序章・前世と今世と
先人達はは集団による差別を嫌い、区別をも避けた。
私も前世では「誰もが善良な市民として生を受ける」そんな「性善説」を信仰していた。
そして俺に唐突に死が訪れる。
「貴方に対価交換で力を与えましょう。なにか望むものはありますか?」
ボヤけた視界に白い何かがいた。
「力か・・・爺の刀を使いこなしてみたい」
「では何を差し出しますか?」
「そうだな、██と身長をやるよ。どうせゲームのアバターは無性別だったし」
寝ぼけていたのだろう。今考えると虫唾が走る。
「はぁ、分かりました。大切な体の一部です・・・かなりの力をご期待ください」
「なら良かった・・・」
意識が途絶えた。
寝過ぎた朝のようだった。霞む目をこじ開け、前を向く。
「は?」
無意識に声が漏れた。
まるで神話の一場面の様に、汚れた巨木が息を荒らげて見下ろしているのだ。
丸太のような腕を振り上げ、大きな爪が襲い来る。本能で体を捻り致命傷は避けたものの、薄く胸に爪痕が残った。
何が起こっている、自問するがまともな返答はない。目の前に化け物がいて、自分は死の瀬戸際に居る。それだけが分かった。
後方へ地を蹴り、距離を取ろうとした。
息が詰まる、突然の強烈な苦しさに目眩がする。わけも分からずブレーキをかけるが、間に合うはずもない。加速を止められず、大木に背を打ち付けた。痛みが命の危機を脳に訴えかける。
食われてはどうしようも無い、兎にも角にも私は走ることを決めた。 耳を圧迫する鼓動、爛れる喉、全てを無視し駆け抜けると決めた。
そんな決意と裏腹に足が止まる。
瞳の先には少女が一人、枝に吊り下げられていた。
どうする?今良心に任せる余裕はない。
だが、志は許してはくれなかった。
私は彼女へ背を向け、刀の柄に手をかけ、覚悟を決める。
突き出た耳が風の刺激を受け小刻みに震え、当然のように足も震える。これは武者震いだ。そう自身に言い聞かせた。
数秒後、獲物が待つことを知っていたかの様に魔物は静かに姿を現した。
勿論実戦は初である。持てる知識と体験を掘り起こす。
右手を刀の柄に触れさせ、重心を落とす。
刀に肉体が繋がった様な、不思議な感覚に包まれた。
周囲に重い空気流れ始め、額に雫が走った。如何程に時が過ぎたのだろうか。相手は所詮は獣である、先に痺れを切らし地を駆けた。
しめたと思い、腰を捻り刃を滑らす。大気が悲鳴をあげ巨木が歪んで見えた。
巨体に一筋の境界線が引かれ、二つにずれ落ちた。
飛沫が上がり視界が深紅に染る。
刃紋に血筋が流れ鼓動していた。
終わった、肩から力が抜けた。