94.流入
もうすでに部屋の外で、アルトナが鎧を着て私を待っていた。部屋から出てきた軽装の私を見て、アルトナは首をかしげる。
「装備は整えていかないのか?」
「え?装備…?」
私が聞き返すと、アルトナの背後から大柄な犬頭の従者がのそのそと歩いてきて、私に一礼した。
「勇者様より、ミトナ様が起きたと聞きましたので連絡に参りました。戦闘可能な装備で、玉座の間に来るようにとのことです」
「わ、わかりました!」
慌てて部屋に引き返す私の背後で、アルトナが笑っているのが見えるような気がした。
玉座には魔王が座っており、隣には娘であるカラギさんと、大勢の配下と兄とユマさんがいた。私たちが来ると、仰々しい音と共に玉座の間の黒い扉は閉じられた。
「バードウ、報告を」
魔王がそう告げると、赤い服を着た鳥頭の参謀官は一歩前に進み出る。戦闘時に被っていた山羊の頭骨を、今は身につけていない。
「はい。まず、一足先にバーヴル殿には竜騎兵を随伴させて人間領に戻ってもらいました。彼は六国との国境を守るそうです。それと、脅威を封じていた間から、古代の大書庫に通じる道を発見しました。あと、捉えた真実の軍から脅威の破片に関する情報を得ました。今回の作戦に重要な、破片の話について報告します」
「話せ」
「はい。真実の軍は、魔王様との政治的対立により独立し、先鋭化した富豪が独自に保持していた軍と、魔王軍に属していた軍で構成されています。富豪は脅威の一部を秘密裏に持ち出し、人間界にまで運び、自然に増えるのを待っていましたが、途中でその一部を失ったそうです。人間の皆さんから聞いた情報から考えるに、サンチマルのレーグ大臣がそれを持っていると思われます」
魔王はそれを聞くと立ち上がった。
「真実の軍が言う『真実』というのは、脅威が存在し、かつ私がそれを掌握し世を破滅に導くという憶測だ。しかし、脅威は本体の望みとさえ裏腹に、我々にとっても人間にとっても脅威でありつづけ、掌握不可能な存在であり続けた。しかも、私がこの世を破滅させることに全く何の意味もない。我々はこの内患を消さなければならないが、それには人間の協力も必要だ」
勇者レンデが魔王に視線を向けた。
「協力を頼めるか、勇者よ」
「もちろん」
はっきりとした返事を聞いて、魔王は頷いた。
「これより作戦内容を伝達する。魔王領では私とバードウ参謀官の総指揮の元、真実の軍を攻撃する。真実の軍の基地は竜騎士諸君の集めた情報からおおよそ割り出せるため、騎馬と歩兵を主に攻略を行う。人間領では竜騎兵七騎と勇者一行がサンチマルへ向かい、カラギの指揮の下でレーグ及び脅威を排除してもらいたい」
玉座の間の全員が一斉に、カラギさんを見た。
「お任せを」
臆することなくカラギさんは答えた。
「ようやく…認められた気がする」
門まで歩きながら、私たちの先頭でカラギさんは呟いた。足取りは少し急いでいるように見える。
見送りに来たバードウがほっほっと笑う。
「随分嬉しそうですな」
「父が私情を挟む人じゃないのは知ってるでしょう」
「勿論。私は嬉しくありませんが」
「えっ」
カラギさんは思わず足を止めた。後ろでシラナが足を止められず、ガイレルの背中にぶつかっていた。
「あなたが外に出た時、あなたのことが心配だの、あなたがどうしていると思うかだの、同じことを何回も聞かされるのは私ですから。…足が止まっていますよ」
城門では既に七匹の武装した竜と竜騎兵七人が飛び立つ準備をしていた。
竜騎兵と一人ずつ竜の背に乗りこむと、竜は飛び立とうと羽を羽ばたかせる。
「帰還をお待ちしていますよ」
「父に伝えて!心配する必要ないって!」
カラギさんの声を最期に、紫の雲に向かって竜は飛び立ち、あっという間に魔王城は見えなくなった。




