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勇者の妹  作者: 虚言挫折
第一章・スノッリ
9/99

9.昔話

「最近、この近辺の洞窟に魔物が出るらしいじゃないか」

「そう聞いております」

王子の話に私は必死で耳を傾ける。

「それを退治できたら王と面会させて、宿には国から補助金を出すが、退治できなかった場合、宿の損害賠償とスノッリヘの立ち入りを永久に禁止する、この二つの罰を受けてもらうというのはどうだ」

即座にこんなものが閃くあたり、相当に頭がいいんだなと感心してしまった。

いや、そんな場合ではない。

魔物退治を唐突に請け負うことになるとは思わなかった。

「しかし、王子よ、それはあまりにも」

大臣はアルトナを見た。明らかに旅慣れていて、武器の扱いにも長けている男ではこちらに分が悪いとでも言いたげだった。どう見ても私が足を引っ張るからもうそれがハンデでいいじゃないですか、と言いたかったがぐっと我慢した。

「誰が二人で倒すと言っている?」

「と、おっしゃいますと」

かつかつと私の方に歩み寄ってくる。

まさか……。


「行くのは君一人だ」


自分でも、さあっと血の気が引いていくのが分かった。

「え、あの、私…」

「そうだ。」

アルトナが口を開く前に、挟み込むように大臣が「それならばよろしゅうございます」と言った。

ユルサナイ。アナタガマモノタイジニイッテクダサイ。

「俺にも嫌疑があるんじゃなかったんですか」

「君には待っててもらうよ。彼女が逃げ出さないようにね」


「分かりました」


私は立ち上がって答えた。

どうなるか分からないが、ほかに道がないのならやるしかない。

「大丈夫かよ」

「大丈夫です!なんとかします…なんとか…」

「声小さくなってんぞ」

王子はにこりと笑った。大臣はしかめっ面のようで、その実喜んでいるに違いない。

「少し講義は先にしてくれ、大臣。この騎士と少し話がある。」


「久しぶりだ、アルトナ」

「お変わりないようで安心しております」

冗談めかして俺がかしこまった挨拶をすると、王子メリドはくすくすと笑った。

「僕は大分変わったと自分では思ってたんだけどね」

「変わってるけど変わっちゃいないさ」

メリドが目の前に腰掛ける。この対話の形式は懐かしい。

「僕らが6才の時みたいだ」

「うっすら覚えてる。しかし…お前、あいつに教育されてたんだな」

そう言うと、空気がすっと変わり、俺たちの表情が引き締まった。

「弟のついでだよ。…僕にもっと力があればな…」

そうぼやく姿は、見ている俺のほうにまで苦しみを与えた。

どうにか話題を変えなくてはと必死で己のボキャブラリーをまさぐる。

「…外でな、会ったよ。お前が魔法を教えたって隊長に」

「バーヴルに会ったのか!?…最後の挨拶ではかなり落ち込んでいたが」

「多分そいつだよ。元気だった。大臣の手下を襲ってたから、今も元気なんだろうよ」

よかった、とメリドの口が動く。

「お前のほうはどうだよ。大分大変らしいじゃねえか」

「そうだな…レーグ大臣は父上の見えないところで、戦争反対派の重臣を弾圧しては、議会で自分の権力を頼みに次々と意見を通している。国民投票がまだではあるが、彼がどう事情をねじ曲げて伝えるか分からない。僕は反対姿勢を示してはいるが、危ういかもしれない。諸外国の助力をあてにするとしても、彼は他国の権力者まで買収している。…正直、難しいところだ」

そんなに不味いとは正直思ってなかった。したたかな奴が一番苦手だ。

「……実は、一般人も一部を弾圧対象にし始めている。君といたさっきの少女も、多分見せしめのつもりだろう。自分の判断は間違ってないって、みんなに見せつけたいんだよ」

使えるものはとことん使うタイプ。そのくせ証拠を残さず揉み消す。どこまでも狡い野郎だ。

「さっき大臣にあんなことを言ってしまって、しかも条件をあの子が飲むなんて…」

ぐったりと机に上体を横たえる。

「いや…あいつ、多分帰ってくるぞ」

「え?」

俺の呟きに反応してメリドが身を起こす。

「何か…根拠があるのか?」

「根拠ってほどじゃないが…あいつの槍の動きは今まで一度も見たことのない動きだった…しかし、正しく長い間訓練した、いわば全く無駄のない、ある種完全な動きだったんだ。」

「無駄が…ない…?」

そうだ。

最初見た時に違和感を感じたのだ。その原因を次第に探ってゆくうちに、既視感のなさと、それにも関わらず全く無駄がなく反撃のしようがない構えと槍の軌道がその正体だったという結論に達した。

蛇足かもしれなかったが、俺は付け加える。

「それに…あいつは自分がどれだけ危機に陥っても約束を破らない。見りゃ分かる、そういう奴だ」

「本当に……いや、君が言うなら、きっとそうなんだろう。」

メリドはすうっと息を吸う。そして吐き出す。もう動揺はなく、目に緑の光芒が宿っていた。本来のこいつは、恐ろしく頭の切れるやつだ。その正体のかけらが見え隠れしているのを見て俺はまた楽しみになり、これから巻き起こるであろう暴風雨のゾクゾクを全身で感じ取っていた。

「ところで…」

メリドが思い出したように俺に聞く。

「あの子、君と一体どんな関係が…?」

なんて答えにくい質問だ。一週間前にはあいつの存在など知らなかったと言うのに、気がつけば冗談で危地に送り出す仲になっている。

「…うーん……」

暫く考えて、俺は答えた。

「喋るのが下手な同類…?」

「…なんとなく、分かるよ」

「気の使い方間違えてるぞ」

俺もよく分かっていないが、まあ何も起きなければ大丈夫だろう。

「王子、そろそろですぞ」

「今行くよ」

メリドは立ち上がる。

「兵士長の案内に従って、部屋に入ってくれ。そこであの子を待っててもらうよ」

「分かった」

メリドが部屋を出て行く背中には、わずかな不安と、それを遥かに上回る知性の輝きが漂っていた。

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