99.旅立ち
「ミトナ。朝だぞ」
アルトナに体をゆさゆさと揺さぶられて、唸り声をあげる。
「一月後は魔王領の橋の開通日だろ。今日から出発しなきゃ間に合わない」
「うん、うん…そうだね」
窓から差し込む朝日に視界を満たされる。アルトナが近くの椅子に座って、私の頬をつねる。
「そうだね、じゃないだろ。お前も結構楽しみにしてただろ?」
私は起き上がって伸び、寝ぼけまなこでアルトナの顔を見た。彼が呆れてこちらを見ているのがおかしくなって、ふふっと笑う。それに反応して少し微笑んでアルトナは立ち上がり、部屋のドアの方に歩いて行った。
「早く準備しろよ。表で待ってるからな」
脅威の討伐後すぐ、アルトナとユマは私の村に住むことになった。勇者である兄ならばもっといい家に住むことができたり、高い位に就くこともできただろうが、私たちとともに住み慣れた村に留まることを選んだ。
それから五年が経つのはすぐだった。
村長も含め村のみんなが私たち四人を見送りに村の入り口まで来ていた。私たち兄妹の親代わりは村のみんなだった。兄を迎えに行った時も感じた寂しさを思い出す。
「レンデ、ミトナ、アルトナ、ユマ。無事で帰ってきてくれ」
「帰ってきたら宴会ですよ、村長」
レンデの言葉に、村長は微笑んだ。
私達の役目はメリドの護衛だった。王城前でグランツ兵士長から任命書を渡され、代表してレンデが受け取る。
王が生前に引退して、現在はメリドが国王になっている。メリドがいない間は前王とグランツ兵士長が国を守ると決まっているらしい。
「重要な外交の場だ。王に傷ひとつ付けてはならん」
「もちろんです」
うやうやしく跪く私たちに顔を上げるように促すメリドは、少し照れくさいような恥ずかしいような気持ちをそのまま表情に浮かべていた。久しぶりに会うのに、彼も私たちも何も変わっていないような気がして、自然と顔がほころんだ。
馬を走らせて数日が経ち、エギルに着いた。女王エシトラによって、教会勢力との協力と同時に、宗教を政治にほとんど持ち込まないという統治形態がどういうわけか成立している。
エギルからは女王ではなく、シラナ、エミイ、ガイレルが向かうことになった。
「久しぶり~」
女王を前にしても、ガイレルは緊張していないようだった。森長は来ていなかったが、ガイレルが手紙を携えている。
「よほどのことが無ければ関係を損なうようなことはなかろう。気負いすぎず己を律して臨むがよい」
「が、頑張ります!」
シラナの喉から大声が飛び出した。エミイが落ち着きなよと言いながら背中をさする。
ロナ王国で、アルトナがフレトナ女王からの手紙を受け取った。貸与式の前にアルトナは女王と二人きりで話していた。何を話していたのかは知らないが、戻ってきたアルトナは兄の顔をしていた。
「何を話してたの?」
「たまには帰ってきてくれって言われたよ。俺がいないのは大変だけど、なんとかしてみせるってさ。いい妹だよ。それと」
アルトナの視線はレンデとユマに注がれた。
「帰りにまた寄ってくれって。レンデとユマの婚約をお祝いする手紙を渡したいらしい」
私達は魔王領の橋に辿り着いた。橋の根元に建てられた塔が目的地だった。先にバーヴルが着いて、新しい魔王となったカラギさんと防衛範囲の拡大に関する話を取りまとめていた。
「よお、お前ら!いいタイミングで到着してくれたな」
バーヴルが笑顔で私たちを出迎えた。会議室の奥にはカラギさんが座っている。
「役者は揃ったな。早速開通式を始めるとしようか」
カラギさんは立ち上がり、一緒に外に出た。
「本番の前に、ミトナ」
「えっ、はい!」
突然名前を呼ばれて動揺する様子を愉快そうに眺めて、カラギさんは私に歩み寄る。
「全ての始まりは君だ。君がレンデを迎えに来なければ、この橋はなかった」
彼女は穏やかな表情で、右手を差し出した。
「君に感謝を」
私が迷わずに手を握り返すと、周りから拍手が沸き起こった。




