③お誘い
こんどはステッキばずるずる引きずってろ、銀座ばあさいだ。何も見ねがった。ぼさらっと水平線ば見でらんた眼差で、ぶらぶらあさいだ。落葉が風ささらわれたように、よろめぎ、資生堂さはった。資生堂のながさ、もう灯がついでて、なんぼか温かった。熱いコーヒーば、ゆったどのんだ。サンドヰツチば、二切くって、よすた。資生堂ば出た。
日っこ暮れだ。
こんどはステツキば肩さかついで、ぶらぶらあさいだ。ふとバアさ立ち寄った。
「こいへこいへ。」
隅のソフアさ腰ばおろすた。深え溜息ばついてろ、そっから両手で顔ば覆ったばって、はっと気ば取り直すて顔ばすゃんと挙げ、
「ウヰスキイ。」と低く呟くんたにしゃべって、わんつか笑った。
「ウヰスキイは、」
「なんでもい。普通のもんでい。」
六杯、続けて、のんだ。
「つええのね。」
女、両側に座っちゃあ。
「んだが。」
乙彦は、わんつか蒼くなって、さうすて、なんも言わねんだ。
女だぢは、手持ちぶてくしてらった。
「けへる。なんぼだ。」
「待ってけ。」左手さ座ってらった断髪の女、乙彦の膝ば軽ぐおさえた。「めやぐだわ。雨が降ってるのよ。」
「雨。」
「ええ。」
逢ったばっかの、なんも知らね男女、一切の警戒と含羞とポースば飛び越え、ばふらっと話ばしちゃあ不思議な瞬間、この世さ、在る。
「いやねえ。わー、この半襟っこかけでお店さ出ると、きっと雨っこ降るのよ。」
わんが見るど、浅黄色のぢりめんさ、銀糸の芒が、雁の列だんた刺繍されてら古え半襟だった。
「晴れねがな。」そろそろポーズ、よみがえって来てら。
「ええ。お草履じゃ、ただでねえべ。」
「んだか、のもう。」




