事故物件ではないよな。何となく不思議な気分だった。




                         了





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