②日比谷をぶらぶら
羽織ば買った。こぃで全部、身仕度っこ出来だ。数時間のち、須々木乙彦は、内幸町、帝国ホテルのめえさ立ってら。鼠いろのこまけえ縞目の袷さ、黒無地のセルの羽織ば着て立ってらった。ドアば押すて中さはり、
「部屋ば貸すて呉ねか。」
「泊るんだが?」
「んだ。」
浴室附のスングルベツドの部屋ば二晩借ることさした。持ちもんは、籐のステッキ一本だ。部屋さ通さぃだ。はるとすぐ、窓ばあけた。裏庭だ。火葬場の煙突だんたでけえ煙突が立ってら。曇っちゃあ。省線のガードが見える。
給仕人さ背ば向けて窓のそとば眺めたまま、
「コーヒーど、んで、――」しゃべりかけで、ずんぶだまっちゃあ。くるっど給仕人のほうさ向いてろ、
「だば、い。外さ出で、く。」
「あ、君。」乙彦は、呼ばって、「二晩、いぐしてけろ。」十円紙幣ば一枚とってろ、握らせだ。
「なんだば?」四十歳ちけえボーイは、わんつか猫背で、気品っこあった。
乙彦は笑ってろ、「世話さなる。」
「どうも。」給仕人は、その面だんた端正な顔さ、ちらっとあいそ笑いば浮べで、お辞儀ばすた。
そのまま、乙彦は外さ出た。ステツキば振って日比谷のほうさ、ぶらぶらあさいだ。たそがぃだ。うすら寒かった。はき馴れねフエルト草履で、あさぎにけえように見えだ。日比谷。すきやばす、尾張町。




